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生まれた時から爺様に小さなお里を守るのが僕の役目だといわれていた。
僕の爺様のその爺様が、行き倒れた所をお里の人が助けてくれたから、そのご恩返しで土地神まがいの行為をしたら本当に神様になってしまったとか。

「チビの代ではお嫁を貰うことになっているからね。そのお礼にきちんとお里を守らないといけないよ」

そういったお爺様に、僕は謝らないといけない。
僕が土地神になって、お里からは約束通りに奥さんが捧げられた。けど、僕はその奥さんに嫌われていて、尚且つお里に疫病が流行ったのに助けてあげられなかった。
僕に嫁いだ奥さんは逞しい青年となり、ひとりで狩りにも行けるし火を熾すのだって朝飯前だ。
名を由吉という奥さんは、十の頃に嫁いで来た。
雪が積もる寒い日に白無垢を纏って差し出された幼子は、女の子のようだった。それが今では筋骨隆々で逞しく、どちらが奥さんだと顔馴染みの神々にからかわれる程に成長してしまった。
今日も今日とて獲物を狩りに行ってしまった由吉を影から見送り、よよよっと泣き崩れる。

「主様、主様、何故に泣かれるのですか!」

「主様は今日こそは行ってらっしゃいと声をおかけする予定だったのだ!」

子狐の神使であるイチとニコが僕の周りを駆け回る。
奥さんに嫌われた僕は、顔を合わせて声をかけることすら勇気がいるのだ。毎回、由吉を影から見送り、夢の中で会話も弾んでいるのに、現実では何も出来ない。そんな自分が情けないし、こんな神様がいるからお里も疫病で苦しんでいるのだ。

「うぅ……っ。僕はもう茸になりたい……」

「なりませんよ主様!」

「そういったらお山の茸が大量に生えて来ます!」

「それで由吉が飢えることもないのなら……」

「主様、そこまで由吉様を想って」

「イチ、騙されるな!由吉様も茸三昧は嫌だといっていた!」

「由吉は茸が嫌いなのですね」

何ということだろう。奥さんの好物すら分からないなんて。こんな甲斐性のない神なんて信仰が廃れて消えてしまうべきなんだ。
袖で口を押さえて泣いていたら、風に乗って血の臭いが漂って来た。
イチとニコが「きゃー!」「不浄だぁ!」と騒ぎ出す。見れば鹿を引き摺ってお屋敷に戻って来る由吉がいた。

「なんと……あんな大物を狩って来るなんて……」

「感心している場合ではありませぬぅ!」

「不浄でございます、主様!」

先程とは別の意味で涙を流していたら、イチとニコが泡を食って駆け出す。遠くで由吉に鹿の死骸を持ち込むなら血抜きをしてくれと訴えているのが聞こえた。
血は不浄だ。ただでさえ僕は力が強くないから、影響も大きくなるとあの神使達は必死だ。由吉が与えてくれるのなら、僕は何だって貰うのに。

「主様、主様!今夜は鹿鍋です!」

「由吉様がニコに鹿肉を沢山くれるっていってました!」

「ああ、良かったですね」

「主様にも美味しい鹿鍋をくださるそうです!」

「なんと!」

おお神よ!由吉は何て優しい子になったのでしょう!嫌う相手にもお恵みをくれるなんて!
手を合わせて頭を下げた僕は、良いことを思いついた。

「これはもう由吉を神にするしかありません!」

「は?」

「主様、また突拍子もないことを」

「良く考えなさい。お山のことに詳しくなった由吉ならば、何も心配はいりません」

何よりも僕の爺様の爺様だって知らない内に神様になれたのだから、由吉にだって出来る筈。
僕も何時までもこの地で守り神を出来る程、余力がないのだから、これは妙案だと思うのだ。でも、由吉は半永久的な生を望んでいないかもしれない。

「由吉が頷いてくれたら、明日から神は世代交代としましょう」

「絶対に頷きませんよ」

「それよりも主様」

影がさして驚いて顔を上げたら、そこには鹿の処理を終えた由吉が立っていた。
僕よりも大きくなった由吉は大男だ。その存在感に息を飲んだ僕は、鋭い目に射竦められて慌てて顔を袖で隠す。そうしないと、目と目が合った歓喜と胸の昂まりで緩む顔を見られてしまいそうだったから。

