ポカポカとあたたかい。なんだろう、もう朝なんだろうか。
チュンチュンとどこからか鳥の鳴き声がする。ううん、なんだかこんな目覚めのいい朝は久しぶりだ。でもなんだかお布団が固いような…。
いや待てよ。あたたかいってどういうこと?
あと俺昨日ベッドで寝た記憶ないんだけど。ていうか屋敷に戻った記憶もないし。むしろ死んだ記憶はある。そんなかんじ。…いやどんな感じなんだそれ!
ぱちりと目を開けると、やはりというかなんというか、目の前に広がるのは硬い地面だった。あーーー、やっぱりか。父さん容赦なく俺をボッコボコにしてったもんな〜〜、いや〜生きてるだけでめっけもんですよ。うんうん。
なんて頷いて起き上がろうとしたところで大変な事に気が付いた。
腕が無い。
間違えた。腕が無いどころの騒ぎじゃない。首から下がまるっと無い。
………………エッ?
えっ、えっなにこれぇぇえええええ!?エッ、ちょっ、まっ…えええええええええええええええええええええええええ?
よ、よし。一旦落ち着こう。一旦落ち着いて深呼吸…アッ俺肺とかないじゃん!むしろ器官もないし!呼吸できないし心臓も無い筈なのになんで生きてるのこわいな!怖いなー吸血鬼怖いなーー!!!
あっ!あれだよね!これはもうこういうしかないよね!!
ゆっくりしていってね!
…どう考えても言ってる場合じゃ無かった!!うおおおおおおお俺どうしよう!どうしたらいいの?あっよく見たら目の前に俺の体が落ちてるぞ!ぐろいぞ!!血まみれだぞ!!でもまた身体小さくなってるね!なんなんだろうね!!
あああああああ朝日を浴びちゃうよぉ。ていうか頭部はもうあびてね?だって俺あったかくて目が覚めたよ??三年ぶりの日光暖かいナリィ…って言ってる場合じゃねぇ。えっ?なんで俺灰になってなんだろう?もしかして俺が吸血鬼だったのは夢だったんだろうか…うわぁ何それしあわせ。
ってあああああああああああああ!身体に日光が当たったらボッ!とか音がして当たったところだけ灰になったぎゃああああああああああああああ!!やめて!よして!ゆるして!!
ああああああ助けたくても助けられない俺の身体!からだちゃん!!だれか!日傘をお持ちのお客様はいらっしゃいませんか!俺の体をほんのちょっぴり影の中に移動させていただけるのであればそれでよろしいのですが!!やだあああああああああ灰になっちゃうぅぅぅううう!!
ごろんごろんと転がろうと思ってああでもこれやっぱ動けねーよ!なんなんだよもーーー!!首は無事だけど首だけじゃ生きていけないよ!ていうか普通死ぬけどこの状態!
瞬間的に、ふわっと懐かしい石鹸の匂いがした。
傘の開く音がして、俺の体の上に影が出来る。見覚えのある傘がそこにはあった。でも記憶よりなんだかとっても古めかしくてボロボロだ。ぱちぱち瞬きをするが目の前の光景は変わらない。
傘をさしているのは金髪の男性だ。後ろ姿だから顔は分からない。でも、この匂いはほぼ間違いない。まさか、いや、え?まじで?
「………シーザー兄ちゃん?」
振り返った彼は、思ったよりも若か…えっ?!えっ!?あれ…だってジョセフ兄ちゃんは…あれ?あれ!?
「メリル」
ふわりと笑ったのはやっぱりどう見てもシーザー兄ちゃんで…ああでもちょっと年を取ってるかな。ジョセフ兄ちゃんより全然若く見えるけど!30代前半くらい?ちょっと渋めの色気漂うシーザー兄ちゃんカッコいいですけどいったいおいくつなんですか。
シーザー兄ちゃんは俺の体をそっと持ち上げてこちらに近づいてくる。あ、ちょっと、俺血まみれですよ?えっ?とおもってるうちに頭も両手で抱きあげられて、ばっちり目が合う。あれ…兄ちゃん泣いてる?
