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――脚が、動かない。

 銀色の水が、わたしの脚を絡め取って離さないのだ。それなのに捕らわれている実感こそ無いのは、すでにわたしの脚が生身のものではないことを示している。
 ただ、動かないだけ。痛みは感じないし、不快感も無い。接続部に違和感がある程度だ。
 粘り気のない液体が、わたしの第二の肌に纏わり付いて離れない。しかし重さは十分にあり、この脚を底もあるか分からぬ地に引きずり込んで、波打つ膜を揺らめかせている。
 すでにわたしの片膝は、銀の床にどっぷりと沈んでいた。
 今のところは右脚だけが拘束されているが、左脚を取られるのも時間の問題だった。
 周囲は、反射率の高い――例えるならば鏡のような――水の膜で覆われている。いや、正確に言えば、それらは水ではない。
 憶測から云うと、水銀だ。
 水銀に囲まれた部屋に、わたしは捕らえられている。

 顔を上げれば、怪訝そうな表情の陛下――異聞帯における、秦の始皇帝――が、わたしのことを冷ややかな瞳で見下ろしていた。
 液体質な銀の壁に下半身が埋め込まれているのを見るに、この水銀で出来た部屋は恐らく陛下自身・・・で間違いない。カルデアの私室と一体化した、所謂阿房宮の簡易版、そう考えれば簡単に納得出来た。部屋へ呼びつけられ、入室した瞬間からこれだったので、わたしの推測は間違ってもいない筈だ。
 陛下はぬるりと身を捩り、わたしのほうへと顎を寄せる。腕を組み、こちらをへびの格好で睨みつけてくる。
 広がる髪の模様と相まって、その姿は言うなれば大型のコブラのようだった。わたしひとり程度、簡単に呑み込めるであろう大蛇を想起させる。
 いや、実際に。呑み込める。
 わたし程度、簡単に呑み込んでしまえるし、すでに一部、いやすべてが、陛下の腹のなかにある。
 陛下の機嫌が悪いのには理由がある。無論、原因だって知っている。

「陛下、お言葉ですが、わたしが何か……」
「したッ!」

 びり、と肌を弾くその声は、わたしの柔らかな脳髄のほうにまでよく響いた。
 陛下は凛々しい表情で声を張り上げ、わたしを視線だけで叱りつけた。水銀の壁が波立つ。一つ一つの隆起が先端をつくり棘となり、陛下の周りを取り囲む。陛下の感情が周囲の水銀にも影響しているのがよく分かった。
 陛下は今、酷く怒りの感情に支配されているようだった。全身を機械化したのちの端末が今の姿であると言えど、始皇帝も人なのだ。それも、根っこのほうからの真人間と来た。
 何故陛下がこれほどまでに眉を釣り上げているのか――大体察しはついたものの、どう考えても今回の件は陛下の関与することではない。
 然し、陛下の機嫌を損なえば、わたしはこの機械の右脚を破壊されたのち、もう片方の脚も文字通り取り上げられるのだろう。
 すでに手遅れとは言えど、黙り込むという選択肢は残されていない。
 わたしが何を口にすべきか考えあぐねていると、陛下がぽつりと零した。

「……して、其方は何も身に覚えがないと」

 覚えは、ある。
 叱咤を受ける覚えはないだけで。

「……陛下の手を煩わせるなど、不本意でございます」
「戯け、煩わせよ」
「何も、面白いものではありません。陛下が態々手を加える必要もない、ただの義足でございます。ただの……」

 陛下の表情が曇る。唇が固く閉ざされ、周囲の水が揺れた。
 どこまでも人間らしい表情をして、陛下は己の感情を表現する。
 嫌な予感がする。銀の膜に映ったわたしの顔が、激しく歪んでいく。

 チュ、――――……。
 キチ、キチ、キチ……。

 足元から、嫌な音がした。断続的にそれは続き、金属の悲鳴がわたしの耳に突き刺さる。右脚に違和感を得た頃にはすでに遅く、太ももの辺りにはもう重量の欠片すら残されてはいなかった。
 痛みはない。痛覚を繋げることは叶わなかったから。作り手の配慮によって。
 だからわたしは、右脚がなくなったところで声を上げることが出来ない。
 ズルリと、銀の床から太腿の名残が引き抜かれる。
 右脚を、喰われた。
 にい、とどこかで口角が上がる。