「由吉様!」

「鹿鍋が出来たのでしょうか!」

「まだだ。夕餉まで時間もあるからな」

遠くで聞いていた声が直ぐ側で響く。それだけで腹の底が震えた。

「おい」

「ふぁ」

呼びかけられて間抜けな声が出てしまう。
由吉はそんな僕を無視して、拳を突き出して来た。思わず手を差し出してしまうと、掌に綺麗な石が転がる。瑪瑙だ。

「川原で拾った」

「――っくれるのですか?」

「いらないのなら捨ててくれ」

「とんでもない!嬉しい!」

拾ったとかいうけど、僕の拳半分程の大きさがあって、しかも角もない綺麗に磨かれた瑪瑙だ。きっと苦労して探して磨いてくれたのだろう。
嗚呼、何て優しい子に育ったのだろう!これは僕の一生物の宝だ。

「良かったですね、主様!」

「うん」

部屋の中で一番、輝く場所に飾らないと。
瑪瑙を撫でていたら、由吉が頬を掻いた。

「鹿鍋、食うか」

「勿論、いただきます!」

「……出来たら持って行く」

そんな、わざわざ由吉が持って来てくれるなんて。自分で行くと断ろうとしたら、踵を返した由吉が走り去ってしまった。
……そんなに嫌いな相手なのに、優しくしてくれるなんて。

「あ、そうか!由吉は何か欲しい物があるんですね!」

「主様?」

「由吉様が欲しい物ですか?」

「回りくどいことをしなくても良いのに。イチ、ニコ。由吉に気を遣わせてはなりません、欲しい物を聞いて来てください」

畏まりましたとイチが由吉を追いかける。僕は瑪瑙を大事に抱えて部屋に戻り、日当たりも良くて尚且つ一番、目立つ所に紫の座布団を敷いて飾り付けた。
そうこうしている内に、イチが戻って来て耳を垂れる。

「主様、由吉様は別段、欲しい物はないと」

「それはおかしい。ちゃんと聞きましたか?欲しい物がないのなら、何故、僕に良くしてくれるのですか」

「主様がお好きなのでは?」

「ありえません」

自分でいっていて悲しくなるけど、億がいちにもありえないことだ。だって、由吉は生まれてから十年、子供らしいこともさせて貰えずに神の嫁になるのだと育てられた恨みを抱いているのだから。その対象である僕を好く筈がない。
今度はニコが由吉の所に行く。

「主様、由吉様とてもう大人です。主様を恨む道理がないと分かっていると思いますよ」

「大人といってもまだ二十でしょう」

「それは、我々と比べるとまだまだ子供ですが」

「……もし好いてくれるのなら、ちょっとは期待をしても良いですかね」

「勿論でございます!では、今夜の夕餉から一緒にされてはどうでしょう!」

「破廉恥な!まだ早過ぎます!」

「なんと……共に夕餉を召し上がることが破廉恥になるのですか?」

「そうです。人間の世では、夕餉を共にするというのは破廉恥なのです」

「聞いたこともありませんでした!これでまたひとつ賢くなりましたね!」

赤くなった顔を手で扇いでいたら、ニコが戻って来て耳を垂れた。

「いらないと仰っております」

「そんな」

役目を果たせずにすまないと謝る神使を宥めていたら、襖が開いて由吉が入って来た。今日だけで二度目……!しかも僕の部屋に来るなんて!

「さっきから何だ」

「由吉様!由吉様が欲しい物がないと主様が困ってしまいます!」

「そうです由吉様!何か、あの、薪でも桶でも褌でも良いので願ってください!」

緩む口を隠す為に袖で隠して、期待を持って由吉を見上げる。ああ、ああ、本当に立派になって。夢にまで見た間近に立つ由吉に、僕の心臓は張り裂けそうだ。お腹もむずむずとして叫び出したくなる。由吉は訝しそうに眉を寄せた後、僕を見た。

