僕はなんだか嬉しかった
思えば、朝から妙だった。
顔は熱いしその癖寒いし。はっきりとした思考もままならない。ベッドから起き上がるのすら億劫になった彼方だったが、朝ご飯の時間に起きてこないと不動が怖い。ぼんやりとした思考回路のまま、もそもそと布団から這いでた。
ふと、昨日の事が頭をよぎる。昨日は佐久間の邪魔をしてしまったから、謝らなければ。今日は試合の日だと言うし、出来れば早々に謝ってしこりを残さないようにしたいところだ。いまだになれない半分の視界に、距離感を誤ったのか壁でゴツンと頭を打つ。あまり痛みは感じなかった。不思議だったら、今はご飯の方が大事だ。
近代的な自動ドアを開ければ、目の前に佐久間が立っていた。
「次郎君」
「お、おはよう、彼方」
「うん、おはよう」
彼方は朗らかに挨拶を返す。
「昨日は邪魔しちゃってごめんね」
「え……」
「折角最終調整だったのに。迷惑かけてごめんね。もう…しないから」
「待て」
ふらふらと立ち去ろうとした彼方の腕を佐久間が掴む。
「謝るのは俺だっての。…昨日は、八つ当たりして悪かったな。お前は俺の事を考えて行動してくれたのに、軽率だった。ごめんな」
「次郎君…」
驚いたような彼方の頭を2,3回ぽんぽんと叩く。
「さ、飯いこーぜ」
「うん!」
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「ほら、これ」
「?なにこれ。…帝国のユニフォーム?」
何処かに出かけると言う不動が、出発直前に彼方に手渡したものは帝国のユニフォームだった。
「折角の試合だっていうのに、お前一人だけジャージだったらカッコつかねーだろ」
「あ、そっか。ごめんね」
「そういうときはありがとうって言えよ」
「…………そっか。ありがとう、明王君」
にへ、と微笑めば、不動の表情も少しばかり緩んだ。しかしすぐに、口を真一文字に閉じると、やけに真剣な瞳でこちらを見てくるので、彼方は少し怖くなった。
不動は目付きが悪い。とても悪い。すごく悪い。だから本人は普通にこちらを見ているだけのつもりでも睨みつけられているように感じることが間々あった。もちろん悪意は感じないのがだ、怖いものは怖いのだ。
「…どうしたの?」
「彼方」
不動に名前を呼ばれたのは初めてかもしれないな、と彼方はぼんやり思った。
「これはお前に関係のある話だ。…聞いてくれ」
*********
「幸次郎君」
「彼方?」
最終調整のためか、軽く運動をしていた源田に話しかけたのは、何やら思いつめたような表情をした彼方だった。
「どうしたんだ?…顔が赤いな。熱でもあるんじゃ…」
額に手を当ててやって、そこで気付く。今自分はグローブをはめているのだ。これで体温など測れるはずもない。
「幸次郎君、聞きたい事があるんだけど」
「なんだ?」
「あの…その………僕、幸次郎君と…友達だって、うぬぼれてもいいかな……」
「?当り前だろう?」
それは源田にとって何気ない一言だった。友達かと聞かれれば、はいそうですと即答できるほどに彼方とは仲が良い。今さら聞いてくる方が不自然な様な気もしたが、彼方は彼方で思うところがあるのだろう。
嬉しそうににこりと笑うと
「…ありがとう!」
とだけ言って何処かにあるいていってしまった。
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