金属器「おーい!」
声が聞こえる。
ルイズはそれで本に集中させていた意識を霧散させた。
ルイズの目的は本を読むことだった。それは趣味では無い。彼の目的にためには、まず現状を知る必要性があったからだ。
国、土地、風土、文化、そしてこの世界。それら全てを知ることがひとまずの彼の目的だった。だから昨日はひたすらに本を探しては市場の中をうろうろしていたのだが…ここで重大な問題が発生した。
ルイズは、文字が読めなかったのだ。
いや、もちろん彼の故郷の文字は読める。学校には通っていたし、成績もそこそこ優秀だった自覚はある。
しかし、国が違えば操る言語が違うのは当然だった。話が通じるからと言って油断した。ルイズは大いにへこんだが、まぁいつまでもへこたれてなどいられない。とりあえず教本になりそうな本を数冊選んで買ってきていたのだ。そしてそれを必死に読みこんでいたところに声をかけられた。
だれだ、いや。聞かなくても分かる。数日のうちに耳になじんだその声は、アラジンだ。
「アラジ」
よくここがわかったな、という言葉は胸にしまい込まざるを得なかった。
なぜなら。
「大変なんだ!力を貸しておくれよ!」
阿保みたいに巨大なウーゴ君の腕で、思いっきりボディブローかましてきやがったからである。
内臓という内臓を口から吐き出すかと思った。後にルイズは語るが今はそんなことを言う元気もない。びくんびくんと痙攣を繰り返すさまは正直三途の河でも渡りかけているのではなかろうかと心配するほどだ。
「あ…らじ…ん…てめぇ…なに…」
「大変なんだよ!おねえさんの友達が!盗賊のアジトに!!」
げふり、と血反吐を吐いたルイズは、その言葉にぴくりと態度を変えた。走り続けるウーゴ君につかまっていた手をぐっと握り締める。よくよく見ればそこには昨日会った少女がひどく沈痛な面持ちでそこにいた。風に煽られるアラジンの足につかまり、ウーゴ君には触れずに済んでいる。
「そういうことは最初に言えよ」
「うん、ごめんね」
ウーゴ君の足は早い。どこを目的にしているかは知らないがすぐに追いつく事だろう。
ルイズはそっと息を吐いて、腰にぶら下がっている双剣に触れた。抜くのは、久しぶりだ。
案の定、昨日の正体にはすぐさま追いついた。青い色の巨人…もとい、ウーゴ君に相当驚いているようだ。そりゃそうだろう。ルイズも初見では驚いた。しかしアラジンが「友達」と呼ぶのだ。心優しい奴に決まっている。そんな奴に怖いとか、恐ろしいとか、そんな感情が湧く訳がなかった。
盛大に腕を振るうアラジンとウーゴ君。その取りこぼしを拾うのがルイズの役目だ。
薄手の金属同士がこすれ合うような音がする。双剣を一本だけ構えた彼に、盗賊たちはにやりと嫌な笑みを浮かべた。
「ふん、どんな奴かと思えば。子供じゃねーか」
「おいおい、おまえ剣の使い方分かってんのか?」
「盗賊舐めんなよ」
ひひ、という卑下た笑いはもう全国どころか世界共通なのだろう。
子供だから、小さいから。そういって相手を見下すなど、愚策中の愚策だ。
だから、勝負はほんの一瞬だった。
盗賊が一人盛大に吹き飛ぶ。ルイズは剣をくるりと手のひらの中でまわして見せた。そして、あいさつ代わりだとでも言いたげににやりと笑う。
「…っのガキ!」
「何しやがった!!」
「やだなぁ。力量を図り損ねたのはあんたらの方だろ?」
びりびりとした殺気を感じられないほど、間抜けな奴はどうやらいなかったらしい。じり、と一歩進むたびにどこからか悲鳴が上がる。それをみてにやりと笑う。あとはもう手を下す必要なんてない。頭上にかかる影を見て、ルイズは踵を返した。
どぉぉお…ん
盛大にものが落下する音。ウーゴ君だ。
どうやら気絶してしまったらしいウーゴ君を上空から落とすと言うなんとも無茶な作戦に出たらしかった。しかし、その無茶さもアラジンらしいと言うか。
「…なんにせよ、面白い奴だよなー。アラジン」
しかしその名を口に出せば、やはり思い浮かぶのはアラジンと魔法のランプで。
自分の思考回路の単純さに笑ってしまった。
***
「アラジン、首尾はどうだ?」
「駄目だよ、ルイズ君。ジンのいる金属器は無いみたい」
こんこん、と差し出された貴金属を指ではじきながら、アラジンは残念そうにそう言った。
まぁ早々見つかるものではないだろう。隣町へ出発すると言う馬車へ乗り込む手配をしながらルイズはそう言った。先はまだ長い。焦らなくてもいいのだ。
「じゃあね、おねいさん。ジンの住んでる金属器を見つけたら、ジンは臆病だから気をつけて」
「おう?」
ああ、また何か余計な事を言おうとしているな。早々に馬車に乗りこんでしまおう。
決して多くもない荷物を手に運転手に「よろしく」と声をかけたら気前のいい返事が返ってきた。いい人だ。
「その怖い顔で、おどさないようにねっ!」
ガィン…と金属の何かが衝突する音が聞こえてきて何が起こったかを察する。後ろに乗っていたアラジンが頭をさすりながら器用に前へ移ってきた。
「ばーか」
「えっ」
女性にそんなこと言うか、普通。そういう意味も込めてそう言えば今一伝わらなかったらしい。
まるい顔を傾げて何のことだろう、と言いたげな瞳でこちらを見てきたのでルイズはそっと黙殺した。
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