タダ冒5 一章 人の消える村 
過去にある事件
 パーティーメンバーを集めるに当たって苦労したわたしは、教官から与えられたメンバー構成の条件を何度も読み返したものだった。だからこそ、ヴィクトリア達は三人組である、というのはあり得ないことだと分かる。構成条件の一項目にあったのが「メンバー数は四人から六人であること」だったのだから。ただデリケートな問題と思われる部分を突っ込むのも面倒だな、と黙っていた。
「少し脱退メンバーが出たんだ」
 メザリオ教官が短い回答で終える。『あんまり突っ込むなよ』という雰囲気が在り在りである。片眉を上げるわたしに咳払いすると、教官は続けた。
「内容に入るか。私からの依頼、としておくが……彼らが件の伯父の家に行くのに同行して欲しい。ヴィクトリアの伯父、アーロン・クレイトン氏の屋敷は港町ブレージュに近い静かな村だ」
「へえ……」
 わざわざ同行を頼まれる理由が分かったわたしはつぶやく。ローラスの中でも北寄りに位置するウェリスペルトに対して、ブレージュはローラスの南端だ。直線距離だけ比べれば北の大地シェイルノースよりも遠い。少し長旅になると思われる。それだけ危険度も上がるということだ。
「次にクレイトン氏からの依頼内容、これはヴィクトリア、君から言ってもらおうか」
 教官に促され、ピンク髪の魔女は頷く。
「……伯父から手紙が届いたのよ。伯父家族の住む村で村人の失踪事件が続けて起きたから調べてくれないか、って。モンスターに襲われた可能性だってあるのに警備隊は役に立たないし、私がプラティニ学園に通ってることを知ってるから頼んできたんだと思う」
 身長の割に甲高い声を、今は潜ませながら真剣な面持ちでヴィクトリアは語る。
「行方不明になってる人数は5人、今はもっと増えてるかもね。家族でもない、背景に繋がりもない人達だって話よ」
「へえ……」
 わたしは再び同じつぶやきを漏らした。わたしの異変に気づいたのだろう。ヘクターがちらりとわたしを見た。 「とりあえず保留にさせてください。他のメンバーとも相談しないと」
 わたしの横のパーティーリーダーははっきりと返答した。わたしの声色から何かを感じ取ったのは明らかだった。教官、ヴィクトリア共に何か言いかけたものの、そう言われると飲むしかないのか頷く。
「まあそうだな、決めたらまた来てくれ。是非、前向きに頼むよ」
「私からもお願いするわ」
 教官、そして榛色の瞳をやや潤ませながらヴィクトリアに優しく語りかけられ、わたしは「はあ」と溜息とも返事ともつかない声を吐き出した。後ろにいる二人は、ただヴィクトリアとわたしの顔を交互に見るだけだ。その様子はまるで自分の関心事ではない、という態度に見えた。



「南に足を伸ばせる、事件はリジアの好きそうな猟奇的な匂いがする、何が気に食わないわけ?」
 お弁当を掻き込みながらフロロが尋ねてくる。メンバー全員がようやく顔を揃えたお昼休みである。まだ夏の雰囲気を残す日差しが中庭に広がっている。その陽気さとは真逆の顔でわたしは答えた。
「猟奇的な匂い?警備隊がさっさと引き上げたような単純でつまらない事件かもしれないじゃない。ブレージュには行ってみたいけど、その伯父さんの屋敷ってブレージュじゃなくて『近い』ってだけの田舎村よ」
 あくまでも「乗り気ではない」という雰囲気を続けるわたしにフロロも不思議そうだ。噴水の縁に腰掛けたローザちゃんが足を組み直しながら口を開いた。
「よりによって『あの』ヴィクトリア・クレイトンのパーティーだもんねえ……。あたしはリジアに合わせるわ」
「なんだ、問題ありな関係なのか」
 アルフレートのずけずけした言いようにローザは苦笑する。当人では無いので答えづらいと思ったのか、「まあね」と言うだけに止める。その当人であるわたしはイライラとしながらサンドイッチを飲み込んだ。