「――あ、ああ、あ……」

 得られた筈の痛みはない。
 喪失に対して、声が出た。

「ただの義足であるならば、代えなど幾らでもあろう。然し朕なら今よりも美しく高性能で価格も手頃なものを製作可能である。良し良し。引き取りサービス料とかそういうのは一切なしで、オーダーメイドかつ唯一ぬにの脚を拵えようではないか」
「お、おまち、お待ちくださ、」

 水銀の群がわたしの左脚に襲いかかる。「い、」拒絶の声を上げる暇も無く、左脚が解かれていくのを感じる。金属の関節に滑り込む水銀の指先、分離する肌の感覚に恐怖を抱いた。
 痛みはない。痛みだけがない。わたしが得られる筈の感覚の中に唯一、それだけがない。
 本当にこれは恐怖なのだろうか。甘やかな快楽として認識することは叶わない。だからこれは恐怖で良いのだ。解放でもなんでもない、ただの、剥離。
 生きたまま解体されていくのは、ああ、己が有機物であったことを忘れてしまいそうになる。『わぉ、なかなか似合っているよ』わたしの脚の製作者が、脳裏の記憶の中で足元を眺めて微笑んで、それで、壊れて消えた。

「あ、あ……」

 義足の改造の提案を断った、ただそれだけなのに。
 大事なものだからと説明もしたのに、何も、なかったことになってしまった。

「……ン!」

 がりがりと音を立て、何かを咀嚼する動きをしていた陛下が、声を上げるなりピタリと止まる。金属を噛み締めるいやな音が耳に届いた。
 わたしと視線を合わせると、にいっと笑って、そのまま鼻先が触れ合いそうになるほど顔を近づけた。睨まれているのか、見つめられているのか、真意は分からないが、こちらに何かを訴えかけているのは確かなのだ。

「――――奥の歯に、何か挟まった」

 態とらしく音を立てて、口内に異物があることを伝えてくる。そうして、二言目には「回収せよ」の一言で、わたしを絡め取る。
 哀しむことさえ赦されない。項垂れる暇さえ与えられず、心を癒すことだって。
 これ以上、何も失うことのないように――想起する。
 以前、床に落ちていた特殊部品を目にした陛下が、解析のためかそれを口に含んだことがあった。驚いたわたしは、不敬にも陛下の口に指を捻じ込み、それを取り出した。
 以来、陛下は何を思ったか、こうしてわたしに口内の異物処理を求めるようになった。本当の目的は、別のところにあるのだろうけれど。
 逃げるための脚はとうの昔に無くしたし、新しく繋げた筈だったそれも、すでに陛下の腹の中だ。
 陛下の口の中にあるそれは、その一部に違いない。

「……はい」

 逃げることは許されず、拒絶などすればどうなるか分からない。結局のところ、わたしに残された道は一つしかないのだ。

「……失礼、いたします」
「えー、その言い方はなんだ。つまらん。やり直し」

 陛下はふざけてなどいなくて、常に至って真面目で、誠実で、論理的だ。だからこそ、陛下と対面するときは気を抜いてはいけなくて、常に正しい選択肢を選び続ける必要がある。
 分かっている。こちらが奴隷を気取る必要はない。秦の始皇帝の前で、粗相をしないことだけを考えるべきなのだ。相手が何を求めているのか。分からない筈もない。
 指先を、陛下のお口許へ向ける。

「……“あーん”、」
「!」

 陛下はそれを聞くなり、少し食い気味にわたしの指を迎えた。指先に吸い付く陛下は、乱暴に言ってしまえば大きな赤ん坊のようだった。
 指を、根元まで咥えこまれる。陛下が少しだけ声を漏らす。鼻から抜ける低い声音が、溶けている。

「ん、」
「う……陛下、」

 舌が、絡まってくる。
 滑り込ませた指先に、冷たくも熱くもない、少しだけざらついた肉が這う。「……ぅ、」不快感からではない、ただの反射である。なのに、陛下は軽く唇を緩めて、わたしの手に指を這わせ吸い寄せた。
 舌先が指の股を突く。こちらを誘うように。爪の生え際に向かって下品な音を立てながら優雅に撫であげて、わたしの指を舐める。
 早く終わらせなければ。その一心で、指先を陛下の口内へと潜り込ませた。
 ほんのりと熱を持つ口腔の、どこかにある小さな部品を、指先の感覚だけで探る。

