迷宮
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「ダンジョン?」

ばくばくと目の前の食事に口をつけながら、オウムのようにルイズは復唱した。
辺りはがやがやと騒がしい。それもそのはず、ここはチーシャンにある飲食店である、先ほどから見知らぬ店員さんがあちこち机を行ったり来たりと忙しそうだ。ルイズ性質の陣取る机の上にも例に漏れず様々な食事が置かれている。

「そう、迷宮だ!」

それに対して意気揚々と叫んだのがアリババだ。さきほどの満身創痍ぶりはどこへやら、未だ体のそこかしこに濃い口紅が残るもののすっくと立ち上がり拳を上げる。

「お前強いんだろ!?あん時の剣の振り方といい、素人じゃあない筈だ!一緒に迷宮を攻略しようぜ!…分け前は、まぁ後々決めるとしてだな…」

椅子に座りなおしながら彼はごにょごにょと語尾をひそめるが、ルイズは特に気にする訳でもない。この街の名物だとかいう肉を焼いたもの(詳細は忘れたが、だいぶスパイシーである)にかじりつきながら「ふうん」と呟いたくらいだ。アラジンは隣で果物をかじっている。

「ところで…迷宮ってなんだ?」

「はっ!?」

ルイズとしては当然の疑問だったのだが、軽く小首を傾げた姿にアリババは愕然としたらしい。

「知らないのか!?」

声高にそう尋ねられても、知らないものは知らないのだ。何せこの世界の住人じゃあないので、とは思ったものの流石に口に出す事はない。
正確にいうなれば、彼の元々いた場所に「ダンジョン」と呼ばれるものは存在した。魔物の多く生息する洞窟や森、廃墟の遺跡などをそう呼ぶのである。しかしアリババの言う「ダンジョン」はそれではないだろう。なにせこの世界には魔物がいない。いや、いるのかもしれないが少なくとも噂を聞いたこともなければ見たこともなかった。人々は軽装で待ちの外へと出向くし、注意すべきは盗賊か、あるいは食肉植物くらいのものだ。

「はぁ…保護者がこれじゃあ、道理でアラジンも知らない訳だ。どこまで世間知らずなんだよ…」

「いやぁ、悪いな」

はっはっはと軽く笑って今度は飲み物に手をつける。甘酸っぱい口当たりは何かの果物なのだろう。リンゴのような、少し違うような…。字が読めないから適当に注文したので、これが一体何なのか分からないが少なくとも酒ではないだろう。

「アラジン、これ結構うまい」

「本当かい?………す、酸っぱいよルイズ君…」

「そうか?」

ルイズにすればたいしたことはないのだが、アラジンはまだ味覚が子供だと言うことだろうか。そういえば子供のころは甘いものが好きだったと思い、感覚を改めることにする。年は15だが、幼いころの感覚はすでに記憶の彼方だ。

「おい、それより迷宮の事だけどよ」

アリババは机にずい、と乗りだして声をひそめる。ここではありふれて誰でも知っている事だろうに、いちいち声をひそめる必要はあるのだろうか。まぁ、たぶん雰囲気だろう。ルイズは一人で結論付けたが、あながち間違いでもあるまい。

「迷宮っていうのは、14年前から世界のあちこちに出現した古代王朝の遺跡群の事だ」

「古代王朝の…遺跡群」

「ああ。その中には、お宝びっしり眠っている…。ダイヤの王冠…サファイアの王座…黄金の大宮殿…それだけじゃない!」

興奮したように、先ほどまで声をひそめていた事も忘れてアリババは熱弁する。

「一緒に不思議な魔法アイテムも眠ってるんだ!空飛ぶ布とか、酒の湧く壺とか!そいつを手に入れれば間違いなく大金持ちになれる!」

「魔法アイテムか…」

正直言ってお宝にはあまり興味はないが、古代王朝の遺跡や魔法アイテムには心惹かれるものがある。知らない事を知るのは好きだ。それが生物関連ならなお良いが、この世界の物は何もかも真新しく新鮮な気持ちにさせてくれる。
それに、先ほど興味はないと断言しておいてこのような事を言うのはいささか矛盾だが、金を稼いでおくのは大事なことだ。世の中の大半はお金で回っているのである。特に今、多大な借金があるアリババにとっては何に変えても大事なことだろう。

「で、その魔法アイテムの最高峰が"ジンの金属器"だ」

「えっ!?」

ジンの金属器と言えばアラジンが探しているものだ。ルイズは「ジン」というものが一体何なのか、詳しくは知らない。まさか迷宮で手に入れるものだったとは…いままで寄る場所寄る場所で金属器を見てきたのは無駄だったということなのだろうか。それを思うと少し切ない気持になるが、手に入る場所が分かったと言う事は躍進だ。

「そうか…迷宮にジンの金属器があるのか…!」

そうとなっては協力しない話はない。ルイズは小さく笑って頷いた。…だが、不安もある。

「俺は、ちゃんと役に立つだろうか」

純粋な疑問だった。
この世界の水準がよく分からないのだ。盗賊団は壊滅させた。砂漠ヒヤシンスとも戦った。だが、それは本当に役に立つのか?強いのか?あまりよく分からない。

「何言ってんだって!」

だが、アリババはそんな疑念を振り払うように力強くいってくれた。

「お前、あの女の子を助けられたじゃねーか!」

「あれは…」

「お前は咄嗟に判断を下せる奴だし、自分の力量もわきまえてる。なにより良い奴だ!」

「うん、そう!ルイズ君はとってもいい人だよ!」

それに呼応するようにアラジンも大きく叫んで立ちあがる。

「ルイズ君、一緒に行こう!迷宮へ!!君と一緒なら、きっとどこまでだって行けるよ!」

そう言って二人そろって手を差し出してくるものだから、なんだこれはとルイズは一瞬冷静になった。いや、だってここは飲食店だ。先ほどから周りの客が何事かとこちらをちらちらうかがっている。目の前の二人は立ちあがって何やら輝かんばかりのオーラを放っているし。
…だが、言われた事は素直に嬉しかった。ゆるゆると歓喜がこみあげてきて、ルイズは笑ってしまう。

「…おまえら、目立ち過ぎだろ…」

「えっ…」

「あっ…」

その言葉に仕舞われそうになった腕をとっ掴む。

「ぶふっ…ああ!こちらこそ、改めてよろしくな!」

それにしても、手放しで人を褒めるとは。アリババは思ったよりも良い人のようだ。考えを改める必要があるだろう。ルイズは心の中でこっそり謝罪した。


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