階段
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歴史上、それが初めて確認されたのは14年前のことである。

アリババはかく語りき。

海底から突如現れた謎の巨塔。それこそが第一の「迷宮」!
未知の文明の建築様式、決して壊れぬ不思議な素材。入口らしきものは一つだけ。それも中は光に包まれて見る事は叶わない。多くの人々がその塔を恐れたが、唯一歓喜に打ち震えた者たちがいた。それは科学者である。
すぐさま調査団が結成された。その規模は数千人。誰もが未知なる発見を期待した――――が、その塔へ入って言ったものは誰も帰って来なかった。二千の調査団、一万の重装歩兵の全滅。やがて塔は「死の穴」と恐れられるようになった。

「―――――だけどその閉ざされた扉から、輝く財宝と青い巨人を従えた少年が姿を現した!ってのが"第一の迷宮"と、それを完全攻略した少年の話さ」

武者ぶるいなのか、あるいはそのような自分を想像しているのか。あるいは再び彼の武勇伝を離すことで感動しているのかもしれない。アリババは小さく震えながら続ける。

「"少年"はそのまま王様になっちまったんだぜ〜!いいよな〜、スッゲ〜よな〜、憧れるよな〜!」

その後ろでわくわくと期待を隠すことなく話を聞いていたアラジンは、目を輝かせて上機嫌に家を飛び出した。

「僕らがこれから行くのも、その"第一の迷宮"なのかい!?」

「いや、俺らが行くのは別の"迷宮"さ」

「別の?」

出入り口に張られた布をくぐり、アリババにならって外に出たルイズが不思議そうに尋ねた。外は今日もかんかん照りだ。まぶしさに思わず顔をしかめる。

「そう、別の。…というのも、どうやら"迷宮"っていうのは誰かがクリアしたとたん消えちまうらしくて…"第一の迷宮"はもう跡かたもないんだ」

現れるのも突然なら、消えるのも突然なのだろうか。どちらにせよ迷惑な話だと思う。現れた場所に建造物がたっていたらどうなるのだろうか。

「その代わり、世界各地に続々と"迷宮"は出現し続けていて…そのほとんどはまだクリアされてないんだぜ」

「へー」

「そうなのか」

しかし、何故迷宮は出現し続けるのだろう。何事にも理由がある筈だ。例えば、誰かが出現させているとか?ルイズは一人唸った。まぁ考えても答えは出ない。とりあえずは目先の迷宮完全攻略に心血を注ぐべきであろう。

「よかったねぇ、誰もクリアしてないのが一杯残ってて」

「…それがそうともいかねぇんだ」

のんきなアラジン二、アリババはごく深刻そうな(というよりも、至って深刻な顔そのものだ)顔をして告げる。

「ちなみに、俺達が目指すのは"十年前に出現した迷宮"だが…これがどういう意味か分かるか?」

「…十年の間に挑戦した奴が誰もクリアできてないってことだな」

「そうだ!そしてそれが意味するのは…」

「そこに入った奴は…全員…死んでるってこと…」

「その通り!…恐ろしい事なんだぜ…」

確かに、十年間一体何人が挑んだのかは知らないが相当の数が死んでいる。中にはアラジンやアリババ、ルイズよりも手誰の人間もいただろう。それも一人では無い。何十人も何百人も、死んでいった挑戦者の中に居たに違いない。その誰もが帰ってきていない、となると。…本格的に死ぬ覚悟をしなければならない。

「命がけなんだね…!」

アラジンはごくり、と生唾を飲み込んだ。

「おじけづいたか?」

アリババは試すようにそんな事を言う。

「ううん、僕行くよ!」

「当たり前だ!」

「ほんとか?険しい旅だぞ!」

「いいよ!」

「慣れっこだ!」

「困難な冒険だぞ!」

「いいよ!僕どんな大海原へも大山脈へもついて行く!」

「構うか!一度決めたからにはきちっとやり遂げる!」

「よーーーっっし!いくかーーー!!」

画張りと両手を上げ、声高にアリババは叫んだ。

「着いたぞ!ここだっ!!」

「えっ!?」

「はっ!?」

その視線の先には、巨大な建造物があった。周りの建物と比べても酷く綺麗で巨大だ。精巧に設計されたのが一目で分かるほど歪みが無く、その建造技術の高さを物語っている。入り口と思しき場所は光輝き中を見る事は叶わない。そのすぐ上の天井には、何やら円形の物が描かれている。方角を記す時に描くものと似ているが、それにしては妙だ。何かの魔法陣かもしれない。
第一の迷宮が塔だと聞いていたので背の高い建造物を想像していたが、おそらく一階建てだろう。ぱっと見はモスクの様である。