「ン、」

 口を開いてくれればいいのに。そうすれば、手早くどこに何があるか察せると云うのに。この人は、まるで己の口の中を探索しろとでも言うように、わたしの指を口の中に押し込むのだ。
 触診か。

「――縺ィ、」

 そうして、わたしの頭では到底理解出来ない言語で、「縺?縺ィ縺ヲ」何か、声でもない、音でもない、何かを零す。わたしを窘めていた凛々しい表情が、「繧縺ァ、?」恍惚とした表情に崩れ去っていくさまは、なにか、とんでもなく、いけないことをしているみたいで、胸が詰まってしまう。
 カツ、と爪の先に何かが触れた。向かって右。左の奥歯。
 固形物だ。きっと、歯に挟まったと云う部品がこれだ。
 これを摘んで、すぐさま指を引き抜かなければ。回収を、完了させなければ。

「――、」

 なのに、何かが阻んでくる。
 まるでそれは鼠のように動いた。チュウ、とげっ歯類の鳴声を残して、わたしの指を押し戻す。

「ウ繧ウ繧ェ繝翫?繝槭Φ薙〒縺上k縲」

 届かない。指を捩じ込む。「縺ォ、」邪魔される。また鼠の鳴声がする。陛下の口から溢れ出た銀の水が、銀の水面に向かって注がれていく。それは確かに水音ではない、不思議な音がした。

「陛下、おくち、くちを」
「溘@縺ョ謖?◆縺ョ縺九☆繧」
「くちを、あけてください、」
「蜈ィ縺ヲ縺ョ諢剰ュ倥r謖√▲縺ヲ綾縺吶?」

 指に、舌が、口腔の粘膜が絡みついて、離れない。思った場所に指先が届かない、「ゥ巍」上顎を指の腹が掠めると、陛下が一際甘い声を漏らした。憂いを帯びた瞳で、わたしを見つめてくる。頤が震えている。呼吸が狂っている。何かを求めている。
 ぬるついた舌が、中指の第一関節を舐める。導かれるままに、ざらついた上顎を指の腹で押し上げさせられた。
 そっちじゃないのに!

「――――……! ガ、……――!」

 溢れてくる、陛下の大きく開かれた目から、小さく整った鼻から、歪められた口の端から、銀の水が肌を弾きながら滴り落ちてくる。「縺翫s縺薙&縺溘∪縺ッ縺阪ォ゜」弾かれてきらめく液体の鏡、赤も青も黄色も緑も肌色も、混ざって溶けて跳ねて粒になって膜になって広がって、一つに戻る。
 周囲の膜は渦巻いて、捻れて、波打って蠢いて。その中心にいる人は、わたしの腕に縋り付き、身をよじらせて悶えた。目から鼻から口から銀の水を噴きこぼして、なのに、咥えた指を離そうとはしない。頬を上気させ、呼吸を狂わせて吼える。

「繧薙ォ縺翫っ、繧薙?縺ッ?>縺繧薙$縺?≧縺ー縺九b縺ャ縺ョ縺っお¨、――……ッ!!」

 断片的な、嬌声とも取れぬ呻きの中に、耳で拾えるだけの雄叫びが混じった。しなやかで長く細い指が肌に食い込む。指の股に滑り込んだ舌が震えて、陛下は一際大きく背をしならせ、水銀を吐き垂らした。
 喉がしまる。眼前の人の口から銀色の体液が大量に噴き出してくる。それらはわたしにかかって、受け止めきれずに大きな体積へ向かって落ちていく、戻っていく。

「ッお¨ォ縺??ら區豼√〒豼おっ、〜〜――……ッ! お¨、ォォ蠎翫おっ……! ん¨っ、?荳翫↓お¨、……、…………」

 陛下の細く引き締まった身体が、痙攣するように細かく跳ねた。目を剥いて悶えて、うつろな瞳を曝け出しながら余韻に咽ぶ。
 こちらの膝に凭れかかり、だらしなく項垂れた陛下は、未だにわたしの指を吸い上げながら、何かに打ち震えていた。
 そこから得ているものが快楽であると察してしまうのは、あの恍惚とした悦の表情と、周囲の膜から感じ取れる特殊な波紋のせいだ。
 このときだけ、特別な動きをする。盛大に波打ち、小さな粒を飛ばしたあと、またなだらかなうねりに戻る。こよりを作って、一気に溶けて消える。粟立って静かになって、波を打ち付けあう。
 なにやら粟立っている粘膜を撫でながら、己の使命を思い出した。

