歪な主従


自らの術を破られ、キャスターは魔力を爆発させて血の煙幕を張った。
それを見るなり、アーチャーのマスターが走り出す。セイバーは直感でもってそれを制した。

「何処へ行く」

「何処って」

眼前に不可視剣をつきたてられ、少年は焦ったように叫んだ。

「ケイネス先生が」

「我が主が…危機に瀕している」

言葉を遮って呟いたのはランサーだ。セイバーはちらりと少年を見ると「きっと私のマスターの仕業だ」とランサーに向き直る。ここまで切嗣の思い通りになろうとは。手の上で転がされていた事実に歯噛みするが、どうにもならない。ランサーに主を助けにいくよう促せば、「忝い」という言葉と共に霊体化した。

それを見送ると、セイバーはじろりとアーチャーのマスターを見やる。

「貴様、何者だ」

「あまり私のマスターを苛めないでほしいものだが」

やれやれ、とでも言いたげにアーチャーが肩を竦めた。言葉の割にセイバーを止める気配は無い。信頼があるんだかないんだか。兎にも角にも、騎士王は目の前の少年を問い詰めることに集中した。邪魔が入らないのであればそれで良い。

「ランサーのマスターの後を追ってきたか」

殺気を織り交ぜた声だ。ごく普通の人間なら卒倒するであろう気配をその身に受けても、アーチャーのマスターはその声も届かない様子でぶつぶつと独り言を言っている。集中力のなせる業か。魔術師とはこういう生き物なのだろうか。

「ケイネス先生がもう手遅れだとすると…ああ、一番面倒くさいパターンになっちゃったな…もう…サーヴァントを一体たりとも消費させる訳には…ああ…聖杯の器壊せば早いのに…アーチャーは駄目だっていうし…」

呟く様子はいささか気味が悪い。逃げ出すような様子も無いので剣を納めれば、なぜかそのあたりをぐるぐる歩きだした。一応剣の気配だけは捉えていたようだ。

「おい、アーチャー。お前のマスターは一体何なんだ。さっきからぶつぶつと…流石に気味が悪い」

「ああ、すまない。あいつは今作戦を立て直している最中なんだ。いやなに、君が気にするほどの事でもないさ」

「そうはいくまい。私はセイバー、貴様は異端ながらもアーチャーであろう。ならば我々は敵同士だ」

「……そうだな。君が気になるのも至極当然のことか」

瞳をそらし、アーチャーはため息をついた。

「そうだな…私のマスターはこの聖杯戦争を良しと思っていない。生き残る事のみを念頭に置き、自らの持つすべての情報を駆使してこの聖杯戦争を生き残ろうとしている」

「つまり、聖杯を取る事は考えていないと?」

「ああ。どうやらそこまで欲のあるマスターでもないようでな。全く、召喚されたこちらとしてはなんともやりがいの無い」

呆れた彼の様子から、どうやら本当であるらしい。ならばさっさと聖杯戦争を降りてしまえばいいものを。生き残りたいというのであればそれが一番確実な方法だ。それをそのまま口にすれば、アーチャーは口元に笑みを浮かべた。

「それがそうもいかない。聖杯戦争を降りても待っているのは死。勝ち残る気はないだろうが、それでも最後まで生き残らねばなるまい」

「…わかった。では、話を変えよう。アーチャー。お前は一体何だ。私に何を見る」

「…俺は俺だ。そして俺は、君を通して何かを見ている訳ではない。………邪魔をしたな」

いうなり、アーチャーはぶつぶつと呟きながらあたりを歩きまわっていた彼のマスターをまるで米俵のように担ぐと、アインツベルンの森の中に消えた。

「…私を通して、誰かを見ている訳ではない?」

記憶にないとなれば、きっと彼の弓兵はセイバーに似た誰かを、セイバーを通して見ているのだろうと思った。キャスターと同じように。しかしそうではないという。セイバーを通してセイバーしか見ていない。それは随分と直線的な告白のように聞こえたが、セイバーはそんな事など微塵も思わず、ともかく自分も城に戻ろうと踵を返した。



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