分かったから今すぐ口を閉じて舌を噛め

休日のカードキャピタルの奥、ファイターズラウンジには見覚えのない青年が一人机に突っ伏していた。

いや、見覚えが全くないと言えばうそになるのかもしれない。その鮮やかな青色の髪はどこか見覚えのある色で、その髪型も見覚えがあるものだった。しかしその人物であるならば、こんなところでつっぷしたりしていない。第一…

「あ、三和君」

その髪の色から、とっさに思い浮かべたその人物は突っ伏した青年の隣でいつものようにデッキをいじっていたからだ。

「よぉ、アイチ」

みた事もない光景に、三和は少々動揺したがそれをおくびにも出さず、極めていつも通り軽く右手を上げ挨拶をした。アイチの傍らの青年は、その声に起きることなく、身じろぐ事もなくすやすや寝ている。どうやら相当深い眠りに入っているようだ。

「だれ?こいつ」

失礼だとか、ぶしつけだとか、そう言う事は重々承知で三和は思わず尋ねた。人を指差してはいけません、という昔言われた忠告を思い出したが、とっさだったので仕方がない。もちろんさされた青年は動かない。健やかに寝息を立てている。

「えっと…僕の兄さん」

「アイチの?へぇ、兄ちゃんいたのか」

「うん。家にいても仕事のこと考えてばっかで寝ようとしないから連れ出してきたんだけど…」

三徹目みたいなんだ、と軽く言うアイチに驚いた。いくら体力があったって、そりゃあ辛いだろう。テスト前日など、幾らか徹夜した時はあったが非常に辛かった事を思い出し、三和は素直に感嘆の声を上げた。

「それで連れてきたのか」

「うん。ついてしばらくは僕と森川くんのファイト見てたんだけど…気付いたら寝てたんだ」

おそらくそれが目的だったのだろう。アイチは眠る兄を起こす事もなく、何か用事が出来たらしい森川に別れを告げけカードキャピタルに残っている。

「…何の仕事してる人なんだ?」

普通、仕事がどうこうで3日も徹夜するものなのだろうか。別に社会人でもなく、残業はあるものの日付をまたぐ事もなく帰ってくる両親をもつ三和にはいまいち想像がつかなかった。

「イラストレーターだよ。たまにカードの絵も書いてるみたいだけど…ヴァンガードじゃないって言ってた」

アイチもあまり深くは知らない。ただ、兄の絵は繊細で、でもどこか強いものを感じて、アイチは好きだった。兄が好きで絵を描いている事も、時にはうまく描けずに苦悩している事も知っている。今回の仕事は難しいらしく、ただパソコンに向かっては一心不乱に何か描いている様子はつかれてっていて正直言って見ていられない。

昼も夜もなく黙々と作業する兄をなんとかしたくて、今日ここに連れてきた。

「なるほどな」

「だから寝てるんならそれでいいんだ。兄さん疲れてるし」

「アイチは兄ちゃん思いだな」

「そうでもないよ」

アイチは頭を振って否定した。出来がいい兄と比べられることは小さいころのアイチにとって苦痛の一つだったからだ。昔は苦手だった。だけど、兄が苦悩して、悩みに悩んで大学進学を蹴って今の職についたとき、なんとなく、兄はいわゆる超人でなくごく普通の人間なんだと自覚した。その時から少しずつ、兄に対する接し方が変わっていったのだ。

「おい!ここにセンドウユーリはいるか!!」

ほのぼのとした空気に包まれていたそんなとき、出入り口付近から怒声が聞こえてた。
三和が振り返れば、そこにいたのは同じ高校の三年生だった。彼は校内随一の不良だ。その悪行ときたら、どんな教師でも匙を投げるほどである、と三和は記憶している。いつだったか何かの拍子にあいつだけには関わるなと言われた事を思い出し、咄嗟に席を立って逃げようとしたが、ここで逃げる方が相手の不評を買うことになるだろう。ならばここでじっと嵐が過ぎ去るのを待った方が身のためだ。

あの不良に関わるなと言われた事を思い出したのと同時に、もうひとり関わるなと言われた人物を芋づる式に思い出した。

先ほど名前を呼ばれた、センドウユーリという人物だ。
先導といえば、とちらりとアイチを見やる。しかし、アイチのようなおとなしい子供が生まれてくる家系にまさかそんな関わるなと言われるほどの不良がいるとは考えづらい。それにせんどうという苗字はさして珍しくもないのだ。先導という漢字の名字は珍しいだろうが、他にも「千堂」やら「船藤」やらいくらでもある。

そんな事を考えていれば、不良は三和のすぐ目の前までやってきていた。止めようとするミサキをさらに止める店長が視界の端にちらりとはいる。ここでの店長の判断は正しい。こいつは女子供にも容赦しないだろう。

「よぉ、先導」

目の前の男は確かにそう言った。その眼はじっと机に突っ伏して眠る青色の髪をとらえて離さない。
しかし、アイチの兄は一向に置きない。すやすやと規則正しい寝息を響かせるその姿は流石に「お前空気読め!!マジで!!」といいたくなるような光景だった。

