ブリンガー・オブ・グッドラック。
直訳すると「幸運の運び手」。ググるとカードゲームの名前が出てきそうなこれが、俺のスタンドの名前。
その姿は、雪でも降ったら見えなくなってしまいそうなほど真っ白な梟だ。
梟とは、どうにも縁起の良い動物(いや、鳥?)であるらしい。まぁ俺もよく土産物屋で見たよ。福郎とか…不苦労とか…なんか語呂合わせ要素が強かったよね。でも梟っていいよな、カッコいいし。かわいいし、きれいだし。あとなんか魔法使えそうだし。
ああ、いや。話がずれた。とにかく俺のスタンドはこの梟で、能力は「見たものに幸運を与える」という、まぁなんとも言い難い能力だ。ぶっちゃけ攻撃性能は低い。ていうかゼロだ。
でも利点もある。スタンドというのはスタンドでしか攻撃できない。でもスタンドから人間には当然、攻撃できる。つまり、俺に迫る妙な肉塊も攻撃できるってことだ。
いくら対スタンドでは攻撃性能0でも、生身相手ではそこそこの攻撃力を誇る筈だ。たぶん。いや、おそらく鳥の攻撃よりちょっとばかし痛いくらい物もだと思うけど。
とにかく、そうやって迫りくる肉塊を食い止めた。長くもつ気は全然しない。こいつはやべぇぜ。ピンチって奴だぜ。
「なんだか分かんねーが…メリル!早く離れな!」
あ、そういやそうだ。はなれればいいんだ。一歩、また一歩と肉塊から離れる。なんだか変な服を着たじいちゃんが酷く驚いた顔でこっちを見ていたけど、構っていられるほどの余裕はない。
ジョセフ兄ちゃんは先端にナイフが付いている鎖でもっておにーさんだったものをがんじがらめに縛りあげると、俺が今いる方向とは反対方向にある扉を押しあけた。それはどうやら地上に続いているらしく、長い階段をずるりずるりとその肉塊を引き摺りながら登っていく。
「波紋の呼吸をしろ」と、おじいちゃん。
はもん?こきゅう??一体何のことなんだろう。俺に近づいてきていた肉塊は気がついたらみんなジョセフ兄ちゃんの所へ行っていて、たぶん一番大きい本体の元へ戻ろうとしているんだろうなって何となく思った。
まだあんなにバラバラになった事はないけど、俺もきっとこまぎれにされたらああやって再生するんだろうな。ううん、考えたくない。
ジョセフ兄ちゃんにべたべたと肉片が張り付いて行く。
あの筋骨隆々としたあんちゃんが「重い」というからにはそりゃあもう、とんでもない付加なのだろう。おそろしい。ついに膝をついてその場から動けなくなってしまったジョセフ兄ちゃんの後ろから、すかさず軍服を着た男が追いぬいて行った。どうやらあの扉を開けることが目的らしい。
ばらばらにぶっとんだおにーさんは俺たち吸血鬼みたいに太陽の光が弱点らしいのだ。だから太陽の光を浴びせるらしい。
俺みたいな吸血鬼は太陽の光にあたると灰になってしまうらしいけど、おにーさんはどうなるんだろう。ちょっと疑問に思った。
…待てよ。太陽の光をあびせる?
それ、おれもしんじゃうじゃん!やべーよ!!でもあのおにーさんはガチでやばい予感がするから!今ここでとどめ刺しとかないと!!やばいじゃん!!俺もまだ死にたくないし!!食料呼ばわりやだ!!まじで!!
まぁ、俺がわざわざあそこまで太陽光浴びに行かなかったら済む話だよね、うん。
そうこうしてる間に軍人さんもあの軟体動物系のおにーさんに足ひっつかまれて盛大に転倒した。足はもう、あの触手っぽいのと一体化しかけている。こわ。
所がもっと怖いことを、あの軍人さんは言いだした。壁にかかった斧で、触手と一体化した足を裁てと言うのだ。それを今、ジョセフ兄ちゃんにお願いしたのだ!
そうすれば扉に手が届くからって…こわい!軍人怖い!!
…って、あれ?いまジョセフ兄ちゃん軍人さんの事「ナチ公」ってよんだ?ん?
ナチって…まさぁ…ドイツ軍人…ナチ…ナチス…ナチス…ドイツ…?
えっ?い、今って…第二次世界大戦中?それとも…ちょっと前?どちらにせよ…なにそれ!俺、おれ…俺、過去に来てるってことじゃん!
あれ?いや、でも待てよ?単純に俺がもっかい生まれたこの世界がそもそも前世の俺にとっての過去なのかもしれない。つまり俺は19…えーと…第二次世界大戦っていつからだっけ…忘れた…えーーーと…うん。まぁいいや。俺、ずっと屋敷の中にいて全然外の情勢なんか聞いたこともないから、まったくわかんなかったし。
そうこうしているうちに軍人さんが扉を開けた!ジョセフ兄ちゃんが足を切断したからだ。まぶしい太陽の光が入ってきて角の生えたおにーさんにあたる。
いいなぁ、俺も灰にならなかったら日光浴とかしたい。外を走りまわりたい。無理だけど。
…あれ、でも変だな。おにーさんは消滅したりなんかしなかった。身体がパリパリ言っててなんか硬質化してるっぽいんだけど、それ以上では無い。
それどころか、身体をありえない曲げ方をしてなんと、軍人さんの足の傷口からにゅるんと体内に入り込んでしまったのだ!うえええええなにあのおにーさん!人間じゃないのってガチなの!!っていうか何ものなの?こわ!!い!!!!