「口を開いてくださらないと、部品が取り出せません、陛下、」
「ん¨……、ゅ、ぐぅ……、んむ、お¨……」

 陛下は軽く痙攣を続けながら、それでもわたしの指を咥え続けた。口内の水銀を舌に絡め、名残惜しそうにわたしの指を吸っている。乳飲み子、と評するには些か纏う雰囲気がかけ離れすぎていて、視線を這わせるのも、気が引ける。
 多少乱暴に口内に指を入れ、一気に部品を摘まみ取る。薄いナットか何かのようで、人差し指と中指の間に大人しく収まってくれた。
 その指に対して甘噛みを繰り返す陛下を、そっと宥める。

「陛下、取れましたので、お口を……」
「……っ、ん、……、ん……」

 その表情はひどく切ない。佇まいは猫かなにかか、体をねじったままぐったりと寝そべり、口に含んだ指を懸命に舐め続けている。ナットを取り零してしまうのを恐れたわたしは、指を多少強引に引き抜いた。唾液に濡れた利き手は、ところどころが糸を引いて濡れていた。砂のようになった銀が肌に付着している。擦っても、取れはしなかった。
 ふと、陛下を見やる。熟れた瞳をあの瞼の裏に収め、じいっと、こちらを見つめている。半開きの口から反射率の高い液体を垂らして、整えきれていない息を吐いてこちらを見ていた。どこか上の空になったあと、瞳に正気を戻し口を拭う仕草をする。

「…………ふう。さて。えー、新しい義足の支払いプランは分割払い、ボーナス併用払い、不均等払いと各種取り揃えておりその中から自身のライフスタイルに合わせたプランを選ぶが良いぞ。また政哥哥クレジットを利用するなら利用期間中に一ポイント十万QPのキャッシュバックが得られる」
「えっ、えっ!? 何、何の話……」
「はっはっはっ。月々のメンテナンス費用は一億五千万QPが妥当なところだが、まけにまけて八千万QP、うん、これが限度。かなりの慈悲」
「待ってください、ッあ、」
「払えぬのならその肉体で以て奉仕活動に励むが良いぞ。うんうん。インターネットで見た」

 太腿に、長い指が這う。水銀の悲鳴が響く。糸状に可変した水銀が結束して、蠢きながらわたしの脚を覆ってゆく。
 陛下はそのままわたしの身体を指の腹でなぞりながら、ゆっくりと顔を近づけてきた。眼を細めほんのりと頬を染め、わたしの指を吸い上げるときと同じ表情で、瞼を下ろしていく。肩や耳を撫でられる。肌は密着し、額が近づく。
 それが何を示唆しているのか、気づいた頃にはもう遅く、陛下はわたしの唇を吸い寄せ、強引に舌をねじ込んでみせた。
 直感で脳裏に浮かび上がる。水銀。その二文字に背筋が粟立つ。間近で液体の生まれる音を耳にする。「……!」咄嗟に腕を伸ばそうとするも、陛下の力に敵うはずもなく、背に絡みつく腕がわたしの抵抗を全て封じた。
 流れ込んでくる唾液と、あとなにか、決して体内に入れてはいけないものが、直接口を通して滑り込んでくるのが分かる。「……ッ、」グチュ、と唾液を肉で捏ねる音がした瞬間、陛下の身体が跳ねた。あの聞き慣れない言語の声音を口内に残しながら、わたしに向かって舌を伸ばす。わたしの逃げる舌を舐めて、恐怖を塗りたくり、注ぎ込んだ。
 舌を噛むべきか。唇は閉じられない。「……ぅ、ぐ、」「繧ィ、ア¨」口唇はこじ開けられて、肌に指が刺さる。
 問題は上体にばかり集結するものではない。一瞬、脚に鈍い痛みが走ったのを合図に、身体の芯が熱を持った。
 それらは金属が破壊される音を奏でながら、一つの形状に収まろうとする。不完全な両脚の先で、破壊の逆再生が行われる。それらは連なって、骨肉を刺す痛みに変わる。
 わたしは両脚に駆け巡る痛みを払おうと暴れたが、陛下はそれを許さず、舌を深く挿しこんでくる。

