雨でもそう言うけどね
**月**日
最近お兄ちゃんと話してない。話したいな。
なんで急に話さなくなったんだろう。…同年代の子が増えたからかなぁ。
俺に両親はいないけれど、弟が一人いる。
弟は俺よりもよっぽど要領が良くて世渡りがうまい子だった。
俺は弟の笑った顔が好きだったし、弟とやるサッカーは楽しくて仕方がなかった。
あの子はサッカーが妙に巧くって、俺はよく負かされてたけど、それでも楽しかった。毎日毎日日が暮れるまで遊びまわって、どろどろになってうちに帰る。それが日課だった。
その日課が崩れたのが、両親が交通事故で亡くなってから。
ふさぎこむ弟をなんとか外に連れ出してやるサッカーはあまり楽しくなかった。事あるごとに弟は泣くので、正直イライラした。俺だって泣きたいのに、泣いて楽になりたいのに。お兄ちゃんだからとぐっとこらえた。
俺たちはいくらか親戚間をたらい回しにされて、最終的におひさま園に入ることになった。俺はなかなかなじめなかったけど、弟はすぐになじめたみたいだ。正直、羨ましくて仕方がなかった。
入って数日のうちに父さんがやってきて、俺は「ヒロト」になった。弟は時々前の名前で俺を呼ぶ。イライラして、むかむかした。
俺は「ヒロト」になることで、父さんの愛情を一身に受ける事が出来た。それは俺にとって幸せで、その「ヒロト」を否定する事は、俺に幸せになるなと言われているみたいだった。
でも気にかかる事もあった。
父さんは全く弟を見ないし、声もかけないし、話もしない。
まるでそこにいないものみたいに、弟を扱うのだ。
最初こそ戸惑ったけれど、そのうちに慣れていった。父さんが弟をいないものとして扱うのなら、俺も…「ヒロト」も、弟をいない事にしようと思った。
あの子は何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わなかった。俺達の絆なんてこんなもんなんだな、なんて思った。このまま一生話さない、なんてこともあるのではなかろうか。
そんなことか数ヶ月続いたある日、南雲晴矢君からあの子が血を吐いて倒れたと聞いた。
足元がぐらつく感覚がしたけれど、何よりそれが晴矢君から聞かされるのが苦痛だった。
あの子はたくさん仲の良い子がいて…今思えば嫉妬したのだろう、そして同時に失望したのだ。俺は勝手にいざとなったらあの子が頼ってくるだろうと思っていた。無意識のうちに絶対に離れる事はないと思っていた。
それがどうだろう。あの子は俺がいなくても立派にやっていける。友達もいる。果たして、あの子にとって俺は必要なんだろうか。あの子をいないものとして扱う俺が。
「ふぅん」
だから、口から出たのは良く分からない理屈だった。とにかく今弟に会いたくなかった。喚き散らして酷い事を言ってしまいそうな自信があった。
俺はこんなときでも、あの子の体調を気にする以前に、自分が会いたいか会いたくないかで物事を判断していた。
そしたら晴矢君に思いっきり殴られて、大喧嘩になった。そりゃあもう、文章で言い表せない程度には。怪我もひどかったけど、弟が退院してくるまでにはすっかり治っていた。あの日以来、晴矢君とは犬猿の仲になってしまったけれど、まぁそんなこと、誰も気にしないだろう。
ふと外を見ると、今日病院から帰って来たばかりの弟が楽しそうにサッカーしていた。
俺はどうしていいのか分からなくて、でもなんだか無性に悔しくて、その日を境に弟を話題に出す事はなくなった。
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