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(直接的な真名バレはありませんが、彼らに関するネタバレがあります)




 掌に乗せた砂を、枯れた地に注ぎ込むような。この手の中に残るものと云えば、恐ろしいほどの虚無感と、ほんの少しの粉ばかり。
 質量のあるものも、ないものも。わたしが大切だと思ったものほど、当然のようにこの手を離れていく。それらは無残な姿になって手元に戻ってくることもあれば、足元に落ちたまま跡形もなく消え失せることもある。本当にわたしの手の中にあったのかすら、今では判別がつかないものも。
 その身はすでに壊れたのだと、認識出来るのであればまだ良い、いままでわたしの手の中にあってくれてありがとうと伝えることが出来るから。わたしの前から姿を消してしまったものたちは、きっと持ち主であるわたしのことが、余程嫌いなのだろう。
 ガツ、とペン先が紙の繊維を食った。ああもう、これだから安物のペンはだめなんだ。
 そういうわけだから、今回も別段気にしてはいなかった。お気に入りのボールペンを無くしてしまったことなど、わたしはまったく気にしてない。
 そうだ、よくあることだから。なくしものなんて。無くしてしまうような扱いをしていたのだから、無くなって当然なのだ。
 いやでも、あの書き心地が、どうしようもなく手に馴染んで書きやすくて、キャップの締まりもそれはそれは最高で、こんな支給品であるボールペンなんかではまったくわたしの心を満たしてはくれなくて。余計なものなど何一つ見当たらない滑らかなボディ、インクの色も趣のある青みを帯びたもので、クリップの形が独特で可愛らしくて、一画に対するインクの分量も絶妙で……もう、この世界では二度と手に入らない、わたしの宝物だった。
 上着のポケットに穴が空いていたことを予め知っていれば、あの子を失うこともなかったのに。右のポケットに手を突っ込むと、底のほうにぽっかりと、ボールペンの一本くらい易々と通り抜けられそうな穴があった。穴に指を通したところで、布の輪は広がるばかり。わたしの心に空いた穴まで広がっていく。
 嘆いたところで、失ったものは戻ってこない。覆水不返、落下枝に上り難し。気の緩みは手の緩み、流れ出した時間が元に戻ることはない。
 お茶をひとくち喉にぶつけて、書類にペンを走らせる。この書類を書き終えたら、今日はもう寝てしまおう。外はすっかり日も暮れて、空には数多の星を散りばめた濃紺の幕が降ろされている頃だ。その綺麗な幕の上部には、きっと、まあるい穴が空いている。
 鼓膜は耳障りな筆記音を拾う。それでも無心で掻き鳴らしていると、そのところどころで、ガツ、とペン先が跳ねる。直前の線が掠れ、罫線を汚した。
 わたしは頭に血が昇って、遂にペンを放り投げた。紙の繊維にペン先が引っかかって、どうにもうまく字が書けない!
 やっぱり、あのボールペンでなければだめだ。詰め替え用のインクなら山ほどある、でも、結局、本体がなければそれらはなんの意味も成さない。代用品では満たされない。あれでないと、だめなんだ。
 愛用していたボールペンは、わたしの胸を鋭く貫いてからどこかへ消えた。肋骨に引っかかっていてくれたら良かったのに、あばらの檻をすり抜けてまで、あの子はわたしの手から離れて行った。あんなに大切にしていたのに、大事に大事に扱ってきたのに。そうして大切にしているものほど、悉くわたしの手をすり抜けていく。
 本当は大事にしてなんかいなかったんでしょ。だから無くしちゃうんでしょう。違うもん、本当に、肌身離さず大切に持ち歩いていた、わたしの大切な、宝物だったんだもん。
 幼い頃に母親と交わした問答を思い出して、唇を噛みしめた。すべてはわたしの不注意から始まるものだ。教科書もノートも学び舎に置いてくれば何も忘れることはないのに、生真面目に毎日持って帰ったりするから。汚して、濡らして、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「……ん、」
 喉の奥からせり上がるものを必死に抑える。たかがボールペンでしょうと、慰みの言葉にもならない文句に、過去から喉を突き破られそうになる。
 下唇を噛みしめて、ぐっと身体を強張らせていると、突如、扉を殴りつけるようなノック音がわたしの背中を襲った。口の中に溜まった粘滑な涙を急いで喉奥に流し込む。
 油断していた。まさかこんな時間に訪問者なんて。肩が大きく跳ねる。上がりそうになった悲鳴は、唾液と一緒に飲み込んでしまった。
 これほどまでに大きなノック音を受けたのは初めてだ。ノックの回数は一度につき四回。ということは、相手がわたしのような日本人である可能性は低い。いや、決めてかかるのはよくないけれど、もし日本人の血が流れているのならば、ノック一つにあんなに全力をかける筈がない。
 扉の向こうを叩く見えない手に、ぎゅうと心臓を握りしめられる。一体誰なんだ。名乗りも無しに、こんな時間に。
――どんどんどんどん!
