タダ冒5 五章 草原を駆ける少女 
うさぎと奇術師5
 別荘地へと戻ってきたわたし達が見たのは、予想よりも静かな風景だった。
「襲撃があった、のよね?」
 別に無ければ無いでいいことのはずだが、早合点したかと焦ってしまった。一先ずファムさん達がいるはずの別荘を訪ねようと、湖の帰りに何度か通った道を歩く。
 途中、アルフレートが耳に手をあて、何か探るような仕草を見せた。
「……ぶつかり合ったのは別荘地の表だったらしいな。精霊達が表側の方が騒がしい。山賊どもを中には入れなかったわけだ。上出来じゃないか」
「それで?みんな無事?」
「そんなことまで分かるか」
 わたしの質問にさらっと答えるエルフにいらいらする。仲間への心配とか無いのかね?
「もー!ちょっとシルフにでも聞いてみてよ」
「そんな事をするまでもない」
 再び冷たい答え、と思いきやアルフレートが顎で前をしゃくる。林の中の小道から背を丸めた姿勢で、のっそりのっそりやって来るのはヴォイチェフだった。
「お帰りなさいまし、へへへ……」
 上目遣いでこちらを見る男に、わたしは「どうだった!?」と迫る。まあまあ、と手で押さえるように促すと、いつもの値踏みするような笑みを見せた。
「怪我する暇も無くあっという間に、なんて言いたいところですがね。倍以上の数、相手にしたんだ。流石に無傷とは言えませんや」
 それを聞いて眉が下がる。が、笑顔で言うってことは本当に大したことはないんだろう。……いやコイツの場合、気味の悪い笑顔の表情しか見たことないんだった。ヴォイチェフは親指で別荘方向を指す。
「中でみんな綺麗さっぱり治してもらってやすよ。旦那方はナイト役も粒ぞろいだが、ヒーラーも上玉ばっかりで羨ましいね」
 ローザちゃんにサラのことだ。きっと今もてきぱき働いているんだろう。じゃあ向こうのメンバーも安心させる為に行きますか、と思ったところでヴィイチェフが付け足す。
「中でも緑頭の坊ちゃんが目覚ましい活躍で。まさに鬼神のごとき、でね」
「……鬱憤溜まってただけでしょ」
 わたしが言う横でイリヤがぽつり、
「じゃあ暫くは機嫌いいな……」
と呟いた。



 屋敷の中に入ると表とは一変、やけに騒がしい。玄関ホールすぐにある階段からファムさんが降りてくる。
「お帰りなさいまし。今、一階は仮の治療所となっています。特に怪我のひどかった数名をローザ様、サラ様が診ておいでです」
 あらら、本格的に頼りにされちゃってるんじゃない。わたしの驚いた顔を見たのか、ファムさんは続ける。
「この短時間の割に、近隣から訓練中のかなりの兵が集まったのですが、ヒーラー部隊を派遣するまでは至らなかったようで。その代わり城からヴェロニカ様がいらしています」
「誰だっけ?」
 セリスの質問にはわたしが答える。
「宮廷魔術師さんよ。ヒーラーとしてもやり手なんだって。ほら、ユベールさんの病気を治したって話しもあって……」
 『オールドミスの』という言葉は飲み込んで本当に良かったと思う。なぜならファムさんの後ろにある談話室の扉から出てきたのは、ヴェロニカ本人と思われる人物だったからだ。黒いワンピースの上から白いローブを上着のように羽織っているのは、ソーサラーの黒と神職者としての白を表しているんだろうか。若い時は美人だったであろう顔は、今はかなりキツさが全面に出ている。細く整えた眉と濃い口紅の色がそれらを際立たせていた。
 扉の閉まる音に気づいたファムさんが振り返り、一礼した後、わたし達を手で示す。
「ヴェロニカ様、こちらはエミール殿下のご友人達です」
 紹介に上がり、わたしは少々背筋を伸ばす。それをつまらなそうに見ていたヴェロニカが初めて声を聞かせた。
「……また厄介なものを連れ込んで」
 わたしを睨みながらそう言うと、ぷいっと顔をそらして廊下を奥に行ってしまう。これにはただただ驚くだけだった。
