有りうべからざる従者
今回の聖杯戦争にはイレギュラーがいる。
そう結論が出たのは、8体目のサーヴァント「キャスター」が現界してからだった。そもそも、キャスターが召喚されるまでにすでにサーヴァント7人は集結していた筈だった。一体どのサーヴァントがどの階級についたのか、それまでは分からなかったがともかく、第四次聖杯戦争において8体のサーヴァントが存在するというのは異例の事態であった。
もちろん、聖杯の力を借りて行使する聖杯戦争だ。第三次聖杯戦争でもアヴェンジャーという第八のクラスが召喚されたように、今回もそのような出来事が起こったのかもしれない。いずれにせよ、事態の把握は必須だった。
もちろん誰がイレギュラーであるのか、申告が来るという事も無かった。あるいは、と考えたがやはり楽観視しすぎたらしい。
誰が本来存在すべきサーヴァントで、誰が本来存在すべきでないサーヴァントなのか。
それさえも判別がつかないまま、聖杯戦争の火蓋は落とされたのだ。
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「ひっきし!」
ノアは電柱の上にいた。高い場所に至れば至るほど風が冷たいように思う。鼻をすすれば、アーチャーから呆れた様な声が降ってくる。
「…汚いぞ」
「うっせ…出たもんは仕方ないだろ…ぐすっ」
7体のサーヴァントはすべて召喚された。それは聖杯戦争の始まりを意味する。
異端たるアーチャーを従えて、ノアは先ほど示したように電柱の上にいた。何故かといえば、おそらくアーチャーに付き合ってだろう。
アーチャーのスキルの一つに「千里眼」なるものがある。ざっくり言うと遠方の標的をはっきり捉えられるようになったりする、いわば視力の向上だ。ランクが高くなると透視や未来視さえ可能になるそうだが、生憎ランクはC。そう言ったことは不可能である。
アーチャーの視線ははっきりと遠坂邸をとらえていた。ノアが使い魔を放ってもよかったのだが、何匹の使い魔がその光景を見ていたか―――遠坂時臣には筒抜けである。そんなことでノアの正体が暴かれるとは毛ほども思っていないが、念には念をということだ。
ただ遠方から覗き見るという行為に関して、魔術云々は絡んで来ない。そして第四次聖杯戦争におけるアーチャー、もといギルガメッシュには千里眼のスキルが備わっていない。以上のことから、二人は遠くから直接覗き見るという手段を取っていた。アサシンに発見されるかもしれないが…あくまで可能性の話だ。魔術も展開させずにただみているだけ状態では発見はほぼ不可能だろう。視線には跡など残らない。
「どうだ、アーチャー」
「ふむ、あのアサシンが一体ギルガメッシュに殺されたな」
「金ぴか?」
「ああ、金ぴかだ。…なるほど、ギルガメッシュはあれが正装なのか。はじめてみた」
それはそうだろう。第五次聖杯戦争の頃には、アーチャーは俗世にまみれて常に普通の服装だったはずだ。ノアとしては髪を下ろした英雄王の方がまだ何となく好感がもてるので、あの姿はあまり好きではない。成り金のようだし。
「ここで見ていたのは、キャスター陣営を除いた6人…プラス、俺達」
風に吹かれながらも、ノアは体勢を崩さない。彼は華奢ではあるが、筋肉がついていない訳ではないのだ。
「…バレてないといいけど」
彼がもっとも恐れるのはセイバー陣営だ。アーチャーはセイバー陣営には手出ししないだろうし、なによりも衛宮切嗣という男は恐ろしい。魔術師殺しの名は伊達ではないであろうことは容易に想像できた。出来れば敵に回したくない、が、和解できるとは到底思えなかった。次に恐ろしいのはアーチャー陣営だが…英雄王と言峰綺礼を相手にするのが面倒なだけで、遠坂時臣については別段思う所は無い。身バレして一番恐ろしいのはギルガメッシュだろうか。面倒なことになるに決まっている。
「早々にここを離れようか」
「ああ。…明日には衛宮切嗣が来る。セイバー陣営も、か。アインツベルンのホムンクルスとセイバー…あーあ、戦うの嫌だなぁ。そういや、明日セイバー達が来るってことはランサーとセイバーの一騎打ちか…覗いとかないとなぁ」
ぶつぶついいながらアーチャーにおぶさるノアは少々滑稽だ。しかしここまで来たのもアーチャーに背負われて、ならば降りるのもアーチャーに背負われてでなければ大けがをする。もちろん魔術を行使すれば安全に降りる方法もあるが…面倒だ。
「帰ろうか、マスター」
「お願いするよ、アーチャー」
弓兵は闇夜を奔る。
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