「――! ん¨、――!」
「剰ォ¨、」

 肺を抱き寄せられる。肋骨がきしむ。唇を食まれて、粘着質な液体を捏ねる音に溺れた。
 銀の幕は揺れて、無数の針に波打ち、捻じれて、また元に戻った。ずる、と舌を引き抜かれる。そのままゆっくりとわたしの胸に落ちた陛下は、「……、蜈ィ縺ヲ、ム、――……お、…………」と、何らかの余韻に浸りながら静かになった。
 咄嗟に口元を拭うと、肌の上から銀色の玉が滑り落ちた。「う……」不安が全身に回る。よくよく考えれば右も左も銀の壁、天すらも銀の帳で、地さえ銀の土で覆われている。
 わたしの胸の上で満足そうに吐息を垂らしている陛下さえ、銀色の沼からその身を乗り出している。
 今更排斥を試みても、無理だ。何をどう考えても、もう。

「……、ふう……、良し、良し良し。良し。うむ、うむ?」

 陛下は息を整えながら身を起こし、わたしの足元を見た。「……、ううん」訝しんだ声の先で弾かれたものは、先ほどまでわたしには無かったものだ。
 腿より下が、感覚的に、ある。

「良し良し。シルエットこそ、人体の脚そのものだが、うぅん、それの模倣というのも趣がないのでな、童歌ドールの足元を参考にした。色味は寒色系寄りに。装飾も多めにあしらった。……よく! 見よ! 何処の始皇帝が設計・デザインしたものか、一目瞭然よな」

 口から銀色の液体をだらだらと零しながら、嬉しそうにわたしの脚に指を滑らせる。その瞬間、ぞっとして、「う、」出る筈のない声が跳ねた。
 肉に、触れられたのかと思った。だってそこは、完全に機械の脚であるというのに、生肌に触れられたときと同じ感覚をわたしは得たのだ。
 びく、と膝が跳ねて、陛下が満足そうに鼻を鳴らす。

「擬似神経の感度も良好。さて、肝心の代金だが。先ほど言った通り、今後は朕への奉仕活動に努めよ。それで対価とする」
「あ、悪徳……!」
「この条件すら呑み込めぬと言うならば、芋虫のように這い回って生活するのだな」

 バチャンと水音を立てて目の前から消えたかと思うと、間も無く背後に気配を感じた。後ろからぬっと形作られた陛下に抱き寄せられ、肩に顎を置かれる。抱き寄せられるが、これでは熊のぬいぐるみを抱きしめる子どもと同じだ。
 相手は何千年と生きた人であるのに。地球の全土を支配した者であるのに、こんなものに躍起になって、勝手に人の身体をいじくりまわして、こちらの気も知らないで頬擦りをして。
 涙すら出てこないのは、心が摩耗したからではない。
 それをしたが最後、どうなるか予測が出来てしまうから。

「こ、この水銀? 人体に影響とかは……」
「あー、うん、あるけど朕がなんとかしてる」
「えっ……、えっ!?」
「まあ。でも、朕だから。なんとかしてやるし、多少ヤバめでもなんとかなってしまうのだ。そう、朕だからね」

 ダ・ヴィンチちゃんに、なんと説明をしたらいいのだろう。此度の制作者は、前作の本当の作り手ではないから、憐れまれることはあっても残念がられることはない。
 この脚を切り離して、新しい脚をダ・ヴィンチちゃんに作ってもらったところで。何の解決にもならないことは明らかであるし、寧ろ陛下の怒りを買うであろうことは目に見えている。
 わたしが技師でもなんでもなければ、あのとき陛下の口に急いで指を突っ込むこともなかったのに。吐き出してくださいの一言で終わったかもしれないのに。
 厄介な人の玩具になってしまった。
 銀の海に浮かぶ脚を見て、思う。

――きれい、だ。

 鼻歌を歌いながらわたしの脚を撫でさする陛下に、そんなことは口が裂けても言えない。言える筈がないのだ。

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