怒られなかったんだ
不動に怪我の手当てをしろと言われたものの、どうしていいのか全く分からない。
そもそも俺は子供に近づけば全力で泣かれる性質で(顔か?顔のせいなのか?)、子供とどう接していいのかすらよく分からない。とりあえず視線を合わせるところから始まるべきだろうか。手袋を脱いで、じっと立ったままの子供の目線に合わせてしゃがみこんだ。
「…名前、聞いてもいいか?」
「…基山彼方」
子供…もとい、彼方は所在なさげに視線をうろうろさせていた。
「いくつなんだ?」
「…14」
「え」
………同い年?
いや、てっきり子供だとばかり…いやいや、でも洞面然り、背の低い奴だっている。ただなんとなく、そういう体格の小さい奴ではないと俺が思っただけだ。失敗。
まぁでも、同い年ならそこまで気を使わなくてもいいか。俺の気持ちは随分楽だ。
「怪我、消毒するか。とりあえずこっちに来てくれるか」
脇にずれれば怪我をした時用に幾らかの救急キットが置いてある。みたところそれだけで足りるか不安になるほど怪我まみれだが、ひとまずやるしかあるまい。足りなかったらまた取って来よう。
彼方はこくりと頷いて、俺の後ろをふらふらついてくる。ああ、だから不動が抱えていたのか。あいつ見かけによらず面倒見はいいからな。
「見せてみろ」
手を取ればその細さが良く分かった。碌に食べていないのかもしれない。とりあえず消毒液を取り出してかけてやれば、盛大に顔をしかめた。そりゃあこの傷だ、痛いだろう。すごく痛いに決まっている。消毒したらガーゼをあててテープを張り付ける。あざはどうしようもないから放っておくが、大きな傷にはガーゼをあててから包帯を巻くことにした。おかげで腕も体も包帯まみれだ。これは予備の包帯を買ってこなければならないかもしれないな。すぐに代えがなくなるだろうし。途中何度か薬を取りに行ったりもしたが、なんとか治療は完了した。…治療と言ってもその場しのぎでしかないと思うが。
「終わったぞ。…偉かったな」
うめき声一つ上げなかった彼方に思わずそう声をかけて頭を撫でてやる。きょとん、と不思議そうな顔をするので思わず苦笑した。そう言えば同い年なんだったな。身長差の所為か、どうも子供扱いしてしまう。改めなければ。
彼方は俺に撫でられた部分をさわさわと触っては、酷く嬉しそうな顔をした。
「…あの」
「どうした?」
「ど…どちら、様ですか?」
問いかけにきょとんとした。彼方はここが何処だか、俺達がどうしてここにいるのか、何も知らないのだろうか。
俺達の本来の目的を思い出して、胸の奥がざわざわした。本当はこんなことをしている場合ではない。しかしこいつをこのまま放っておく事も出来そうになかった。
「俺は源田幸次郎だ」
「幸次郎…君」
「………………」
もうこの年だ(と言っても、14だが)。名前呼びされることはまず無いし、君付けも滅多にないものだから何やら気恥ずかしい。
「あの…」
「どうした?何か聞きたい事があるのか?」
「えっと…その…さ、さっきの人は…」
「ああ、あいつは不動明王。俺達のキャプテンだよ」
臨時みたいなものだけどな。
「キャプテン?」
「ああ。俺たちサッカー部なんだ」
「サッカー…」
「…サッカー、好きか?」
じっと考え込むように呟くものだから、思わず尋ねた。
「…好き………でも」
「?なんだ?」
「………ぼくは」
何かを言おうとして、しかし言い淀むかのように口に手をあてた。顔色がさっきよりも悪い。どうしたんだ、と声をかける前に彼方が盛大に咳き込んだ。
「がっ…げほ、ごほっ」
彼方の華奢な手のひらにべったりとこびりついたのはまぎれもなく血液で。
俺は一瞬訳が分からなくなって、とりあえず彼方を抱え上げて不動の元へ走った。
********
「不動っ不動!!」
不動がいつもいる場所の扉を開ければ、何かを調整中だったのだろうか、佐久間も一緒にいた。
「源田?」
「彼方が…」
先ほどよりは落ち着いたが、口の周りが血だらけな彼方をさしだす。不動は面倒くさそうに一瞥して、自分の首にかかっているエイリア石を彼方の首にかけた。
「内臓に傷でもできてんじゃねーの?」
「ないぞう…」
「そんなに腹に青あざがありゃ、出来ててもおかしくねーって。むしろ破裂してない分まだましだ」
淡々とそんな事を言うので、ぞっとした。
そうか、だから血を吐いたのか。
「…っていうか、これじゃ処置にもならないじゃないか!」
「ちっ…うるせ―な。源田は何で筋肉が強くなるか知ってるか?」
「強く?」
不機嫌な不動がそんな事を言い出すものだから、思わず首を傾げた。
「筋肉組織は一旦壊れることで、また次により強くて頑丈な筋肉を作り出す。分かるか?力を強くするっていうこの石は、つまり筋肉の再生を早くするってことだ」
「…よく、分らないが…つまり?」
「お前脳みそはいってんのか?…つまり、治癒を促進する効果もあるってことだよ」
はぁ、なるほど。…あぁ、つまり早く傷を治すために不動は石を彼方にかけたんだな。…まぁ現状よりはだいぶましだろう。
「源田、その子供…」
佐久間が不安げに口をはさむ。俺もなんといっていいか分からず、困ったように不動を見つめた。不動は盛大にため息をついて「影山サンからの預かりもんだよ」と短く答える。
「いいから、とっとと特訓に戻れよ」
不動はそれだけ言うと、ひょいと彼方を担いで何処かへ行ってしまった。
「…不動って、実は面倒見いいよな」
佐久間の言葉に、俺は二、三度うなずいた。
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