稲妻町を、というか関東全域を季節外れの台風が襲っている。
昨夜から台風注意報というようなものが出ていて、朝から強い風が新築の校舎の窓をガタガタと揺らした。時間が経つにつれ天候は悪化して、昼過ぎには分厚い雲が空を覆いつくした。

「みんな、不動くん知らない?」

問題に気づいたのは午後4時を過ぎてからで。
皆、朝食以降不動の姿を見ていなかった。

雨が降り出した。




同位体



「まったく手間のかかるやつだな…」
「木野達は監督に連絡!俺達は2人1組になって…円堂は?」
「もうとっくに飛び出して行ったよ」
「…まああいつなら大丈夫だろ。それより不動はこの辺りの地形を」
鬼道が仕切って、皆その言葉に真剣に耳を傾けている。なんだかんだ皆不動のこと心配してるんだなあ、なんて。鬼道とか特に不動のこと嫌いなんだと思ってた。なのに、こんなに。

正直言うと、俺は不動を探す気はあまりない。
話したことなんてほとんどないし、好きか嫌いかで言ったら、
…好きではない
それよりあの監督に知らせたら連帯責任とか言いそうだ。最悪また練習禁止とか。
「風丸お前は」
「俺は不動を探しながら円堂と合流するよ、円堂の行きそうな所はだいたいわかる」
「ああ…頼んだぞ」




雨は地面に当たってバチバチと音を立てている。日は沈んでいないはずの時間だが外は暗く、木は折れそうなくらいしなって、歩いている人なんているはずなかった。
全員が不動の分の傘を持って行くせいで俺には1つしかあたらなかったけど、まあいいか、なんて…あ、円堂も傘持ってなさそうだ。
皆が駆け出していくのに見習って、俺も走った。
俺は、不動が特訓していた場所を知っていた。鉄塔広場の裏の林で何度も見かけていた。
もちろん鉄塔広場にもまったく人気はない。でも

簡単に見つけてしまった。

あちこち探し回っているだろう皆のことを思うと申し訳なくなる。こんなあっさり見つかるなんて思っていなくて、2人きりで気まずいよな、とか。
でもその何倍もほっとしている自分がいた。案外不動のことを心配していたんだなあと、他人事のように思う。



不動は鉄塔横の古びた小屋の中で眠っていた。
生き物の気配がして、小さく開かれた扉をそっと開けると、中には数匹の野良猫と、不動。
真っ白な肌が薄暗い部屋の中でぼんやりと、光っているように見えた。右足だけ、靴を脱いでいる。泥だらけのジャージはびっしょりと濡れて、壁にもたれる姿はいつもより幾分も小さく見えて。不動の横には同じくびっしょりと濡れた野良猫が寄り添うようにいて、こうやって見ると不動も
野良猫みたいだ。



「鬼道、不動見つけたぞ」
俺の声に不動は目を覚ました。
俺を見つけて、舌打ちをした。
この状況が嫌なのか。俺のことが嫌なのか。

『そうか…不動に怪我はないか?』
「不動、怪我してないか?」
「………ぁあ」
「大丈夫だ」
言ってから、そんなはずないと思った。
「…本当か?」
「あぁあ?嘘ついてどーすんだよ」

なんともないなら、なんで帰ってこなかったんだよ

電話を切って、不動にタオルを渡した。雨がバックの中まで染みてて、タオルも少し湿っていたけれど。不動は俺から目をそらして受け取ろうとしないので、無理やり押し付けた。しぶしぶといった感じで髪を拭き始める。
せっかく迎えに来てやったのに、態度の悪い奴。まあわかっていたけれど。
「みんな心配したんだぞ」
「…どうだか」
ズキン ときた

