深い水の底にとぷんと落ちて行く。
水面は随分と遠くて、今はもう見る事の叶わない太陽にすこしだけてらされていた。
こぽり、と口から泡が漏れる。空気は逃げて行っているのに、不思議と息苦しくない;。
こぽこぽ。
もっともっと奥深くへ落ちていく。
遮るものは何もないのに、なんで光は届かなくなるんだろうなんて疑問を上げた小説を昔読んだ事を思い出した。それはあれだ、光の屈折って奴じゃあないかなぁ。
深海ってどんなところなんだろう。少なくとも人間が生身で行くような所じゃないな。前世で読んだ教科書で、海に沈めたカップ麺の容器が10分の一位にまで縮んでいた事を思い出す。水圧がかかるのだ。人間なら内臓破裂だろうか。それとも肺が潰れちゃうのかな。どちらにせよ良い死に方じゃない。
こぽん。
でも抵抗せずに落ちていく。落ちる落ちる落ちる。上も下も右も左も分からなくなる位落ちる。深い深い海の底。ここはいったいどこだろう。
「やぁ」
そんな中、忽然とその人は現れた。
青く光る黒髪に鍛え上げられた身体。何より目を引くのは、その翡翠みたいな綺麗な緑の瞳だろうか。
彼はにこやかに話しかけてくる。
「はじめまして、かな。僕はね、ジョナサンっていうんだ」
ジョナサン?
聞き覚えのある名前だ。どこで聞いたんだっけ。
名前だけじゃない。その顔も何処かで見たことがある。―――あ、ジョセフ兄ちゃんだ。とってもよく似ている。瓜二つって言ってもいい。でも、なんていうんだろう?目の前のジョナサンさんのほうが非常に理性的な感じがする。いや、兄ちゃんが野性的だとかそういう話では無く。
「君はメリル君だよね?ごめんね、こんな暗いところで」
いやいや。暗いのは慣れっこなんで。吸血鬼なもんですから、夜目は効くんです。
「そうかい?良かった、心配してたんだ」
あ、そうだ。ジョナサンって聞いたことある名前だと思ったらジョセフ兄ちゃんのおじいちゃんの名前だ。スピードワゴンさんが嬉々として語ってたんだけど、終始ジョースターさん呼びだったんで気づくのが遅れてしまった。
…そうか、ジョセフ兄ちゃんのおじいちゃんか。
「うん、そうだよ。それでね、君のお父さんでもあるんだけど」
……………………………は?
え、なにそれ。飛んだ爆弾発言。
「正確に言うと…う〜ん、なんて言ったらいいのかな。えっとね、ディオの首から下は僕の体なんだ」
えっ
…えっ?
いや、確かに父さんには首に縫い目があるよ?なんでかな〜首でも切り落とされかけたのかな〜って思ってたけどまさか、え。まじで?
ていうか、待て。おかしい。ちょっぴりアレな話をすると遺伝子を決めるのは精子と卵子だろう。精子は精巣でつくられるからそれは100%この目の前の、ジョナサンさんのものであるはずだ。だというのに、俺のこの父さんにそっくり具合!…吸血鬼ってこえ〜〜〜。首しかないのに確実に侵略していってる。
「ふふ…それにしても、本当にディオそっくりだね」
ジョナサンさんはそう言って俺の頭を撫でた。むぅ、くすぐったい。
「僕とディオが初めて出会ったのは君よりもっと大きな時だけど…うん。君とディオはよく似てる。瓜二つだ。でも君みたいに可愛らしい顔はしていなかったけどね」
ここでいう顔っていうのは表情の事だろうか。俺が間抜けな表情だっていいたいんですか、否定しません。
「ディオはね、出会った時からずっと…嫌な奴だったよ」
でしょうね。
「ダニーを蹴ったり…エリナに酷い事をしたり…僕の時計を取ったり…うん、今思い返しても本当に酷い奴だ。大人になった今でも思うよ。全然可愛くない子供だった」
そこまで言われるほど、父さんは一体何をしていたんですか。なんだか俺が申し訳ないよ。
「…でも、なんでだろうね。見捨てられなかった」
ぽつりと言う言葉が、この人の本心のような気がした。見捨てられない、かぁ。なんだろう、ちょっぴり分かるような気もするな。小さく笑うと、さっきよりも大きな気泡がこぽんと漏れる。上はあっちか。
「君も、ディオに酷い事をされるかもしれない。君もやっぱり、僕の血を引いているからね。吸血鬼だからって、本質は変わったりしないものさ」
さっきまで沈むばかりだったからだがふわふわ浮いて行くのを感じる。
な、なんだってんだ。時間切れだとでも言いたげだ。
「でもね、うん。大丈夫だよ。ディオはちゃんと、君の事を愛しているもの」
父さんが俺を?
…なんだか気持ち悪い。何故だろう。いい父親をやっているとは思うんだけど、それは=愛ではないような気がする。好きだから尽くすのではない。だって父さんの一番はきっといつだって自分だ。それ以上はいないし、それ以下もまぁ、いないんだろうな。
「さよなら、僕の息子。また会う日まで」
あいしているよ、というジョナサンさん…いや、お父さんって呼ぶべきかな。お父さんの台詞はこぽりと泡になって浮かんではじけた。
bkm