魔法のランプ砂漠は広大で、ちっぽけな人なんてすぐさま呑みこんでしまう。
「はぁ…はぁ…っ」
「ぜぇ…は…」
ざくざくざくざく。歩いても歩いてもその景色が変わることはない。ひたすらに足を取られるばかりの砂地を踏みしめ、前へ前へと進んでいく。太陽はいつもの通り空に輝いていて、いつものことのはずなのにそれが憎らしくて仕方がない。
二つの影は小さな体を引き摺るように前へと進む。
ぜぇぜぇと息の切れる音。ふたりの間に会話は無く、その体力は全て歩く事へと変換されていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
口の中に砂が入りこむ。息をするのも喉が痛い。喉が渇いた、食料もすでに底を尽きている。一刻も早く街へ着かなくてはならないのだ。
「はぁ…はぁ…はぁっ」
立ち止ってはいけない。そこから動けなくなってしまう。ひたすらに足を動かして前へ。
そのうち、ぽつんと何かの建造物が見えてきた。そこでは柄の悪そうな男たちが笑いながら何かを、食べて…いる?
ぐぅ。そこでようやく腹の虫が覚醒した。喉が渇いているだけでは無い。お腹もすいているのだ。
正常な思考回路は汗と共に流れ出ていっている。ぐるぐる回らない頭で考えた。
強盗、略奪、あるいは懇願。
そこまでの記憶は、あるのだ。
****
ルイズが我に帰った頃、その身はすでに街に到着していた。
オアシス都市、ウータンと呼ばれる都だ。腹は減っているが喉は乾いていない。途中で何かあったような気もするが…一瞬妙に暴力的な記憶がよみがえったので無かったことにした。後ろの人々が壁に張りつけられた記事を読みながら「白髭盗賊団壊滅だってよ」「なんでだろうな」「仲間割れらしいぜ」「いや…なんか妙なガキ二人組が壊滅させたとかいう噂が…」などと話しているのは気のせいだ。気のせいだったら気のせいだ。
「ふう」
いくらオアシスに近い都市ともいえど、暑いものは暑い。シャツの上から更に上着を羽織っているこの姿はいささか暑苦しいだろうか。涼しげな服を一着購入するのも悪くない。金の持ち合わせは盗賊からうb…いや、いつの間にか増えていたので多少はあるが、あまり無駄遣いはできないだろう。
「とりあえず飯でも食おうぜ、アラジ…」
そこで、気がついた。
となりにあの小柄な少年の姿がないことに。
「…アラジン!?」
なるほど、迷子じゃねーの。
などと言っている場合では無い!ルイズは咄嗟にあたりを見渡したが、なにぶん人が多い。背の低い少年等見つけられる筈もなかった。加えてルイズの背丈はそう高い方では無い。むしろ同年代の男子から見れば低い方だろう。視界を遮るごつくてむさい男どもにいらっとしながらも走りだした。
旅の仲間の少年は、名をアラジンという。ルイズはその名を聞いた瞬間「アラジンと魔法のランプ」という千夜一夜物語を思い出したがそれとは特に関係がなさそうだった。とにかく、アラジンは10歳ほどの少年でそれにつけても世間知らずだった。かつ、あの恐れを知らない性格だ。何かトラブっているに決まっている。いや、むしろトラブルが起きる前に見つけることこそルイズの目的であるのだが、それはすでに手遅れであるような気がしてならない。
ルイズは人の波を縫うように進む。小柄な彼は小回りが利くのでこういった人込みを抜けるのに適しているのだ。
しかし、いくら走ってもアラジンは見当たらない。いったい、どこで何をしているのやら。いや、騒ぎを起こしていないのならいいのだ。見つけにくくはなるが事を穏便にはこぶにはそれが一番いいに決まっている。
が。
もちろんそううまくいかないのが世の常である。
「あ、おーい、ルイズくーん!」
にこにこにこにこ。迷子になった事など微塵も気にしていないであろう無邪気な笑顔が見えて、その足を止めた。
少女二人と共に頭上に荷物を抱えているアラジンがそこにいた。
にこにこにこにこ。笑顔で手を振っている。
「ん?あんたこいつの保護者かい?」
金髪の少女が怪訝な顔で話しかけてきた。
「保護者っていうか…この街まで一緒に来たんだ。…まぁ、こいつは早々に行方不明になったけど」
「えー、違うよ。ルイズ君がいなくなっちゃったんじゃないか」
「おれはじっとしてたよ。大方、なんかの美味そうな匂いに釣られてふらふら行ったんだろ?犬かお前は」
「どっちでもいいよ。で?あんたは金、もってないの?」
「おかね?」
きょとん、と少女に問いかける。いや、まぁ察しは付いた。おそらく、あれだ。こいつ、商品食いやがったな。
「こいつは私たちの隊商の商品喰いやがったんだよ。で、今三日間タダ働きさせてる最中なのさ。あんたが金を払ってくれるってんならそれでチャラだけど、どうする?」
話を聞けば、まぁ案の定という訳だ。ルイズはがっくりとうなだれた。
「ご、ごめんよルイズ君…怒ったかい?」
その雰囲気を察したのだろう。アラジンがおどおどと話しかけてくる。
いや、別に怒っている訳ではない。世間知らずなのは知っていたし(なにせ何を聞いても良く分からない、くらいの事しか返って来なかったのだ)それをしって野放しにしたのは自分だ。その責任は負いたいと思う。
金は払えなくもないが、これもいい社会勉強になるだろう。言っても三日くらいの事だし。
「怒ってはない。…はぁ。アラジン、ちょうどいい機会だからそこで働かせてもらって来いよ」
「えっ」
「急ぐ旅じゃねーだろ?お前は運と社交性だけで生きてるようなもんだから、もっと社会的常識を身につけて来い」
「ええええええええ!」
「あら、厳しいお兄さんなのね」
そう言って笑ったのは褐色の少女だ。
「血のつながりはないよ」
「そうなの?貴方もどう?うちの隊商でしばらく働いてみない?」
「んー」
正直、今の持ち合わせに不安はある。しかし、生憎ルイズはがらが悪いのだ。とても商売には向かないだろう。
「そんなことないわ」
そう答えれば、少女は優しく笑う。
「商売はお客さんに売るだけが商売じゃ無いもの」
「そうだよ!商品を運んだり、守ったりするのだって立派な隊商の仕事さ。あんた、腕っ節はあるんじゃないの?その腰の剣、けっこういい奴だろ」
そう言って金髪の少女がルイズの腰にぶら下がっている双剣を指差した。まぁたしかに、これは飾りはない。ルイズは剣の腕もたつが、それがどれほど通じるかは今一ピンとこなかった。戦ったのも先日壊滅させた盗賊団だけだし。
ああ、でも。そうだった。この街でやることがあるんだった。
ルイズは静かに首を振った。
「ごめん、気持ちはありがたいけど。おれやらなきゃいけない事があるから」
「そうなの…」
「そっか、残念だけど頑張れよ」
「えー、ルイズ君いっちゃうのかい?さみしいよ」
三者三様に答えを返されて苦笑する。
「うん、ちょっとな。…じゃ、仕事頑張れよ。アラジン」
「ありがとう。ルイズ君もね!」
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