みんなの顔が思い浮かんだ。この雨の中、みんなお前のこと、本気で

「いぁあっ!?」
不動の右足にバッグを落とした。たいして重いものは入っていないはずだが、不動は足を押さえて小さくなる。
「て、てめえ!」
「やっぱり」
不動の手を無理やり退かしてジャージをめくった。足首が腫れて大きく膨らんでいる。
「…ちっ」
よほど痛かったのだろうか、額にはうっすら汗をかいている。
バックの中から包帯を取り出す。やっぱりこれも濡れていた。
「木野が持たせてくれたんだ、お前が、怪我をしてた時の為にって」
「………」
靴下を脱がせる。踝が赤く大きく腫れあがっている。
不動の足は氷の様に冷たかった。両手で包んでみると、俺の手も冷たくなっていった。でも反対に、胸の辺りが熱くなった気もする。
腫れている部分はすごく熱くて、不動も生きてるんだなと思った。不動は抵抗しない。動かせないくらい痛むのだろうか。
タオルを裂いて、それで足を固定し、包帯で巻いて解けないようにする。強く締めると不動は顔をしかめた。
「…折れてるのか?」
「折れててたまるか」
強がって…そんなの今さら必要ないのに。
「鬼道に車で迎えに来てもらおう」
「必要ねえ。歩ける」
「歩いたら余計悪化する。お前だってそれがわかってたから帰って来なかったんだろ」
電話をかけようとすると不動は俺の携帯をはじき飛ばした。
「いいっつってんだろ!」
「何がいいんだ、痛くて歩けもしないくせに」
「そーゆー問題じゃねえ!お前等の力は借りねえ!」
「何言ってるんだ…俺達は仲間だろ」
俺自身少しためらいながらこの単語を言った。『仲間』。綺麗事。自分でもわかっている。
「……はあ?」
不動はいつもの表情に戻った。さっきまでと違って、まったくいきいきとしていて。
「お前本気でそう思ってんの?」
始まった。
不動は俺にたくさん言葉を投げてくる。それはどれも歪んで尖っていて、受けとめようとした俺の手には小さな棘がたくさん刺さった。ちくちく痛んで、じわじわと胸の奥のほうには黒くて重いものが堆積していった。

もうだめだ俺がなにを言っても ? 
 





違うよな。

お前はそれを望んでいるんだろ?お前なんか知るか、と突き放されることを。

お前の思い通りになんてなってたまるか

「っ!?」
不動を抱きしめた。考えがあったわけではなくて、突き放すの逆は、抱きしめる、だと思ったから。
人を抱きしめるのって、こんなに気持ちいいんだな。なんて。
不動は固まって動かない。
どうだ、と思いつつ腕にさらに力を入れてみる。不動の体は細くって冷たかった。
一体どのくらいこの暗くて寒いところに一人で
「不動」
名前を呼ぶと不動は一度ビクンと痙攣して、それから思い出したかのように暴れだした。
「はっ…はなっ、せ…!!」
不動は俺を引き剥がそうとする。ばたばた暴れて、終いには俺の背中をドンドンと叩く。すごく痛い。髪まで引っ張るもんだからゴムがゆるゆるほどけていくのがわかる。
暴れる不動の息は荒い。体はどんどん熱くなっていった。俺も含め。

「俺、お前のこと、よくわからない」

「ぁあ!…俺もてめえが理解できねぇ…!」

「でも、わかりたいんだよ。お前のこと」

なぜ、か、沈黙が生まれた。
不思議と雨の音は聞こえなかった。代わりに不動の息遣いが聞こえた。そんなの知るかよ、と小さな声で俺の腕の中の奴が言った。
腕を解いてみる。

小さい、濡れた体は俺と変わらない。俺と同じジャージを着て、同じ靴を履いている。同じ14才。
「帰ろう」

少しずつ形を変えていく感情は
とても綺麗で暖かい

気がする

新しく生まれた感情は無視して、不動の手を引いた。
「帰って監督に、たっぷり叱ってもらわなきゃな」
無理やり立たせると、不動は右足を庇うように壁にもたれる。
「のれ」
「っ…!はあ!?俺に、おんぶされろって」
「足痛めて当分練習できなくなるのと、どっちがいいんだ?」
「っ!くそっ」








「学校近くなったら下せよ」
「ああ」
不動は軽かった。軽いと言っても、やっぱり重い。
傘なんかでは防げないほど雨は強くなっていたけれど、俺は濡れてもいいと思った。体が熱いからちょうどいい。








「…心配したんだぞ」
「あっそ」


END

2010/05/30
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