予定調和の崩壊

「何を考えてやがりますか、この馬鹿は」

彼がそう静かに口火を切ったのは、自宅であるぼろアパートに戻ってきてからのことだった。図らずもセイバーとランサーの一騎打ちの直中に割って入ったライダーを怒鳴りつけたウェイバーと台詞が被ってしまった訳だが、こういうところが双子なのだろうか。当然ながらその疑問に答える者はいない。

「馬鹿とは、随分な言いようだな」

「うっせぇ!!!!お前なぁ、飛び出していくとか馬鹿なの!!!!馬鹿だろ!!!!いや、馬鹿だ!!!!」

「君には悪口の語彙が少なすぎる。もう少し増やしたらどうだ?阿呆に見えるぞ」

「アーチャーこのやろう」

ノアは憤慨していた。いや、もちろんアーチャーにこそ非があるのだ。彼が怒るのも尤もである。

アーチャーの登場はもっと終盤に入ってからにするつもりだったのだ。

いや、終盤とは言わない。せめてもう少し後になってから…キャスター戦くらいには姿を現してもいいと思っていた。だがこれはいささか早すぎる。

「俺にも予定ってもんがあるんだよ。お前は俺が死ねば万々歳なのかもしれないけど、俺は死ぬのはごめんだね」

座イスにふんぞり返りながら、ノアは続ける。

「エミヤ、お前がセイバーを心配するのは分かる。咄嗟に飛び出していった事も、俺は否定はしない。否定はしないが…少しは落ち着け。セイバーは必ず生き残る」

ノアがアーチャーの真名を呼ぶ時は、大概が彼の人格に、英霊としてではなく個人として動く衛宮士郎に問いかける時だ。

「…分かっている、つもりだ」

「なら」

「頭で理解しているのと、感情は別物だ」

それだけを口にすると、アーチャーは何もしゃべらなくなった。ノアは大きなため息をつく。
ノアだって、分ってはいるつもりなのだ。彼を支えてくれた人、彼の転機となった人、彼を未来永劫縛り続ける人。この街には、そんな人々が多すぎる。アイリスフィールも、おそらく彼にとっては守りたい人物に入るのだろう。イリヤを思い出すのか、なんなのか。理由は定かではないが。

ノアは少しだけ、アーチャーが羨ましかった。彼には守りたいと心から思うものがある。それゆえに強くなれる。自分はどうなのだろう。守りたいと心から守りたいと願う人がいるだろうか、尋ねられれば、きっとそれは否だ。
現にいま、ノアは己の命を守るためだけに動いている。彼にとって他人の命を救うことは自分の命を救うことに他ならない。一度死んだからだろうか、彼は己を一番大切としていた。だからこそ人を助けることを誓ったのだ。

「…俺は、死にたくない」

ぽつり、静かな部屋に声が響いた。

「ぜったいに生き残ってやる」

聖杯などどうでもいい。ただ、己の研究をしながら生き、最期に笑って死にたい。それが彼の願いだった。



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