くぅくぅ。おなかすいた。
ぐぅぐぅお腹が鳴っている。そう言えば最近、血液を摂取してないような。ぐぅぐぅ。鳴りやまない。お腹すいた。お腹すいた。
喉が渇いた。
なんだろう、こんな感じは生まれてはじめてだ。乾いて乾いて仕方がない。水を飲んでも治らない。お腹すいたのは、何でか収まっていた。喉が渇いた。お水、水じゃ駄目だ。もっと赤いのがいい。もうちょっと粘液があって、もっと赤いの。トマトジュースじゃ駄目。もっとさらさらしたのがいい。ルビーみたいに真っ赤なのがいい。赤いみず、あかい…?あかい、みずって…なんだっけ…ああ…そっか…血だ…。血が欲しいんだ。
って。えええええええええええええええええええええええ。
えええええええ?まじで??うわーーーーー!おれちゃんと吸血鬼だったんだ!!こんな衝動初めて!!もう何もかも怖い!!死ぬしかないじゃない!!死ぬしかなく無くない??
ちょっと落ち着いて振り返ってみたんだけど、俺この島に来てから一度も血液頂いてない!姉ちゃんに聞いても「え?なあにそれ?」って言われるばっかりだし!!えっ!何これ俺飢え死に?飢え死に路線??もう三日だよ??流石に命の危機だよ??あっ!でも人間しおと水があれば一カ月生きられるって言うし…ってああああああああ!俺人間じゃねぇや!!やだーー!!おれ吸血鬼だったーーー!!吸血鬼って何日絶食すると死ぬんです?誰に聞けばわかるんです???やだぁ!!!!こわーーーーーい!!!!!!まじで!!!俺どうしよう!!!
ははははは!なんか笑えてきたわ!これ誰かが狙ってやってんの?リサリサ先生??俺を始末する口実作ろうとしてんの?まじなんなの??喉乾いたよ〜〜〜!!!児童虐待だよ〜〜〜!?うははははははははははは!!まじどうしようこれ!なんか段々と意識もうろうとしてきたよ!笑える〜〜〜まじ笑い話ぃ〜〜〜〜ぷぎゃーーー!!
あ。だめだこれ。もうまじで駄目だ。くらくらしてきた。吸血鬼って不老不死じゃないのかよ…なんだよ…なんでお腹すいて死にそうになってんの?俺。
もしかしてこれは理性手放す五秒前的な…ああ古い。なんか今古い事言った気がする。ともかくこれはもう…俺の理性がログアウトからのその辺で誰か襲ってリサリサ先生とかに灰にされるエンドなんでしょうか。教えて偉い人!!
ああでもそれだと俺なんにもわからないまま死ねてある意味幸せかも。じわじわ死ぬくらいならいっそ即死したい。苦しいのやだ。喉乾いた。
そう言えばここ何処だっけ。廊下だっけ。それとも無駄に多い部屋のどっかなんだっけ。ああもう駄目。頭くらくらしてなんにも考えられない。喉乾いた。かわいた。
つん、と油の匂いがする。それに紛れて懐かしい匂いもしたけど、俺はもう眼も開けられなくて、意識はそのままゆっくりと闇に落ちた。
*****
「メリル?」
地獄昇柱での修行を終え、とりあえず次の修行は明日からだと住居塔の方へ案内された。まずは風呂、そのあとに飯だ。
シーザーと喋りながら廊下を歩いていると、ふと何かが目にとまった。廊下の端に何か、小さな物が置いてある。最初は置きものかと思った。次に服でも落としていったのかと思ったが、違う。
メリルだ。
メリルが廊下の端っこの方で、その小さい体をさらに小さく丸めて伏せっていた。
「おい、メリル?どうした?寝てるのか?」
ジョセフはなんだか急に不安な気持ちになってその小さな肩に手を置いた。相変わらずひんやりと、死体のように冷たい。
「メリル?」
シーザーもそっと様子をうかがう。なんだか妙だ。
「…が……」
「ん?」
小さく、何かこぼしたのが聞こえた。…が?一体何のことだろう。ジョセフはそっと耳を寄せた。
「のどが…かわい、た」
息を深く吸って、吐く。その動作はまるで風邪でも引いているかのような息苦しさを伝えてきた。ひょっとして風邪だろうか。そんな事を思ったが、しかしその考えは瞬時にメリル自身によって壊された。
顔を上げたメリルの瞳が、異様に赤い。
理性を失った獣、血に飢えた狼。どういう表現が正しいのだろうか。もともとルビーのような美しい赤色の瞳は、鮮血のごとく爛々と光を放っている。とにかく、いつもと違う。それだけは感じ取ることが出来た。
「お、おい…」
「メリル、どうした!」
おかしい。そう思ったのは何もジョセフだけでは無い。シーザーもまた、その異様な雰囲気に気が付いていた。
「かわいた…の」
呼吸は荒く、薄く開いた口からのぞく犬歯が何故だか不気味だ。理性の薄い瞳はどこかをみて離さない。その視線の先が何処かと追って…ぞっとした。
首を見ている。
「ま、まさかっ…メリル、おい!しっかりしろ!」
まさか、とは思う。
まさか、吸血鬼の本能に打ち負けているのではないだろうか。今までべったりくっついていたジョセフの事を、ただの血袋としか思っていないのではなかろうか。
「メリル…っ!」
小さなの口が大きく開かれる。鋭い犬歯は今まで意識していなかった、吸血鬼としてのメリルを否が応にも意識させた。迫ってくる頭を思わず掴んだ。
波紋を、
波紋を流さなければ。
何かあった時は殺すと約束したのだから。体力はすでに限界を超えていたが、この小さな体を残らず破壊する程度の波紋くらいなら作ることが出来るだろう。しかし…しかし、そんな。こんな!
「JOJO!!」
シーザーの声が飛ぶ。その声に、何故か自分がやらなければという決意をした。シーザーに押し付けるわけにはいかない。せめて、自分で。この手でやらなければ。
息を、吸って吐く。それだけの行為が酷く恐ろしい事のように思えた。
がぷり。
そんな事を考えているうちに指に鈍い感覚が走った。メリルが甘噛みしているのだ。がじがじ、というそれはまさしく犬が飼い主に向けてするものだ。
「にいちゃん……おなか……すいた…………」
いうなり、メリルは目を閉じて意識を失ってしまった。
とたんにピンと張りつめていた緊張感が緩む。心臓がどくどくと早鐘を撃って、危機が去った事をようやく理解した。
「おなかすいた…って…おまえ…」
血を満足に与えられていないのだろうか。ひとまずリサリサかスージーQに相談する必要性があるだろう。はーーーっと深いため息をひとつ。気を失ったメリルを抱え上げるが、相変わらず軽い。小さいから当然か。
「おい、メリルは…大丈夫なのか」
「さぁな」
「さぁなって…!」
「分かんねーよ。目が覚めてみない事にはな」
目が覚めてもまだ元の少年に戻っていなかったら。その時こそ、本当に。
そこまで考えて、ジョセフには頭を振った。
bkm