 緊急の用があるのならば、わたしの名の一つも呼んでみせる筈。なのに、扉の向こうの相手は黙り込んだままだ。
「どなたですか! お名前は!?」
 わたしがそう叫ぶと、激しいノックの音は止んだ。
 名乗りもしないで、そんなに激しくドアを叩いて。もし本当に緊急事態であるならば、館内放送を使うか、わたしのタブレット端末に直接連絡を入れてくる筈。ならば、相手は一体……。
 相手の出方を伺うため、そっと耳を澄ませる。息を殺し、足音を立てないようにしながら、白に染まる扉へと近づく。
 何か、聞こえる。
 扉を数回擦って、突いている。突いて、擦って、また突いて。スー、スー、トン……、トン、スー、トン……、トントン……。
 断続的なそれは、なにやら無闇に叩いている訳ではないらしく、ある一定の法則に従って打たれているようだった。まるで何かを伝えようと、信号を送っているみたいだ。
 ぞっとした。そこから声を上げれば簡単に意思疎通を図れるのに、わざわざこんな、部屋の中にいる人物を怖がせるような真似をするなんて。トントン、スー、トン……。不可思議なリズムは続く。
 この音に意味があるとすれば、何かしらの信号をこちらに送っている可能性がある。一番可能性が高いのはモールス信号。それはなんとなく解るのに、残念ながらわたしは符号の解読が出来ない。扉一枚隔てた向こうの“人”が、一体何を伝えようとしているのか、その信号を以てしても、理解出来ない。
 トントン、スー、トン……、トントン……、スー、トン……、スー、スー、トン……。
 その音が、そのリズムが、わたしの恐怖心を煽ってくる。返事をしてしまった以上、居留守を使うことも出来ない。
「あ、開けます!」
 扉に向かって話しかけると、その音は止んだ。夜中だから、通路で声を上げることを躊躇ったのだろうか。ならばあんなに強く扉を叩くこともないだろうに、一体誰が、こんな時間に何の用で……。
 壁に備え付けられているパネルに触れ、扉のロックを解除する。恐る恐る、一歩横に移動した。出入り口に備え付けられているカメラで、扉を前の人物をチェックしておけばよかったと今になって気が付く。しかし扉は待ってはくれない。
「……、」
 左右に開いた真っ白な扉の前向こうに、黒っぽいコートを着た、首の無い人が立っていた。
 首の、無い。
 人。
「うわあああーッ!」
 動揺して、性急に扉の開閉パネルを叩く。身体を反転させ、壁に背を叩きつける。そうやってその場をやり過ごそうとしたのに、その人物はあろうことか、閉まりゆく扉の隙間に腕をねじ込んできた!