「何でも良いのか」

「――っは、はい!熊の心臓でも蛙の肝でも火鼠の衣でも構いません!」

「どれもいらない。……なら、夕餉を共にしないか」

「え」

由吉は視線を逸らして、後ろ髪を掻いた。

「……折角の鍋だ。裏庭で野菜も育てていて、それも収穫したから」

「は……」

「嫌なら別に良い」

「破廉恥です!」

「は?」

夕日よりも真っ赤になった僕は、腰を抜かして崩れ落ちる。

「破廉恥?」

「そうですぞ由吉様!人間の世では夕餉を共にするとは破廉恥なことです!」

「聞いたこともないぞ」

「主様が間違える筈がありません!」

「何と、夕餉を共にすると破廉恥なのか。わ、私は由吉様と朝餉を共にしたぞ!」

「破廉恥だ!」

お爺様、僕はどうすれば良いのでしょう。
悶えていると、溜息を吐いた由吉が「お前達も共にどうだ」と誘った。驚いて固まる二匹と僕に、由吉は呆れ果てた顔を浮かべている。

「これで破廉恥ではないだろう」

「そ、そうなります……ね」

「おお、妙案です!」

「皆で食べるのも良いですね!」

由吉とふたりだけで食べられないのは残念だけど、僕は破廉恥を回避出来そうだ。
由吉はイチとニコを連れて出て行く。残された僕は、頬を抑えた。掌を通して高まった熱が伝わる。

「お爺様、これは夢でしょうか」

由吉は僕を好いていないかもしれないけれど、嫌ってはいないのではないか。それならばどれ程、嬉しいことか!だって僕は雪の中を嫁いでくれた奥さんにひとめで恋をしているのだから。

「このまま茹だって死にそう」

お爺様、僕は神様になって良かったと初めて思いました!障子窓の向こうで、梅がぽぽぽんと音を立てて咲き誇る。僕の心情を写すお山が歓声を上げた。きっとそこかしこで時期外れの春を謳歌しているのだろう。
現金な僕は、たったひと言ふた言言葉をかけてもらっただけで天にも昇る心地になるのだ。
頬を押さえてへらへらと笑ったり、瑪瑙を指でつついていると、ニコが駆け込んで来る。

「主様、どうされたのですか!」

「ニコ。僕は嬉しくて天に召されているのです」

「主様が天に……!えらいこっちゃ!」

相棒を呼びに出て行き、そうではないと戻って来る。慌ただしい神使に瞬きをした僕に、ニコは脚を膝にかけて身を乗り出して来た。

「一大事です主様!お里の疫病が消えました!」

「え。消えたのですか?」

「はい!主様の御心が晴れたからです!」

そんな単純な作りをしているのだろうか。きょとっとしていたら、遅れて駆け込んで来たイチがはち切れんばかりに尻尾を振った。

「流石、主様です!」

「由吉様もお喜ばれになられて、今夜はお祝いになるそうです!」

僕よりも嬉しそうに跳ね回る神使を見て、首を捻る。疫病が消えたのは嬉しいことなのに、そんな簡単に終わるとは思えない。
それでも、喜ぶのを見ていたら水を差す訳にはいかなかった。それに疫病が消えたのは喜ばしいことだ。これでお里の人達が苦しむことももうないのだから。

「あ、あの、今夜は由吉と夕餉を食べられるから、何か持っていた方が良いでしょうか。美味しいお酒とか、果物とか」

「それは良いですね!」

「お酒でしたら酒蔵にあります!」

「選びに行きましょう。イチは由吉の手伝いに戻りなさい。ニコ、行きますよ」

「「畏まりました!」」

一抹の不安を抱えたものの、目先の幸福を味わいたい僕は弾む足取りで酒蔵に向かう。
守り神が幸せにならなければお里も恵まれないのだと力説するニコに、そういう物なのかと納得した。
熟成したお酒を選び終える頃、抱いていた疑問も不安も消え失せて、僕は殆ど駆け足でお屋敷に戻る。待っていてくれた由吉を見て目がチカチカとしたのに、お酒を差し出した時の輝く笑顔に心臓を射抜かれて倒れてしまった。
爺様、僕の奥さんは随分と卑怯な術を持ち合わせているようです。















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J庭40にてペーパーラリーで冊子にした小話です
メクるでは以前、少し違った内容で公開していたお話でした


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