ガァンと机が蹴りあげられ、アイチの肩がびくりと震えた。どこからか小さな悲鳴が聞こえ、机の上のカードが四方に散らばる。

「起きろ!!先導ユーリ!!!」

低い声があたりに響き渡り、ついにその青い髪の青年はピクリと震えた。

「あぁ?」

地を這うような低い声だった…という訳ではなく、それは少々機嫌が悪い時には誰の口からだってこぼれそうな、その程度の低さだった。アイチの声だってそれほど低くはないから、彼の兄だというならまぁ妥当な声の高さだろう。しかしその声音になにやら背筋がぞわぞわするような感覚を感じて、三和は鳥肌の立った腕を思わずさする。
かれはゆっくりと起き上がる。すこしガタついた机に手を乗せ、上体を起こして不良を振り返った。

彼の瞳はアイチと同じ深いエメラルドグリーンで、目付きだって別に悪くない。よく似ている兄弟だと冷静に考える脳みそもいて、こういうとき人は何処かで冷静なのだ。
目が据わる、という表現がこれほどまで似合うこともないだろう。殺気だったその瞳に睨まれようものなら、たいていの者は尻尾を巻いて逃げだすに違いない。

「うるせぇなぁ…誰だ、お前」

高圧的な口調で、不機嫌さを隠そうともせずそれだけ紡ぐ。相手は、若干彼の雰囲気に気圧されながらも叫んだ。

「お前!おととい俺の舎弟をぶん殴っただろ!どうおとしまえつけてくれんだ!?あぁ!?」

「あ?」

記憶にない、とでも言いたげな声だった。しばらく頭をガリガリかきながら考え「ああ、あれな」と短い返答を返す。

「あれはお前、俺にそいつがカツアゲしてきたからじゃん。正当防衛じゃん。なに怒ってんの?」

「ふざけんな!」

「ふざけてねぇよ。ふざけてんのはお前だろ」

彼はどこまでも淡々としていた。しかしイライラしているのは良くよく伝わってくる。怒気がびりびりとこちらまでとどいて、三和は冷や汗をかいた。不可抗力とはいえ、この騒動の中心に近い部分にいるのだ。

青年はゆるりとあたりを見渡して、それからため息をついた。

「表でろ」

その一言には逆らえない何かが含まれていて、不良はぐっと言葉に詰まりながらも従った。
ふたりが店を出て行けば、そこには静寂だけが残り、店内は安堵に包まれる。

「兄さん…」

はーっと大きくため息をついた後、アイチはぽつりとそう漏らした。

「アイチ、大丈夫か?」

「僕は…でも、兄さんが」

「お前の兄ちゃん、先導ユーリっていうのか…」

「うん」

アイチがい小さく頷く。
はっきり言って意外だった。弟はこうなのに兄はああなのか。天と地ほどの差がある。

「兄さん…大丈夫だよね」

「アイチ…」

「う、うっかり相手を病院送りになんかしちゃってないかな…!?まさか、う、うっかり殺しちゃったりとか…!?」

びくびく震えるアイチに、三和はとてつもない違和感におそわれた。
兄の身を案じているのではない、あの不良の身を案じているのだ。

「え、あの…アイチ、お前の兄ちゃん心配じゃないの?」

立ち上がった感じ、ユーリの身長は三和より低い。アイチとそう変わる物でもなく、体格差的にも圧倒的に不利だ。加えて、彼は三徹あけである。体力はあまりないだろう。

「兄さんに関しては全く心配してないです」

弟であるアイチはきっぱりとそう言った。

「兄さんは、他の追随を許さない程度には強いですから」

その言葉には、強い信頼を感じられた。しかし、内容が内容だけに素直に称賛などできない。三和は乾いた笑みを浮かべた。

そしてその言葉は、ほんの数秒後に真実であると証明された。

「アイチー」

入口から彼を呼ぶ声。アイチは弾かれたように走り出した。

ドアの向こうには傷一つ負っていないユーリが立っていた。眠たげな瞳からは先ほどのような威圧感は一切感じられない。半眼になっているエメラルドグリーンの瞳をごしごしとこすり、青色の髪を揺らめかせた。

「兄さん!」

「ふあ…ちょっとすっきりした…」

「もう!僕はそういうストレス発散をさせるために兄さんをここに連れて来たんじゃないからね!だいたい、何で喧嘩売られてるの!もう喧嘩しないでよ!」

「そうはいってもな…俺だってみすみす自分の財布渡すのは嫌だしな。しかも相手は高校生だ。舐められてると腹が立つ」

「だからって…!」

「アニキ!!」

後ろから彼を呼ぶ声がして、ぎょっとした。先ほどの不良が元気よくこちらにかけてきていたからだ。ユーリは心底嫌そうな顔をした。

「アニキって呼ぶな」

「アニキ!俺を弟にしてください!!「おい」あんたの拳に惚れました!「聞けよ」俺を兄貴の一番の弟にしてください!!」

目がきらきらしている。本当にあこがれなのだろう。三和は若干引いた。

「俺の弟はアイチだけだ」

真顔ではっきりとそう言われて、アイチが赤面した。不良がじろりとアイチを睨みつけたが、それに気づかない程度にはテンパっているようだ。

「覚えとけよ」

ユーリはにこりと笑う。何処か冷え冷えとした恐ろしい笑みだ。

「俺の弟に手ぇ出したら、殺す」

先導ユーリに関わるな。その言葉を脳内でリピートさせて、三和は深ーいため息をついた。






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