「ひいいっ!」
 バン! 拳が扉を殴った。それに合わせて、わたしもパネルの閉と書かれている部分を強く叩く。謎の人物の腕が扉に挟まれ、扉は警告音を吐いた。
 黒い革手袋が、もう一度扉を殴る。
「あ……?」わたしに向けられている拳が、何かを握り込んでいる。それはすらりと細長くて、黒っぽい。先端に付いた突起は銀色に輝いていて、小さな三角形の頂点を下向きに四つ連ねたクリップが付いている。それはまるで、「わたしがなくしたボールペン……!」こちらに向けて差し出されているようにも見えた。
 すぐさま扉を開く。警告音が消えた。わたしのボールペンを握り込んでいた手は、挟まれていた腕と共にだらりと垂れた。それでも痛みを訴える声は聞こえてこず、やはりこの腕の持ち主は、あの首の無い人のものなのだと、頭の中で恐怖と恐怖が結び付けられる。
 でも、あの手の中にあるボールペンは確実にわたしのものだと思うし、先ほども差し出されていたように見えたし、もしかしたら、落し物として拾って、持ってきてくれたのかもしれない。
 廊下側へ帰っていった手を追いかける。死角から抜け出して扉の向こうを覗き込むと、確かに、そこには人が立っていた。正確には、胴体だけの、首の無い男性が。
 わたしは急いでその場で謝り倒した。相手には敵意も無いようだし、何より彼はボールペンをわたしの元へと届けてくれようとしていたのだ。
 彼はすぐさま、片手でオーケーのハンドサインを見せてくれた。そして、もう片方の手に持ったわたしのボールペンを揺らしながら、その特徴的なクリップを指差した。
「あ、あの、それわたしのなんですけど、どうしてわかったんで、す、か……」
 彼に気を取られていて、まったく視界に入っていなかった。
 その人の後ろにいる、大きな白い狼の姿など、全く。
 煌めくとび色の瞳が、わたしを睨みつけている。ぐるると喉を鳴らしながら、通路いっぱいにその身を詰め込んでいた。
「あの……」
 声が震える。こんなに大きな四足歩行の生き物、見たことがない。
 ふと獣の瞳から視線を外すと、彼の揃えられた長い指先が、その大狼に向けられていることに気がついた。そして、またボールペンを指差す。
「あ、も、もしかして、そちらの……」
 彼は手をぐっと握り込み、親指を突き出してみせる。合っているということだろうか。
 彼はボールペンを足元で揺らして、自分を指差し、高く掲げて、大狼のほうに手を差し出した。あの湿った大きな鼻の前にボールペンをやって――大狼が嫌そうに顔を背ける――宙を数回跳ねるような仕草をすると、改めてわたしの目の前にボールペンが現れた。
「落ちてるのをあなたが拾って、その、後ろの方に匂いを辿っていただいて、それでここに……?」
 また、オーケーのサインが向けられる。
「そんな、拾って届けていただいたのに、大声を上げたり腕を挟んでしまったりして、本当にすみません! それ、大切なものなので、あの、本当に、良かった……」
 感極まって、目頭が熱くなってきた。二度と会えないと思っていたから。その子と再会出来たことが何よりも嬉しかったし、持ち主の分からない文具を拾って、わざわざ丁寧にこんなところまで届けてくれる人たちが居たということに、年甲斐もなく感激してしまった。
 さっと差し出された彼の手から、ボールペンを受け取る。
「ほ、本当に、ありがとうございます……」
 泣きそうになりながら、何度も頭を下げる。戻ってきた、わたしの手の中に、大事にしていたものが帰ってきた! 細い胴芯を握り締めて、首の無い人にも、大きな狼さんにも、何度も頭を下げた。
 すると突然、彼が正面に迫ってきて、わたしの背筋は強制的に伸ばされた。そのまま背中を数回優しく叩かれたかと思うと、彼はばっと腕を広げて、勢い良く後退する。
 しばしの沈黙の後、彼は大袈裟に胸の前で手を振り、よくわからないジェスチャーをしたのち、外套の裾を翻しながら逃げるように走り去っていった。