「生きていてよかった…!」
ぎゅう、と抱きつかれて俺はリアルに息がつまった。…でも兄ちゃんが震えているのでそっと黙っておこう。そうだよね、俺にとってはほんの少し前の事なんだけど兄ちゃん達にとっては……。………何年前なんだっけ。まぁだいぶ昔の事だと言うのは確かだろうな。うん。その間ずっと俺が死んだと思ってたんだとしたら、とても申し訳ない事をしてしまったような。いやでも回避不可能イベントだし…。
ああでもイケメンに抱えられる生首ってどういう状況なんだろう。倒錯的だよねこわくね?こわいよね。
しばらくそうしていたかと思うと、ぱっと身体を離される。その時にはもう兄ちゃんは泣いてなくて、にっと笑って(ここもあんまり変わってないな〜)「JOJOの所へ行こうか!あいつは一発殴らなければ気が済まない!」と言った。
「ジョセフ兄ちゃんのとこ?」
「ああ、SPW財団からすでに連絡は貰っているからな。…しかし、この身体はどうしたものか」
ぶらーんとぶら下がる俺の体。シーザー兄ちゃんが抱っこしてくれてはいるけれど、それでは覆しきれないほど不気味だ。それにしても俺の体と、頭と、日傘を持っているなんて兄ちゃんは器用だなぁ。
「んん〜〜〜………くっつける!」
そういえば父さんもジョナサンさんの体をくっつけたって言ってたし、まぁくっつかない事も無いだろう。しかし改めて、どういう構造してるんだろうか吸血鬼。
「くっつく…のか?」
「わかんない」
物は試しだぜ、シーザー兄ちゃん。
首から上が無い幼児の体(俺の体)に生首(俺)をくっつけてみる。
なんということでしょう!(あのBGM)動かなかった俺の体が自由に動くようになったじゃありませんか!!首はちゃんとくっついてないからなんだかぐらぐらだけど!!首を押さえていた手を離してぱちぱちと拍手。くっついたよ!やったね兄ちゃん!
「ついた!」
兄ちゃんから日傘を受け取りにへへと笑う。まだちょっと心配だけど、まぁ大丈夫だろう。さっきまで来てた服は血でどろどろで大きくてずるずるだ。さっき日光が当たったせいで左手の先っぽが無いけど、俺は右利きだから大丈夫!と、意気揚々と足を踏み出し二歩目ですっ転んだ。な、なんということだ…!
「大丈夫か!?」
「うっ…うん…」
びっくりしただけですんでまじで。なんだか身体がうまく動かないような、変な感じだ。どうしたんだろう、と思ったけど首ちゃんとくっついてないんだから当たり前って言ったら当たり前のことなんだろうな。普通死んでるもんな。
そんなことをつらつら思っていたら、ひょいと兄ちゃんに抱きあげられた。お、おお…。すぐ上にある兄ちゃんの顔を見上げると、澄ました顔で「心配だからな、これくらいはさせてくれ」と言われた。ご覧、これがモテる男の姿だよ。こういう事を嫌味なくサラっとやっちゃうからカッコいいんだよな!!!しっている!?知ってた!!こういうスキルを身につけなければなるまいて…それがモテの秘訣!モテたい!でも今生はまだ希望があるぞ!なんてったって父さん似の超美形だもんね!将来が楽しみだねメリル君!
俺を抱っこしたシーザー兄ちゃんがてくてくと歩き出す。生き先に迷いはなくて、本当に場所が分かっているのだろう。日はすでに登りきっている。
…そういえば、父さんはどうしたんだろう。きっと死んでしまったんだろうな。いや、殺されてしまったと言うのが正しいのか。俺は父さんが生きるべきとか死ぬべきとか、原作の流れがどうこうとかは全く分からない。でも父さんは悪い事をいっぱいしてきたし、人から恨まれるようなことも一杯した。だからきっと、こんな結末が来る事を少しは予想していただろう。
日傘をさしたまま歩くシーザー兄ちゃんを少し見上げて、ぼんやりと足元を見た。
誰も死ななければいいなんて思ったけど、やっぱり俺じゃ力不足だなぁ。元日本生まれ、日本育ち。平和な思考回路が骨の髄まで叩き込まれた、いわゆる戦争を知らない現代っ子な俺の、身の程を知らない欲求を叶えるためにはもっと強くならないといけない。
…うん。どうやって?