軍人さんはそのまま扉をくぐって外へ出ていってしまった。そこから先は俺の身長じゃ到底見ることはかなわないし、廊下には太陽の光がさしてる。そんな所を通って様子を見に行くことはできないし、そもそも見に行ったってどうしようもない。俺に出来ることと言えば、ふむ。まぁジョセフ兄ちゃんの勝ちを信じて待つ位だろうか。
しかし、よくわからないけどおじいちゃんが床に転がったままなのを放置しておけない。床汚いし…と思ったら、何か血まみれだ。今までずっと血なまぐさい屋敷にいたせいで、鼻がおかしくなってるな。うえええええふんじゃったよぅ。よく見りゃいたるところに死体が転がっている。全部グロテスクすぎて…うわあ。もうやだ。おうち帰りたい。ああでもおうちかえってもグロテスクのパレードなんだった。俺の安息の地はどこ。
いやしかし、この死体まみれのお部屋を見たらますますおじいちゃんを床に転がしたままにする訳にはいくまいよ。ひっくり返った車いすを起こすと、がらがら押しながらおじいちゃんに近づいた。
「おじーちゃん、だいじょぶ?」
「あ、ああ…」
おじいちゃんは戸惑った様子で俺の事を見ている。
なんだろう。やっぱりたかだか三歳児が死体に驚かないとか、泣かないとか、おかしかったかな?でもしかたあるまい。驚くと言うには俺はいささか死体を見過ぎたし(主に父さんの所為。吸血した女の人をその辺に放置するから…)あとはまぁ、驚くタイミングを逃したと言うのもある。目の前の死体より、先ほど見た人間のようで人間じゃないおにーさんの方が怖いってのもある。
「君は…」
「おれ?」
なんかおじいちゃんの服には変なベルトのようなものが付いている。うーん、これの所為で腕が動かせない状態なのかな。えーっと、どうやってほどのくの?これ。ちぎっちゃうぞ。
「俺ね、メリル」
「メリル…くん?」
「うん!おれメリル!メリル・ブランドー!」
子供は元気で笑顔がよろしい!…って、現時点でこどもなうな俺が考える事でもなかった。にっぱりと笑顔で元気よくそういうと、おじいちゃんの顔が一気に蒼白になった。ん?なに??
「や、やはり!やはり…貴様、ディオの!」
「ディオ?」
何故急にDIO様の名前が出るのか、俺にはよく分からないがどうにもおじいちゃんは怯えているらしい。うぬぬ…一体何だって言うんだ。
「ディオ、俺のお父さん」
「! ば、ばかな…ディオが…生きているとでも言うのか!いや!そんなはずはない!ディオは…確かに…ジョースターさんと一緒に…海の底に沈んだのだ!」
おじいさんは自分自身に言い聞かせるように叫ぶ。
俺にはよく分からないけど、どうにもDIO様の死因?を語っているようだ。海の底に沈んだ。ほう。それが俺にとって未来のことなのか。それとも過去のことなのかは分からない。ジョースターさんって誰?そう言えばさっきジョセフ兄ちゃんが「ジョセフ・ジョースター」って名乗ってたような…ううん、やっぱり友達のJOJOトークにちゃんと付き合えばよかった。
「? 俺、よくわからないけど…おじいちゃん、床で寝てるの、汚いよ」
俺がそう言えば、おじいさんは戸惑ったように、しかし確実に頷いて見せた。うんうん、そうだよね。気になるよね。床血みどろだもんね。
御爺さんを車いすに乗せる。吸血鬼ってすごいね!この程度造作もないわ!ってやつだよ。見てください、この筋力。俺の筋肉はぺったんこですけど。三歳児に無茶言わないで下しあ。
うーん、おじいちゃんのこの服どうしたらいいんだろ。とりあえず適当にと眼鏡をはずしてみる。あってるのかな?これ。なんか破壊してる気もする。
と、ここでジョセフ兄ちゃんが慌てて戻ってきた。
「メリル!」
開口一番俺の心配とか…ジョセフ兄ちゃんいい人すぎる。
「おめー、大丈夫かよ!怪我は?」
「してないよ」
「そうか!」
がしがしと頭を撫でられるのはまんざらでもない。
「スピードワゴンの爺さんも大丈夫かよ。怪我してねーのか?」
「ああ、ぴんぴんしとるよ」
「へへっ。だろうな。あんなけ大声で騒げりゃあな〜〜」
「JOJO!」
「ふっへっへ!」
緊張の糸が解けたのだろう、ジョセフ兄ちゃんはおじいちゃんをからかって笑っている。しかし急にきりりと真面目な顔になると、先ほど軍人さんの傷口の中に入っていって、今は太陽の光を浴びて石になってしまったらしいおにーさんの処遇を話し合い始めた。俺はほんとにお呼びじゃあないなぁ。
何かの衝撃で割れたのであろう、元は床の一部だったと思われる石をぽこりと蹴るとこつん、と倒れたままの死体にあたった。
ぐぎゅう。
ああ、そう言えば俺、お腹すいてたんだった。
bkm