「わたしがこの学園で唯一嫌いな人間よ」
 わたしのどす黒い発言に五人の食事の手が止まる。出来ればヘクターの前で人の悪口ともとれるこんな話はしたくないのだが、このまま嫌々な態度だけを出すのも不自然だ。
「大丈夫だ、私は学園の誰にも興味がないぞ」
 アルフレートのよくわからない慰めは無視する。
「何となく苦手、とかきっかけがなくてあんまり話したことが無いクラスメイトとかはいるけどね……。はっきりと『嫌い』って宣言出来るのがヴィクトリアなわけ」
 そこまで答えると、わたしは学園に入ってからの日々を思い返していた。




 入学式、元来人見知りの気があるわたしは周りに積極的には話しかけられないでいた。そこへ、
『かわいいスカートだね』
 そう語りかけてくれたのが当時十二歳になるヴィクトリア・クレイトンだった。その当時から同年の子達より背の高い彼女は外見も性格もわたしとは真逆であった。すらりと伸びた手足に、今とは違いまだ染めていない薄茶の髪、すでに数人の少女と仲良くなっていたようでその輪にわたしも入れてくれたのだ。学園生活がスタートしてからも、その輪は継続された。
 少女達の中でもリーダー的存在の彼女は常に話題の中心であり、みんなを引っ張る存在だった。そんな彼女に気にかけられ、話を振られたのはわたしにとって嬉しいと同時に誇らしい気持ちにもなったものだった。
 それが破られたのは、クラスメイトとの自己紹介も終わり、全員の顔も覚えて仲良しグループが何となく固定されてきた時期だった。
「それって目立とうと思ってやってるの?」
 わたしの服装について、少々刺を感じる言い方をされたのが始まりだった。
「そういうんじゃないよ、こういうのが好きなだけ」
 そんな返しをしたと思う。彼女からの返事も「ふうん」とかそんなものだったはずだ。ただ、その時からわたしの存在は一切無視されるようになった。
 彼女の突然の変化に周りの少女達も戸惑うが、中心的存在のヴィクトリアとその頃から『妙なオカマ』と仲良くなり始めていたわたしでは比べ物にならないのか、困った顔はしつつも全員がヴィクトリアについていき、わたしとは話さなくなってしまった。
 彼女達の他にもローザちゃんやサラ、キーラといった友達が出来つつあったわたしは仲間の輪が変っただけで済んだものの、やっぱり深く落ち込んでしまった。人からはっきりと拒絶されたのが始めてだったからだ。喧嘩をしたわけでもなく理由も浮かばない。ただ存在を認められていない、というのが辛いものだった。
 当時まだ一般教養や魔術理論の授業だけで、魔法の実践はなかったので成績も目立つほど悪いわけでもなければ良いわけでもない。蔑みややっかみを受ける要素が思い当たらなかった。やっぱり最後の会話にあった服装が引っかかっているのだろうか。そうとも考えたが、そもそも最初に話しかけられたのもわたしの服装からだったのだ。そこまで気に食わないのであれば最初から話しかけてくるとは考えにくい。
 ヴィクトリアの周囲の少女達とは仲良しにはなれないものの、話す機会があれば普通に話す、という雰囲気に落ち着いた。しかしヴィクトリア本人とは一切会話が無いまま年月は過ぎる。そしていよいよ魔術師としての『実践』の授業が始まる三期生に上がった時だった。
 初めての魔法の授業、それは『コップの水を何かしら変化させること』だった。色を変えるでもいい、温度を変化させるでもいい、霧や固形に変えるでもいい、個々の魔力の性質を教官達が見るのが目的だった。そこで案の定やらかしたのがわたしだった。
 後々、教官から聞いた話では『狂った精霊が引き寄せられて混乱を起こしたんだろう』とのことだったが、ほんの少しの変化を起こすだけが目的だったはずが教室はパニックに陥ってしまったのだ。