 取り残された大狼は、その長い鼻に皺を刻みながら、不機嫌そうにこちらを睨み付け、濁った太い声で小さく唸った。驚きと恐怖で頭がいっぱいになって、謝罪の一つも出てこない。食い殺される自分の姿を錯覚してしまうほどの威圧感に、足が竦む。
 重たい金属音を響かせながら、大狼はゆっくりとした足取りで彼のあとを追いかけていった。錆びた鎖を床に打ち鳴らしながら、通路の向こう側へとその巨体を埋めていく。わたしはあまりの恐怖に固まってしまい、その大狼の全貌を拝むことすら叶わなかった。鼓膜に焼きついた地を這うような唸り声が頭の中で反響して、その場に力なく座り込む。
 ふと、どちらのお名前も聞きそびれてしまったことに気がついた。わたしの手元に残ったのは、なくした筈のボールペンと、恐ろしいほどのやるせなさ。それから、ほんの少しの戸惑いと、拳に落ちたぬるい水。


 左のポケットの底にも穴が空いているだなんて思っていなくて、わたしは文字通り泣きながら上着の修繕作業をしていた。両側のポケットの底に空いた穴を鬼の形相で縫いとめる。
 つまり、わたしはまた、あの大事なボールペンを落としてしまったのだ。
「うう……」
 情けなくて悔しくて、あの人たちに申し訳なくて、針を摘む指に力が入らない。
 昨日わたしの部屋に訪れた一人と一頭は、近頃召喚されたばかりのサーヴァントで、名前を新宿のアヴェンジャーさんと言うらしい。マスターさんに詳しく聞いてみると、何やら彼らの他にもう一人、透明な姿の男性が存在しているらしく、その二人と一頭で、合わせて一騎のサーヴァントとして扱うようだった。
 初対面なのにまともな挨拶もせず、勝手に謝り倒して困惑させてしまって、自分のあまりの不甲斐なさに本当に申し訳なくなる。せっかく拾ってもらったペンも、わたしのばかみたいな不注意で落としてしまったし、きっとあのボールペンは、本気でわたしのことが嫌いなのだろう。愛用していると言っても、毎日こき使われているようなものだし、それに、ポケットに穴が空いてないと思い込んでいたわたしの想像力や散漫な注意力も問題だし……。
 自責の念で潰れていると、背後から一際大きな衝撃音がして、お尻が浮いた。憎しみを込めて殴り付けるようなその音に只ならぬ気配を察知して、怖気付きながらも声をかける。「はい! なんでしょ、」扉を叩く音はわたしの声を掻き消して、さらに強くそこを殴りつけた。
 わたしは昨日のこともあってか、恐る恐る扉の開閉パネルを押した。すると、トラバサミのついた大きな獣の腕が、わたしの部屋の中に勢い良く突っ込んできた。
「ひっ……」
 床に亀裂を入れるほどの激しい“お手”は、もしわたしが扉の前に立っていたら木っ端微塵に弾け飛んでいただろうと秒で推測出来るほどのもので、わたしは腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
 開かれた扉の隙間から、大きな狼の頭がぬっと現れる。新宿のアヴェンジャーさんの、狼さんのほう。
 彼はわたしを見つけるや否や、その大きな口からペッと何かを吐き出した。
「あ……!」床に落ちたのは、わたしが再度無くしたボールペン。
 その姿を視認した途端、忿怒の咆哮がわたしの鼓膜を劈いた。
 犬の威嚇などではない。呪詛を練り込んだ唸り声を吐き出すような。あまりの恐怖に、刃物へ安息の地を求めてしまうほど――殺意の込められた怒声だった。
 とび色の瞳が、わたしの双眼に食らいつく。
 白い牙を剥かれて、あまりの恐ろしさに笑みすら浮かんでしまう。「すみません……」震える声で謝罪を吐くと、彼は皺の寄せられた鼻から面倒臭そうに息を吹き、ずるりと首を引っ込めた。
「あ、待ってください、」
 前日のお礼も言っていないのに、この場でも言わずにいるのはただの不躾な女になってしまう。立ち上がろうと身体を起こすと、通路側から一際強く唸られて、追いかけるのを躊躇ってしまった。