 ファムさんに促されるまま階段を上がり、仲間の声が聞こえた時になってようやく、怒りがふつふつと沸き上がる。
「な、なに!?わたし何か嫌われるような態度取った!?」
 かっかと血が上った頭から湯気が出ているんじゃなかろうか。それでもセリスとアルフレートは面白いものを見るようにニヤニヤ笑い、イリヤとヴェラに至っては『こちらに八つ当たりされないように』というのが丸分かりの顔でそっぽを向いている。慰めるなり、嗜めるなりが無い人達だ。
 しかしなんて人なんだろう。会うまでは話しだけに出て来る彼女を興味深いと、会うのが楽しみに思っていたのに。会うなり『厄介者』扱いなんて納得いかない。それになんでわたしだけ睨まれるのよ。今までお城の方でもいい顔はされなかったけど、それは学園のみんなに対してであって、わたし個人に向けてではなかったもの。
 眉間に痛いほど寄った皺も、みんなが集まっているという部屋を開けると消え去る。扉付近に立っていたヘクターの顔を見てほっとし、続いて顔がにやける。だって戦いの後だからかいつも以上に端正な顔に見えるんだもの。
「やあ諸君、大活躍だったらしいな。ご苦労」
 偉そうなエルフの声かけにもアントンも含め、みんな笑顔だ。ひと暴れして満足、といった感じだろう。わたしには理解出来ないけど。床にあぐらをかくデイビスが「集団のホブゴブリンより楽勝」と言えば、彼と輪を作るアントンが「ジャイアントホーネットの束みたいにうるさかったけどな」と笑う。
 そんな中ただ一人、眉を寄せているフロロがソファーに転がりながら呻く。
「俺なんて走りっ放しだったんだぜ?馬鹿みたいに切り合う脳筋どもしかいないから、撹乱役は俺だけだしさ。相手は風呂にもろくに入ってなさそうな異臭の集団だしよ」
 不機嫌になると口の悪くなるフロロだ。随分疲れたらしい。
「で、相手は?」
というアルフレートの問いにはにたり、と急に盗賊らしい顔になる。
「動きを指示してた五人が拘束された。で、今サントリナ兵長さんが尋問中だよ。総数はざっと見て二百弱だったな」
「そんなに!?」
「そう、でもこっちに集まった兵数も予想以上に多かった。百人隊長さんが参加してたくらいだし。たまたまこの近くで大掛かりな訓練してたんだって。五人の他にも三十人くらいがとっ捕まって、残りのほとんどは敗走ってところ」
 フロロの指折りにアルフレートは頷く。
「所詮は寄せ集めだ。戦況が悪くなると同時に逃げる奴がほとんどさ」
「俺、隊長さんに褒められちゃったぜ。こいつらのまとめ方が上手いって」
 そう言ってデイビスはピースする。彼がいつも通り、ここの冒険者達チームのリーダーだったってことだ。デイビスのリーダー気質は性格だけじゃなくて、力強い声にもあると思う。あの声で命令されると動かなきゃって気持ちになるもんね。
「一番、数沈めたのは俺だろ」
 にやりと笑うアントンの後ろからイルヴァがのんびりとした声を響かせる。
「でも兵団に誘われたのはヘクターさんでしたね〜」
「そ、それはコイツがこの町の出身だからだろ!」
 ムキになって吠えるアントンの頭をどかしながらフロロが立ち上がった。んー、と声を漏らしながら伸びをするとこちらを見る。
「そんで今から隊長さん所に話し聞きに行くけど、どうする?」
 彼曰く、別荘地の外に兵士達の宿営地が張ってあるらしく、隊長さんもそこにいるらしい。
「わたし行きたい」
 興味があったわたしは真っ先に手を挙げる。続いてヘクターが「俺も行くよ」と挙手。これはわたしとフロロ、という組み合わせに不安を覚えたに違いない。他のメンバーは疲れたのか消極的だ。
「んじゃリジアと兄ちゃん。……アルは?」
 フロロの声かけにアルフレートは首を振る。
「私は王子に報告に行く。あの島の中じゃ王子様の寝るベッドも無いから、ウサギがやきもきしてるぞ」
「あら、使いっぱを引き受けるなんて珍しい。……じゃあ三人かな」
