はじめまして、よろしくお願いします

ざばん、ざばんとはじめてきく音がして、彼はうっすらと目を開けた。見上げればまぶしさに目がちかちかする…はて、部屋の電気はこれほどまでにまぶしかっただろうか。それに何故か暖かい。これほど暖かいのは生まれて初めてではなかろうか。
ごしごしと目をこすって、重たい体を無理やり起こした。

みた事もない風景だった。

青々と生い茂る木々、何処までも青く広大な空、点在する白い雲、まぶしい太陽、その光を反射する白い砂浜、そして何処までもどこまでも続く深い青色、海。

凄いとか、素敵だとか、そんな陳腐な言葉じゃ表せない風景だと思った。言葉にできない美しさの中、青年は小さくつぶやいた。

「何処だ、ここ」

見覚えのない景色だ。そもそも青年がいた「世界」はもっと薄暗く、冷たく、寒いところだった。この場所のように、明るく、美しく、暖かい場所ではない。服についた砂を払い、立ちあがる。みたことのない「海」に近づけば、ざばん、ざばんという音がだんだん近くなって、ああ、この音は海から聞こえてくるものだったのかと気付いた。おもむろに海に手を突っ込み、指についた水をなめてみる。激しくしょっぱい。

「海だ」

海を見たのは初めてだった。いや、正確にいえば「広く広大な水場である海」を見たのがはじめてなのだ。彼の中では、海とは氷に覆われたものだった。
だから海水がこれほどしょっぱいものだとは知らなかったし、海からの風がなんとも言えない匂いを伴っているのも知らなかった。彼は大きく深呼吸をして、それから海の広大さに目を細めた。何処までも続く青い空間。水平線の彼方には一体何があるのだろうか。それは彼の知識の及ぶところではなく、たとえ及んだとしてもそれはただの知識だ。実際に見聞するのとでは訳が違う。百聞は一見にしかずという言葉があるように。

科学者とは好奇心である、とは彼の持論である。

はじめて見る風景、初めて感じる風にぞくぞくした。世界は広い。ここを見て回れたらどれだけいいだろうか。

そうときまれば船でも作ろうではないか。彼は意気揚々と後ろの森を振りかえった。

少年と目があった。

麦わら帽子に、赤いベストを着た少年だった。左目の下あたりに縫い傷があるが、まぁさしたることでもない。寒そうな格好だ、彼は瞬間的にそう思ったが、ここはこんなに暖かいのだ。むしろ彼が「暑そうな格好だ」と思われているかもしれない。まぁ事実その通りであって、目の前に立つ少年の第一声は

「お前暑そうな格好してんな」

だった。

「そうか?」

「ああ、すげぇ暑そうだ。暑くねェのか?」

「いやぁ、今のところそんなに」

「ふぅん。…あ、こんなところで何してんだ?」

「ん?海を見てたな。俺、はじめてなんだ」

「なにが?」

「海見るの」

「えぇぇええええ!!!!お前そりゃ、勿体ねぇ!海はいいぞ!!なんてったって広い!でかい!!」

「そりゃ、見りゃわかるさ」

言いながら、青年はざざんと音を立てている海を見つめた。
遥か彼方で空の青と海の青とが混ざり合って、まるで世界すべてが青くなってしまったような光景だ。あの世界でも、あと何百年かすればこういう景色が見られるようになるのだろう。その事実だけでも、あの戦争に勝利した意味があるというもの。

「いいな、海」

「なんだ?海に出たいのか?」

少年はいつの間にか隣に立っていた。
並んで気づいたのだが、少年の方が若干背が高い。なんだか屈辱だ。

「ああ…いいな、俺、この世界全部見て回ってみたいよ」

この向こうには一体何があるのだろうか。

「じゃあおれの仲間になれよ!」

少年が笑顔で言い切ったので、青年は首をかしげる。

「おれはこの世界を全部見て回るんだ!んで、海賊王になる!」

「かいぞく?」

水場としての海がない場所に住んでいたのだから、海賊などとはもちろん無縁である。

「おお!海賊だ!海賊はいいぞ、自由で!」

「自由かぁ…」

それは確かにいいな、と彼は思った訳だ。

「おれの船に乗れよ!」

「じゃあお言葉に甘える」

「おう!」

少年はにかっと笑った。

「おれはモンキー・D・ルフィ!お前は?」

「俺はアルト・ソクラテスだ。よろしくな、船長」



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