××××はその時代にはごくありきたりな家に住む、ごく平凡な青年だった。
両親と、それから年の離れた弟。ありふれた核家族。その歯車が狂ったのはいつのことだっただろうか。
××××はプログラマーを志す学生だった。成績はごく一般的だが記憶力がいいのが自慢だ。友人は決して多いとは言えなかったが、それでも充実した毎日を送っていた。学生らしく勉学と勤労に励み、休日は家で弟と共にアニメを見たりした。
いつものようにパソコンに向かっていた××××は、ふとしたきっかけで別世界でいう所の「霊子ハッカー」としての才能を開花させる。何せ本の中の技術だ。彼は相当驚いた。この才能を使えば、おそらく世界中どこのネットワークにだって入りこめるだろう。何せそういうものがあるなどとは一切想定されていないのだから。もちろん××××にそんな気は無かったが。
これが問題だったのだ。
この才能は間違いなく、この世界に存在してはいけないものだった。どのような因果でそれが××××の身に現れたのか分からない。だが、これは間違いなく「有りえてはいけないもの」だった。
だから。
そう、だから彼が現れた。
赤い外套を身に纏う、白髪の男。異世界における抑止力の一人。
エミヤシロウ。男はそういう名前だった。
そこにはかつての少年らしさなど見受けられない。成熟した男性の体で、瞳で、声で。
「××××の命を差し出せば一家皆殺しはやめてやろう」
そう言った。
まぁ、全く意味が分からない。年の離れた弟は唐突かつ無粋な侵入者に激高して、次の瞬間首が飛んだ。
時が止まったとか、そういうレベルではない。首が飛んでいくのはスローモーションのようで、血が吹き出るのも随分とゆっくり見えた。力を失った「弟だったもの」がごとりと床に転がる。弟だったものはピクリとも動かない。
何が起こったのか分からない。父が男を怒鳴りつけて、またたきのうちに首から上が無くなった。ここで母が悲鳴を上げた。
思考が追いつかない。何が起きているのか理解できない。
お前のせいだと、母は××××に馬乗りになった。産まなければよかった、お前のせいだ。お前のせい、お前の。お前 の 。
頭上から生温かい何かが降り注ぐ。母だったものはぐらりとバランスを崩して倒れ込んだ。首から上が無い。何処かに飛んで行ってしまったのだろうか。もうタガが外れていた。何を考えていいのかすらわからない。
男は血みどろの双剣を携えて、赤い服をさらに赤くしてそこに立っていた。それはお互い様だ。××××も母だったものの血にまみれて真っ赤だった。
「ああ、確かにお前のせいだとも」
男は静かに言う。
「お前はこの世界に持ち込まれるべきではないものを持ち込んだせいだ。そう、全てはお前の好奇心の責任。お前のせい。何一つ間違っていないとも。そうだ、お前は生まれるべきでは無かった」
刻々と、そこ言葉は××××の心を削っていった。
何を答えていいか分からない。
どう応えるべきか分からない。
「さらばだ。××××。次があるとすれば」
振りあげられた双剣に見覚えがあった。画面の向こう側でみたその夫婦剣。
「 」
このとき、果たしてエミヤは何を言っていたのか。
ここから先の記憶は、ない。
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