笑ったら、笑い返してくれて



救急車の音が響く愛媛の埠頭。

真帝国学園との試合は1-1の引き分け。潜水艦は爆発。帝国の選手二人、特に佐久間次郎は致命傷を負っている、なんとも後味の悪い結果となった。

響木から少しばかりの叱咤を受けたものの、いつもとさして変わらない瞳子がそちらを向いたのは、なんという事はない。ただなんとなくだった。

なんとなくそちらを向いた。しかし、その視線の先にあり得ないものを見た様な気がして数回瞬きをした。それは消えることなく、これが現実であるのだと物語っている。

「彼方…?」

「瞳子さん?」

音無が不思議そうに名前を読んだ。瞳子の視線を追えば、赤い髪の少年がひとり視線の先に立っていた。

不健康そうな肌の色、良く目立つ赤い髪。細い手足に、帝国のユニフォーム。何より目を引いたのは、体中に撒かれた包帯と顔の眼帯だろうか。緑色の瞳からは感情が見えなかった。

「瞳子さん」

「彼方!あなた…あなたどうしてこんなところにいるのっ!!」

瞳子が駆け寄れば、少年の小ささが浮き彫りになった。瞳子は大人だからもちろんそれなりの背丈があるから多少の身長差はあるが、その事を考慮しても不健康に小さい。

「瞳子さん」

「あなたは…交通事故で、今も病院にいるって…何度いっても面会謝絶だったのに…どうして…」

「瞳子さん」

彼方は少しだけ笑った。

「聞いて、あのね、友達が出来たんだ」

言うなり、救急車のほうに駆けだした。が、そばまではいかずに途中で止まる。良く見れば体が震えていた。

「友達がいるからね、一人じゃないよ。寂しくないんだ。だからね、その…僕には、瞳子さんが何を思ってるのか分からないけど、でも」

くるりと瞳子の方へ向き直る。雷門イレブンには背を向ける形になった。

誰も何も言わなかった。ただ救急車の音があたりに響いて、耳障りに感じた。

「僕…皆が好きだから、だから…………………待ってる」

ぼろりと、緑色の瞳から水がこぼれおちた。

「待ってる、から、いつまでもまってる…だから…」

「約束するわ」

瞳子が言葉をつなげた。

彼女の瞳は今までで一番真剣だった。そのまなざしに、思わず息をのむ。

「必ず、みんなと帰ってくる」

「………ふふ、約束だよ」

「ええ、もちろんよ」

「嬉しい」

はらはらと落ちる涙は止まらない。彼方は瞳子に駆け寄ると、ぎゅう、と抱きついた。

「待ってるよ、いつまでも待ってる、だから」


はやくかえってきてね     ぼくがしんでしまうまえに


昔聞いたようなセリフだな、と瞳子は思ったが口にはしなかった。

「私、彼方に嘘ついた事あった?」

「………ない、よ」

「必ず、みんなと戻るわ。必ず」

「瞳子さん」

彼方はくるりと瞳子の後ろにまわると、ぐいぐいと背中を押した。

「彼方?」

「瞳子さん、絶対に振り向かないで。帰ってくるまで、僕の事は気にしないで。…立ち止まって、振り返っちゃ、駄目だからね」

「…………………ええ、分ったわ」

行きましょう、と声をかけられて、雷門イレブンは皆一様にはっと我に返ったような気分になった。彼方と呼ばれた少年は、瞳子の影になってみる事は出来ない。

「監督、その子は…」

秋が気になっている事をそのまま尋ねたが、瞳子は「あなたたちには関係ないわ」と一蹴した。

「………行きましょう。私は、この子の気持ちを無駄にしたくないの」

そう言われて、反論の言葉さえ見つからない。

現に、先ほどまで見えていた彼方は酷く衰弱していたようだったし、がくがくと震えていたし、いつ倒れてもおかしくない様子だった。帝国のユニフォームを着ていたことが気がかりだったが、試合に出られそうな風体という訳でもない。なぜあそこにいたのか、どうやってたどりついたのか。謎は多かったが、生憎聞きだせるようなすべは誰も持ち合わせていなかった。




















不動からもらった石を、海に向かって放り投げた。ぽちゃん、という小さな音がして、石は海底へ沈んでいく。

それを見届けると、彼方はゆっくりを意識を手放した。





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