…いや、しかし。この近さはどうなのだろう。アラジンと共にちらりと後ろを確認すれば、アリババの家が確認できた。徒歩十分。なんという短い旅路だ。先ほどの気合は一体どこへ行ってしまうのだろう。

「近いじゃないか!!」

もうその言葉が全てを物語っている気がして、ルイズは何も言わなかったが気持ちは同じである。

「遠いとは言ってないだろ」

いや…うん。確かにそうなのだ。だが。だが…!何やら釈然としない。騙されたような気分ですらある。

「ふう…ここが"死への階段"か…」

「死への?」

「そうさ。なんせ十年間で一万人が登ったっきり死んだ階段だからな」

なるほど、死への階段とはまさになネーミングであると言う訳だ。ネーミングが安直であればある程何やら恐怖が増すのは、おそらく気のせいではないだろう。

「登ったら二度と降りられない階段ってわけだ。まぁ、俺たちは大丈夫だけどな!」

ハハハ、と笑うアリババはしかし突然不安な顔をした。

「…アリババ?」

ちらり、とこちらをうかがう彼に首を傾げる。急に恐怖が忍び寄ってきたのだろう。

"本当に大丈夫なのか"

彼曰く一万人が帰って来なくなったと言う階段だ。死への階段。なるほど、じわじわくる。

アラジンはしばらく黙っていたが、やがて何かを察したようだ。イッっと歯を見せてアリババを驚かすと、「何すんだテメーっ!」という怒声を浴びながらも階段を半分ほど駆け上がった。

「大丈夫!怖がらないでよアリババ君!これは"し"への階段なんかじゃないよ!」

太陽を背に、彼は笑う。
―――アラジンは、時折何処か遠くに居るような奇妙な感覚を発することがある。とはいっても、それはルイズの感覚にすぎない。実際はアラジンはすぐそばに居るし、その奇妙な感覚はすぐに掻き消えてしまう。彼は純粋だ。純粋であるがゆえに本質を見抜く。…その直観に似た何かが、ルイズに奇妙な感覚を与えているだけなのかもしれない。

「君の夢へと、繋がる道だよ!」

そうして、アリババの顔つきが変わった。
先ほどの自信なさげな表情はどこへやら。強気な表情で頷いて走りだした。

「よーしっ!行くぞっ!!」

素晴らしい勢いで階段を駆け上がり…駆け降りた。

「おい!!」

「なんで戻るの!?」

もはや少し離れた場所に居るアリババに思わず叫ぶが、彼はいたって冷静である。

「すぐ行くとは言ってないだろ!…バーカ、"迷宮攻略"は準備が大事なんだよ。まずは、買い出しに行こうぜ」

「え〜…」

アラジンは渋るが、確かに発想は間違っていない。てっきり準備を万端にしてここに来たのかと思っていたが…しっかり準備しておくにこしたことはないだろう。念には念を。ルイズも長期のフィールドワークに出るときは準備に準備を重ねたものだ。

「おい、ルイズ。何してんだ、行くぞ」

「いや、俺は大体準備できてるから。ここで待ってるよ」

「え?そうなのか?」

とてもそうは見えない、と言いたげのアリババにひらりと手を振る。確かに、ルイズの格好はいつも通りである。ここいらでは珍しい服装に一対の剣。そして少量の荷物。…とてもじゃないが、迷宮を攻略に行くような姿では無い。

「うん。俺はいつもこの格好で旅してたし」

もちろんこの言葉にウソはない。荷物も少量に見えるが結構ぎっちり詰まっているし。収納にはある程度のコツがあるのだ。

「ゆっくり行って来いよ。迷宮は逃げないんだから」

「…ああ!」

「行ってくるね、ルイズ君!」

二人は手を振りながら離れていく。それを見送って、ルイズは肩の荷が下りた様な気分だった。まだまだこれからだと言うのに、気を抜いている暇はない。それに、アラジンの事だ。また何か厄介事を引き連れて帰って来るに違いない。それまでは少し英気を養わなければ。ここまでアラジンに振り回され続けたルイズは冷静にそんな事を思う。少しだけ、と迷宮の入り口近くに座り込むと、うとうとと睡魔が襲ってきた。日差しは暑いが、それが気にならないほどに疲れているのだろう。がくりと前向きに倒れそうになってはっと目が覚める。慌てて後ろに後退すると、ずぶりと何かに振れた様な、微妙な感覚がした。嫌な予感がして、まるで油の切れたブリキの人形のようにゆっくりと振り返る。
…腕が、ずっぷりと光の膜の内側へと侵入していた。

「えっ!あ…あああああああああ!!!!」

やっべええええええええええ!と思った時にはすでに遅い。ルイズは意識が吹っ飛ばされかねない強力な力で内側へと引き摺りこまれていった。


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