 周りの生徒の前に置かれたコップの水が次々と変化する中、わたしの呪文によってわたし自身に与えられたコップの水、それに始まり周囲のコップ、そして教室中のコップの水が噴水のように吹き出し、教室に嵐を起こしたのだ。水の矢が窓を割り、机や椅子をなぎ倒し、生徒達の悲鳴が響き渡り、教官の呪文によって静まるまで荒れ狂った。
 全てが沈静化し、今度は長い沈黙が教室を覆った後、一番最初に口を開いたのがヴィクトリアだったのだ。
『なにこれ、ダッサ。いい迷惑なんだけど、何しにここ来てんの?』
 これがわたしが学園内で同じ魔女達に蔑まれる第一歩になったと思う。その点でも正直、恨みはあるものの、それは出来ないわたしが悪いのだ。みんなに出来損ないの烙印を押されるのはしょうがないことなのだ。現にわたしに魔法の腕について絡んでくるクラスメイトを面倒とは思うものの恨んではいない。それは彼女達からわたしへの態度も『本気で憎い』とは感じないからだ。
 ヴィクトリアへわたしの方からもはっきりとしたマイナス感情が芽生えたのは、その日の帰りのことだった。
『気持ち悪いのよ、オカマと仲良いとか』
 歯ぎしりが聴こえそうなほどの表情でそう語るヴィクトリアを、下駄箱の影から見たわたしも、彼女を囲む少女達も何も言えないままだった。
 彼女はローザちゃんが嫌いなのだろうか。それともローザちゃんのような人間と仲良くするわたしが嫌いなのだろうか。わたしにはその答えは必要なかった。あんな奴もういい、そう切り捨てたつもりになっていたが、それはすでに「切られていた」わたしの強がりなのかもしれない。



「大体が髪がピンク、なんていうのが気に食わないのよーーー!!!」
 そう絶叫するわたしをメンバーだけでなく、中庭にいる生徒みんなが見る。が、叫び手がわたしであることを確認したからなのか『またあいつか』という顔で目を反らしていくのが大半だった。
「詳しくはわからんけど、相当こじれた関係みたいね。まあ俺も受けてもいいし断ってもいいよ」
 フロロが達観した表情で答える。ヘクター、イルヴァも同じなのか頷くだけだ。
「私は内容ぐらいは詳しく聞いておきたいな。三人組の人となりはどうでもいいが、伯父の依頼とやらが気になる」
 アルフレートの言い分はよく分かるものなのだが、わたしには特に惹かれる要素が感じられない。
「なんで?」
 素直にそう尋ねるとアルフレートはやや間を置いてから答えた。
「ブレージュに近い村で、過去にも村人の失踪が続いたことがある。それと関連があるとすれば大きな事件だ」
 それを聞いて一気に関心が沸き上がる。ヴィクトリアの顔さえも吹っ飛んでしまった。
「なにそれ、気になる」
 身を乗り出すわたしにエルフは腕を組んだ。
「大昔の話だがね、当時、事件が起きた村なら次々に村人がいなくなり、廃村になった」
 一瞬、場が静まる。ローザちゃんがおずおずと手を挙げた。
「廃村、って……それまさか全員事件に巻き込まれて、ってこと?」
「さあな、そうなのかもしれないし、何かしらの事件によって寂れていく村から越していったのが大半なのかもしれん」
 アルフレートの話を聞き、どんどん惹き付けられていく自分がいる。
「受けましょう」
 そう真っすぐ言ったわたしをメンバーが驚いた顔で振り向き見た。
「いいの?」
 ヘクターに聞かれ、わたしは深く頷く。
 アルフレートの話がわたしの興味を引いたのは否定しない。が、それ以上に気になる要素が出てきたのだ。
『ヴィクトリア達はなぜ三人にまで減ってしまったのか』
 意地の悪い、真っ黒な興味がわたしを包む。
「……なんか面白そうなこと考えてるね」
 路地裏にいる盗賊のような顔でフロロに尋ねられ、わたしは、
「まあね、んふふ」
と笑みを返したのだった。
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