 わたしがそう言ったところで後ろの扉が開く音がする。振り返ると、
「あたしも行くわ」
そう言いながら入ってきたのはローザちゃん、それに続くサラ。二人とも少々お疲れの顔で肩をもんでいた。そんな二人をわたしは労う。
「おつかれー!大活躍だね」
「ありがと。でもこれからも、よ。表の宿営地の方にも応援に行くことになったから。重傷人はいないけど、治療する人間が丸っきりいないんですって。……ってことであたしも行きます」
 ローザちゃんはそう言うと、ソファーからスカーフを拾い上げて首に巻く。サラは残るようで「疲れたー」と言いながらソファーに沈むように座った。
 外へ向かうメンバーで廊下に出て、下に向かう。途中、颯爽と歩くローザちゃんに声をかける。
「すごい、出来る女って感じよ」
「ほほほ、そうでもなくてよ。薄気味悪い洞窟やエメラルダ島に乗り込むのは怖いけど、あたしには出来ることがあるから」
 な、なんかかっこいい……。学園内でも落ちこぼれの身としては、親友のこの輝きは眩しいばかりだ。そしてふと気づいたことを聞いてみる。
「……ヴェロニカって嫌な奴じゃなかった」
 わたしの質問にローザちゃんはぽけっとした顔でこちらを見るばかりだ。
「へ?そう?指示も細かいし良い人だったけど。見た目は怖いかしらねえ」
 なにそれ、じゃあ本当にわたしだけが嫌われてる!?納得いかない!もしやエミールがわたしにプロポーズしたこととかがなぜか漏れてて、王宮内で噂になってて、色目使ったと思われてる……とか。ただ単純に能天気な顔が気に食わない、とか。
「どうした?大丈夫?」
 顔を覗き込むヘクターにわたしは慌てる。「大丈夫!」と力強く答えるが、それが逆に不自然だったらしい。首を傾げられてしまった。
「お気をつけて」
 そう言いながら扉を開けるファムさんが、びくりとして一瞬固まる。気を取り直したように再び彼女が開ける扉の向こう、徐々に見える男の影にわたし達も身構える。
「やあ、大丈夫だった?」
 笑顔で現れたのは、玄関ポーチに灯る『ライト』の光に照らされたレイモン。その後ろに立つアルダの二人だった。林の方向に伸びる二人の影は、なぜか大きく見えた。
「山賊がこの別荘地を狙って現れるなんてさ、怖いよね。ただでさえ緊急事態だってのに」
 にこにこと言葉を繋ぐレイモンは明らかにこちらに向ける威圧感が増している。わたし達が『知っている』ということを、彼の方も承知だと言いたいのだ。ただわたしが恐怖を感じるのは彼ではなく、その後ろに立つ妖艶な女アルダの方だった。彼女もわたし達が『知っている』ことを『知っている』はずなのだ。なのに、なぜそんなに興味の無い顔を出来るのだろう。わたし達を順に見る目線にもこれと言って感情は見られない。ただレイモンについてきた、という雰囲気を崩さない。何も無いのと同じ……それを表現出来る彼女が怖くてしかたがなかった。
「エミールはどうしてる?こっちに避難してきているんだろう?」
 レイモンの声だけは優しい質問に、わたしは「へ?」と間抜けな声が出る。お互いの立場は分かっていても、全てをさらけ出すわけにはいかない。どう答えるべきか?
「城に顔を出した日以外、僕らもこっちに滞在していたものでね。山賊の襲来だなんて事態になって、逆に出られなくなってしまったんだ。エミールは優しい子だが気の弱いところもあるだろう。だから不安がってるんじゃないかと思って」
 ぺらぺら喋る優男には悪いが、エミールの居場所を答える気はない。が、無視するわけにもいかない。島に案内するなんてもってのほか。
 どう受けて立つか、とわたしが喉を鳴らすのと同時に、レイモンが畳み掛けて来る。
「さあエミールに会わせてもらえないか?」
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