笑いながら帰ったけど
影山サンが妙な子供を連れてきた。
いわく、エイリア石の実験に使われた子供らしい。残りカスのようなものだ、と説明されたそうだ。なんでそんな奴連れて帰って来たんだよ。
そいつは俺よりも随分小さくて、そういう身長だと言うよりも「育っていない」という印象の方が強かった。筋肉はそこそこ付いているが病的に細い。顔の青白さもぞっとするほどだ。
何より印象的なのは顔の半分を覆う眼帯だろうか。眼帯をしている奴ならこのチームにだっている(たぶんファッションの一部…だよな、あいつは)が、こいつは医療用の白い眼帯と包帯を顔に巻いていた。半袖から覗く腕にも包帯。包帯が巻かれていない部分には青あざが見え隠れしていた。かさぶたになりきっていない切り傷すり傷も見える。緑の瞳には表情が見えなくて、こちらをじっとのぞきこんでいる様子はまるで人形に取り付けられたガラス玉のようだ。気味わりぃ。
影山サンが片手で抱えられる程度のサイズのそいつは、何故か俺が面倒を見ることになった。「適当に使えるようにしておけ」…とか、冗談じゃねぇ。
「…お前、名前は」
そいつは俺を見上げながら、乾いた唇で名乗った。
「基山、彼方」
抑揚のない声だ。めんどくせぇもんを押しつけられた。
とりあえず、汚いから風呂にでも入れてやるべきか。この真帝国学園(という名の潜水艦)には大体のものがそろえられていて便利だ。着いてこい、と一声かければふらふらと危なっかしい足取りで歩きだすので見てられない。抱え上げれば、思っていたよりもずっと軽くて驚いた。いくら身長差があるとはいえ、この体重はやばいだろう。
基山彼方はびくりと体をこわばらせてギュッと俺のユニフォームを掴んだ。しわが寄るけど、まぁ仕方ない。この状態では一人でふろにも入れないんだろうな…本当に面倒くさいことになった。
服を脱がせてやればさらに怪我の状態が明らかになった。
腹には蹴られたような青あざが数えるのも恐ろしくなるほどついていたし、幾らかは化膿していて目も当てられない。頭の包帯を取ればまだ血が止まっていないようだったし、眼帯の下では目が腫れて血が出ていた。おそらく顔を殴られたのだろう。
風呂からあがったら即手当てコースだな、これは。消毒液やガーゼの類は以前源田が怪我したときに鬼の様に購入しておいたから大丈夫だろう。
この怪我だ。流石に湯船につける訳にはいかないので適当にシャワーをかけてやることにしよう。幸いユニフォームには代えがあるから、俺は靴下だけ脱ぐと基山彼方を抱えて風呂場に入った。
シャワーをかけてやれば、痛いのか眉間にしわが寄る。痛いとも言ってこないあたりどうにも反抗するつもりはないらしい。まぁこれだけ殴られたり蹴られたりしていれば、他人に物を言うのに恐怖心を抱くようにもなるだろう。トラウマ決定だな。今後の人生にまで大きな影響を与えそうな恐怖を植え付けて、一体何してるんだか。
「痛いか」
尋ねれば、驚いたらしく眼を見開いて俺の顔を見つめてきた。それから少し考えるようなそぶりがあって
「いたい、です」
と短く答えられる。早めに切り上げるべきか。おそらく長時間の入浴に耐えられるほどの体力もないだろう。
脱衣所で適当に体を拭いてやり(この時も眉をひそめていた。痛いのだろうが我慢してもらわなけりゃ先へ進めないので無視だ)服を着せる。…なんで俺はここまで世話を焼いてるんだ…。顔の怪我はいささか見苦しいので眼帯だけつけて、とりあえず源田の所へ行こう。あいつは世話焼きたがりだからな。本当なら雷門との試合に向けてあまり集中を乱すようなことはしたくないが…仕方ない。多分一番まともな治療できるのはあいつだし。
源田がいるのはGK専用の特訓場だ。相変わらず馬鹿の一つ覚えのようにボールを止めているのだろう。
たどり着けば、案の定特訓をしている源田がそこにいた。少しは休憩した方が効率も上がりそうなものだが、言うだけ無駄というものだ。だがこちらには時間を割いてもらわなければ困る。おれは手当てなんかしたくねーぞ。
「源田!」
シュートの轟音がいくらかあったが、どうやらこちらに気づいたらしく源田は振り返った。相変わらず暑苦しい奴。動物で例えるなら大型犬だろうか。俺は懐かれてねぇけど。
「不動…どうしたんだ、それ」
「預かりもんだ」
奴が基山彼方を指差して(指をさすのは行儀が悪い…って、俺はおかんか)尋ねるものだから、至ってシンプルに答えてやる。っていうか、それ以外に答えようがないとも言うのか。
「子供じゃないか…傷だらけだし」
「俺が殴ったんじゃーねーよ」
じろりと睨まれて、俺が大げさに首を振って見せた。いくらなんでも子供(俺らも子供だけど)殴ったりしねーっての。
「…生きてるのか?」
「お前はこの動いている物体が目に入らないのか」
確かに身動ぎ一つしないが、こいつは立派に生きてるだろうが、どこからどう見ても。
「いや…で、どうしたんだ?」
「お前手当て得意だろ」
「いや、別に得意ってほどでh」
「こいつの手当てしとけ」
反論は黙殺。こいつにはこれが一番効果的なことくらいわかりきってる。
「…分かった」
ほらみたことか。
「じゃ、よろしくな」
俺は基山彼方を源田に預けて、自分の特訓に戻っていった。
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