えーとまずは体を鍛えるところから始めよう。うん。そうしよう。でも目下の問題はまずこれからの身の振り方だよね。お父さんに無くなっちゃったし、そもそも俺吸血鬼だし。一人じゃ暮らしていけないけど(なんてったって三歳児)複数人で暮らす事も想像できない。もういいもん!宝くじ買って適当におうち買って一人で暮らすもん!!ああでもそんなこと許されるのか分からない!もうやだおうち帰る!
と思っていたら、いきなりシーザー兄ちゃんが日傘を持たせて俺を地面に下ろした。あ、あれ?どうしたの?おどおどしながらその正坦な顔を見上げると、相変わらずのイケメン兄ちゃんはにこりと笑って「少しここで待っててくれ」と俺の頭を撫でる。後ろを向いた兄ちゃんは先ほどまでとは打って変わって、なんというか、殺気立っていた。
「JOJOォーーーーー!!!!!」
おおーっと!駆けだしてからの飛び蹴りだあああああああ!!ヒット!クリーンヒット!よく見たら前に居たジョセフ兄ちゃんにクリーンヒットだ!!吹っ飛ぶジョセフ兄ちゃん、驚く周囲の人々!!いやぁ綺麗な飛び蹴りだったよ。流石だ、シーザー兄ちゃん。そのまま説教を始めるからまじ半端ない。年配のおじいちゃんが若輩者に説教されている様子は、なんていうか、うーーん…シュールっていうのとはちょっと違うかな。
まぁいいや、俺も行こう。靴もズボンも脱げちゃったから俺裸足に生足なんだよね。パンツは元々はいて無かったから下半身まっぱ。…下半身の身でも真っ裸とかいうんだろうか。不思議。
一歩足を出したところで、やはり違和感。神経が隅々にまで行きわたっていないような、そんな感じ。気持ちが悪い。でももう一歩、と踏み出したところでやはり盛大にすっ転んだ。うっ…ふぐぅ…いたい…。
「うっ…うえ…」
傘は意地でも放さなかったので日光を受ける事は免れたが、いやそれ以上に思いっきり打ちつけた膝と顔面が痛い。もうどこもかしこも痛い。
「メリル!」
シーザー兄ちゃんが慌てて駆け寄ってくる。うええええいたいよおおお。
「ひぐっ…う、うぇっ…」
求めてないけどガンガン涙が出てくるよ!ぶるぶるとふるえる身体はもう仕方ないことだと諦めて、せまりくる感情のままに声を上げる。いたいよおおおおもおおおおやだああああああ!シーザー兄ちゃんがまたも俺を抱き上げて「よしよし痛かったな〜、大丈夫だぞ」と額に一度キスを落とした。全く外国人め!
「………メリル?」
きょとんとしたその声は、ひょっとしてジョセフ兄ちゃん?言われてみれば面影が…うん、だいぶあるね。でも俺はまだびゃあびゃあ泣いている。だって痛いんだもん!
泣きながらジョセフ兄ちゃんに手を伸ばせば、近づいて来た彼は恐る恐る、といった風に俺を抱き上げた。と、年をとっても筋肉質!すげぇ!
兄ちゃんの胸にぎゅうっとしがみつく。…シーザー兄ちゃんといい、ジョセフ兄ちゃんといい、なんというか子供の抱き方がうまくなっているぞ。こういうところに過ぎ去ってしまった年代というものを感じてしまう。頭を撫でられて俺は少しだけ落ち着いた。まだ痛いよ!?あたりまえだろ!!
…ジョセフ兄ちゃんなんか震えてるけど。ひょっとして泣いてる?兄ちゃん?
まだ嗚咽を漏らしているけど涙は止まった。俺は心配になって、帽子をかぶった兄ちゃんの頭を撫でる。
「…………生きていて、良かった」
うんそれさっきも聞いたよ。ありがとうね。
bkm