尊敬とか恋愛とかどっちでもいいとにかく好き!
「今日も櫂君いないなぁ…」
それは、アイチがポツリとつぶやいた言葉だった。
カードキャピタルの一角、机をひとつ占領してデッキをいじっていたアイチの目の前に座っていたユーリは少しばかり目を細めた。
「櫂くん…な。櫂トシキ、だっけ」
「え、あ、うん。そうだよ」
肘をつきながら聞き返せば、アイチはにこやかに返してきた。我が弟は櫂トシキのこととなるととたん嬉しそうにほほ笑むので、色々と将来が心配である。
一方のユーリはといえば、先日から時折カードキャピタルに来てはアイチやその友人たちと談笑し、許可を得て写真を撮ったり店長代理と戯れていたりしているのだが、その櫂トシキには出会ったことがない。三和曰く、「気まぐれな奴」なのだそうだ。
「…なぁ、アイチ」
「ん?なに?」
アイチは、兄でよく「よく似た兄弟だね」といわれる自分から見ても何処か可愛らしいとか、守ってあげたくなるとか、そういう感情を抱かせる人物だ。有り体にいえばくっそかわいい。
「櫂トシキのこと恋愛的な意味で好きなの?」
自動ドアが開いたのと、アイチが手に持っていたカードをすべて机に落としたのはほぼ同時だった。
「えっ!?はっ!?ええええぇぇぇぇぇええ!!!!!!」
アイチは瞬時に耳まで真っ赤にして、あわあわとよく分からないジェスチャーを繰り広げる。もちろんユーリに何かしら伝わるという事も無く、「あの、その、えっと」という無意味な言葉だけが蓄積されていく。
「おちつけアイチ」
原因である言葉を放った人物は、のうのうとそう言った。
「興味があるから聞いただけだよ、気にするな」
「気にするよ!!!」
「でもそれ、私も気になってたんだ」
と、ここでショップ店員ミサキの登場だ。肩より長い髪をさらりとなびかせて、颯爽と近づいてくる。何をしても絵になる人だ。しかしユーリは先ほど「ミサキさん今日も美人だね」といったあとぶん殴られた恐怖を忘れてなどいない。
「あんた、尊敬って言うにはいきすぎてるような気もするし…もしかしてって」
「み、ミサキさんまで…!!」
あまりに慌てるアイチがだんだんかわいそうになってきた。
「やっべ、修羅場だった?」
ふと明るい声がして振り返る。三和だ。出入り口付近には実はと、それから知らない青年が立っていた。ユーリが眉をひそめれば、三和は何かを察したらしくその男を指差す。
「これが、櫂トシキ」
「ああ…」
ユーリは立ち上がって自動ドア付近にたたずむ櫂トシキに近寄った。身長は一体いくつなのだろうか。アイチと頭半分程度しか変わらないユーリは櫂を見上げる形でたたずむ。
「でけぇ」
お前が小さいの、という三和のツッコミはぐっと胃の中におさめられた。怒らせると厄介な人である事はたいていの人間に知られているのだ。
「俺、先導ユーリ」
ユーリが右手を差し出すが、櫂はあっさりと無視して通り過ぎる。ビキッ、とユーリから嫌な音が聞こえた。
「三和」
今までにない声だ。少し高いような気がする。しかし怒りに震えているのは良く分かったので、三和は戦きながらもその声にこたえることにした。
「…なんだ?」
「一発殴らせろ」
BGMはアイチが必死に櫂に「ちがうからね!僕は櫂君を尊敬してるの!!れ、恋愛的ないみで、すき、とか!ち、違うからね!」と言っている声だ。やっぱり男にしては高い声に若干癒されるような癒されないような。どちらにせよ今の状況では焼け石に水だ。
「ちょ、待って!俺は全然関係ないでしょ!」
「友達だろ?」
「いやいやいやいや!!!!」
「だったらいっぱt「兄さん!」
ぐっと上着の裾を引っ張られ、拳を振りかぶろうとしていたユーリは少しばかりバランスを崩したようだった。とりあえず遠のいた暴力に、三和は心底安堵のため息をつく。
「兄さんが変な事いうからなんか変な雰囲気になっちゃったじゃない!どうするの!!」
「そんなこと言われてもなぁ…でもまぁいいじゃん。違うんならいずれ晴れる誤解だろ」
「その間すごく恥ずかしいよ!!」
「俺はアイチを嫁に出しても恥ずかしくない!!!!!!」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!!!」
流石のユーリも弟には形無しのようだ。気圧され気味のユーリを横目に、とりあえず三和は逃走した。
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