 ガチャン、ガチャン、と云う重々しい金属的な足音が、だんだんと遠のいていく。
 だめだ、お礼くらい言わないと。わたしは彼から与えられた恐怖を跳ねのけて、開いたままの扉から身を乗り出した。
「新宿の、アヴェンジャーさん! あの、ボールペン、拾ってくださって! ありがとうございます!」
 昨夜、彼らが向かった方向と同じ方面へ向かって声を張り上げた。しかし、あの大狼の姿はどこにも無く。あんな巨体がもう見えなくなるなんて、よほど嫌な思いをさせてしまったんだろう。
 本当に申し訳ないことをした。気落ちしたまま部屋に戻ろうとすると、左肩を誰かに優しく叩かれる。
 振り返れば、そこには狼のほうの、新宿のアヴェンジャーさんがいて。
 頭を、振りかぶっていた。
 世界が大きく揺れた。視界がごちゃまぜになる。床の上に身体を叩きつけられて、わたしは完全に沈黙した。
 頭の上に、巨大なオオカミの顎が落ちてきた、ように見えた。わたしは恐らく、彼に頭を顎で殴りつけられたのだ。
「ヴゥッ」
 馬鹿め、とでも言いたげな声色の唸り声がした。実際にわたしは大事なものを何度も無くしてしまう馬鹿なので、彼が実際にそんな意味合いの言葉を唸り声に含ませていたとしても、言い返す権利なんかどこにもなかった。
 頭がズキズキと痛む。こんな大きな生物に顎をぶつけられたのだから当然なのだけれど、死ななかっただけマシなのでは。
 トラバサミの食い込んだ大きな足が、じり、と床を擦った。あの金属音の正体はこれだったのか。こんな足で通路を歩いて、扉を殴りつけて、きっとこの巨体を抱える四肢には相当な負担がかかっているだろう。
 そっと彼の足元に手を伸ばすと、上から怒鳴りつけられる。「あ、ご、ごめんなさい……」わたしは何をしているんだろう。わざわざペンを届けてくれたのに、怒らせるようなことばかりして、自分のだめさに涙が出そうになった。
 急いで身体を起こして、今度こそお礼を言うために立ち上がる。痛む頭を押さえながら、通路の幅いっぱいに広がった巨体に向き直った。
「あの、ボールペン、拾ってくださってありがとうございました! 何度も拾わせてしまってごめんなさい。もう落とさないようにします。あのペン、すごく大事なものだったので、手元に戻ってきて本当に嬉しいです。本当に、ありがとうございま、す……」
 わたしが言葉を並べ立てていると、そっぽを向いていた新宿のアヴェンジャーさんは、怠そうにその身体を反転させて、大きな金属音を打ち鳴らしながら歩き出していってしまった。
「あの、本当に、ありがとうございました!」
 長い体毛に包まれた太い尾に向かってそう叫ぶ。すると、金属の絡む足音がぴたりと止まった。びくりと身構えていると、ぐるる、と小さな唸り声が巨体の向こうから聞こえてきて。
 彼はまた歩き出した。わたしたち人間の作り出した罠をその足に嵌めて、長い鎖を引き摺りながら、狭い通路を進んでいく。
 わたしはその場で深々とお辞儀をして、鎖の絡みついた足音が遠のいていくのを聞いていた。新宿のアヴェンジャーさんたちの、その誰もがわたしの行動を見てはいないけれど。わたしの不注意で失ったものが、二度もわたしの元へと返ってきた。
 すべて彼らのお陰だ。わたしのボールペンを拾ってくれた首の無い人、匂いを辿ってきてくれた狼さん、それから、「……あ、」わたしの肩を叩いて、狼さんの存在に気づかせてくれた、透明の人。
 後日、ちゃんとお礼を言いに行かなければ。部屋に戻り、床の上に転がったままのボールペンを拾い上げる。
 狼さんの唾液に塗れてちょっと獣臭くなった、わたしの大切なボールペン。
 わたしとアヴェンジャーさんたちを、その青みを帯びた線で結んでくれた、大切な、大切な。

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