騎乗兵と兄
体は剣でできている。
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「何してるんですか?」
流暢なクイーンズイングリッシュでそう問いかけてきたのは、己のマスターとよく似た青年だった。
冬木市を分断するように流れる未遠川。その川のほとりで一定間隔で水を汲み集めるライダーは、その容姿と相まってよく目立つ。おそらく青年も遠くから彼の姿が見えたから声をかけてきたのだろう。
道行く人間が疑問に思うのも無理はない。彼は先ほどから、一定間隔に間を開けて同じ川から水を汲みとっていたのだから。一体何をしているのか、という疑問はもっともなもので、それを直球で聞いてきたのは青年がはじめてだった。
「うむ、余も頼まれたことでな。これが一体何なのか、よく分かっておらぬのだ」
ライダーはいけしゃあしゃあとそう言った。何をするかよく分かっていないのに手伝うというのもいかがなものかと思うが、生憎それ以外の答えは用意していない。
青年はその答えで満足したのか、それ以上深く追求してくることはなかった。その代わりライダー自身に興味をもったらしい。幾分も背の高いライダーをじっと見上げると彼の隣にしゃがみこんだ。
「外国の方ですよね。日本に来て長いんですか?」
「いや、つい先日来たばかりだ」
来たばかり、というには語弊があるだろうか。つい先日「召喚」されたばかり、というのが正しい。もちろん口にすることは無いが。
「おぬしこそ、日本は長いのか」
「はい。もう何年か経ちます。前はイギリスに住んでました」
「ふむ…余の知り合いに似ておる。もしや兄弟か何かか?」
近くで見ればますますそう思う。横顔なんかもう、マスターであるウェイバーに瓜二つなのだ。これは他人の空似というレベルを超えている。
「知り合いに?」
「ああ。ウェイバーというのだが、知っておるか?」
「えっ!?俺の、双子の弟です!」
双子か、道理で良く似ている。ライダーはひとりごちた。
「俺は、ノア・ベルベットっていいます。あなたは?」
「うむ。余は征服王、イスカンダルだ!」
豪放磊落。まさしくそんな言葉がよく似合うだろう。ライダーは臆することなくはっきりと、自らの真名を名乗った。
普通なら、ここで違和感を覚えるのではないだろうか。ごく一般的な外国人であるならば、自らを「征服王」などと名乗ったりはしない。しかし、彼は何一つ不思議がる事も無くライダーが「征服王」であると認めた。
「イスカンダルさん」
「なんだ?」
「弟は、元気ですか?」
まるで聞いてはいけない事を聞いているような、どこか後ろめたさを感じさせる声だ。弟の様子を心配するのは兄としてごく当然のことであろうに。一体何が彼をそうさせるのか。ライダーは不思議に思ったが、ここでそれを聞くのも野暮である。
「応うとも!余がついておるのだ、元気でない筈が無かろう!」
「そうですか」
そう答えれば、ノアはどこかほっとした様子でそれだけ呟いた。
「よければ、案内するが?小僧は今この冬木の地に身を置いておる」
「ああ、いえ。いいです」
ノアはゆるゆると首を振る。
「機会があればまたお願いします」
ウェイバーとは違う、随分控え目な笑みだ。双子といえど、言葉遣いや表情でこれほどまでに印象が違うものか。
何も双子と知り合ったことが無い訳ではない。しかし、ここまで強烈に「ちがう」と思わせる双子とであうのははじめてだ。彼ら兄弟の、決定的な違いは何なのだろうか、少し考えてももちろん答えなど出る筈もない。ウェイバーはともかく、目の前の青年の人間性などまだまだ謎に包まれているからだ。
「じゃあ、俺はこのへんで」
「なんだ、もう帰るのか」
「はい。一応、家で料理作って待ってる奴がいるので」
そいつが飯の時間に遅れると、ネチネチと小言がうるさいんですよ。などと茶化して言う。
「そうか、ではまたな」
そうさしたる根拠も無く、ただまた会える様な気がしてライダーはそう言った。
「はい、ではまた」
そしてその予感は、ある種当然ではあるが、的中する。
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血潮は鉄で、心は硝子
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「はぁ!?ノアに会った!?」
ばんっ!!と机を叩いて大仰に驚いてみせたのは、己のマスターたるウェイバー・ベルベットだ。
「なんでノアがここに…!?まさか…ライダー!!おまえ、真名ばらしてないだろうな!!」
「おう、言ったぞ」
「な、ん、で、だ、よーーー!!!この馬鹿!!!」
憤慨という言葉がこれほど似合う事もそうはあるまい。頭から煙が出そうなほど憤るウェイバーにライダーは呆れたように言った。
「何をそういきり立つことがあるか。問題無かろう、それに今さらだ」
そう、ライダーはほぼすべてのサーヴァントにすでに真名をばらしているのだ。それが今さら一人増えたところで何の問題があろうか。
「それは…っそうだけど…!」
ウェイバーもそのことは認めるらしい。
「でもそれとこれとは話が別だ!!いいか、ノアは魔術師なんだぞ!!」
「ほう。小僧の家系では、兄弟が双方ともに魔術を学ぶのか」
「ノアはどっちかっていうと勝手に学び始めたに近いけどな。書庫とかかってに漁って勝手に勉強して、気付いたら時計塔に入れるくらいに成長してたっていうだけの話だ。僕よりも早いなんて…ああ、もう!」
なるほど、それはつまりウェイバーより才能があるのではなかろうか。思ったが口には出すまい。おそらくだが、本人に自覚はある。
「ともかく!魔術師であるからには、マスターの可能性がある!!!もうすでにマスターは出そろってる筈だから…可能性があるとしたらあの赤いサーヴァントだ」
「ふむ。自らをイレギュラーと名乗った、あのアーチャーか」
底知れぬ実力を垣間見せるあの赤い外套の男、アーチャー。この度の聖杯戦争で呼び出されたあの金ぴかサーヴァントではない、自らを異端と称する弓兵だ。ノアがそのマスターかもしれないと言われればそう思わせる何かがあったような気もする。もっとも、それは直感の域を出ない訳だが。
「気をつけるに越したことは無い。…あんまり、戦いたくない相手ではあるけどな」
そうであってほしく無い。血肉を分けた実の兄とて、マスターならば殺すべき相手だ。兄弟同士で争うなど、どれだけ悲しいことか。
「…では、行くか。小僧」
「はぁ!?」
急に雰囲気を変えてライダーがそういうものだから、ウェイバーはすっ頓狂な声を上げた。
「行くってどこに!?」
「決まっておろう。さっき分かったのだろう?キャスターの工房が!」
「ちょっ…い、いまからいくのか!?」
「あのな、戦において陣というのは刻一刻と位置を変えていくもんだ。位置を掴んだ敵は速やかに叩かねば、取り逃した後で後悔しても遅いのだ」
まだまだ確定情報ではないというのに、ライダーはとっとと動き出そうとしている。相手はキャスターだ。陣地作成スキルを有している。工房に踏み込むのは得策ではない。しかし彼は己のマスターの功績に随分と気を良くしているようで、そこをつかれればウェイバーも頷かない訳にはいかなかった。スキルカリスマとは、全くもって厄介なものである。
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