繋がってなんかない
エミヤという異端…アーチャーに連れられて帰宅したノア・ベルベットが起床したのは日も高く上ったころの事だった。
誰に言うでもなく起床のあいさつをすると、彼は食うものも食わずすぐにパソコンに向かった。ぶつぶつ言いながら何事かをタイピングする様は恐ろしい。時折あくびを漏らしながらも、彼は日が暮れるまでずっとそうしていた。
以上が、アサシンからきいたノア・ベルべットの今日の動きだった。
「…エミヤ」
その名前を聞いたことがない訳ではない。衛宮切嗣…彼と同じ名前だ。
サーヴァントは英霊だ。英霊とは神話や伝説の中でなした功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた人間サイドの守護者のことだ。つまりは彼も英雄であるということ。しかしエミヤなどという英雄は調べても出てこない。ならば、それが偽名という可能性もあろう。衛宮切嗣とあのイレギュラーたるアーチャーは何らかの関わりがあるのだろうか。
…衛宮切嗣のサーヴァントなのか?アインツベルンが何らかの方法で異端のサーヴァントを召喚した可能性は限りなく高い。少なくとも、ノア・ベルベットがあのアーチャーを召喚したという可能性よりは。
ノア・ベルベットは今回の聖杯戦争においてクラスライダーを召喚したウェイバー・ベルベットの双子の兄であるという。
ライダーのマスターよりも数年早く時計塔に入った彼は、科学と魔術の融合などと言う魔術師としてはあり得ない研究を掲げ、時計塔内で激しく浮いた存在だったようだ。
ウェイバー・ベルベットが時計塔に入る前に日本に飛んで、それからはずっとこの冬木市で暮らしている。収入源は主にパソコンのプログラミング。どこで習ったのか定かではないが、的確かつ効率的なプログラミングでその業界において知らぬ者がいないというほどだ。魔術師の家系に生まれそのような才能を持った少年であるならば、魔術と科学の融合などと言う巫山戯けた理想を掲げるのも無理はないことなのかもしれない。
しかしながら、魔術師としての素養は中の下。ごく基本的な魔術程度なれば問題はないが、それ以上の魔術は行使できない。魔術回路の本数も多い訳ではない。魔力の総量だけは驚嘆に値するが、それだけだ。
この度の聖杯戦争において、おそらくこの少年は脅威となりえない。
そもそも聖杯戦争が始まっているというのに、この街にのんべんだらりととどまり続けているのだ。聖杯戦争を知らないのではなかろうか?そんな疑問すら湧いてくる。彼に関する思考は早々に放棄した。探っても面白いことが出てくる訳ではなさそうだ。
アサシンに引き払うよう指示を出し、言峰は蓄音機に手を伸ばした。
********
ノアが行動を開始したのは日が暮れてからだった。
起きたらアーチャーがいなかったので少し驚いたが、まぁこの街の何処かにいるのは違い無いだろう。とりあえずこの間途中だったプログラミングを再開して、気がつけば夕方だった。
腹は減ったがとりあえず出かけよう。アーチャーと落ち合うにも、自宅では何かと都合が悪い。
外は薄暗く、日の暮れる早さを痛感する。携帯に内蔵された時計を見れば、おおよそ五時くらい。夏ならばまだまだ明るいだろうに。暗いのはあまりよろしくない。
外に出ればより一層寒さが身にしみた。冬木という地名は冬が長いところからきているらしい。こんな寒さが長く続くのだろうか、しかしイギリスよりはずいぶんましだと思うのだが何故こんなに寒く感じるのか。あれか、引きこもりだったからか。ノアは一人で結論を出した。
今夜はアインツベルンの森でキャスター戦が繰り広げられる。それが一体何時頃のことなのか、流石にそこまでは覚えていないが少なくとも夜だ。
今現在、ノアは迷っていた。アインツベルンの森へ行けば子供を助けることができる。全員とは言わないが、それでも数人は助けられるはずだ。しかしキャスターの召喚する怪魔はノアを簡単に食い殺してしまうだろう。彼は魔術師としては酷く矮小で、ちっぽけな存在だ。自分にとっての強みは未来を知っていることくらいのもの。あとはほぼアーチャー頼み。情けないものである。
それに、子供を助けに行けばケイネスを見放したことになる。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。彼の事は苦手だが死んでほしいと思った事は一度もない。魔術師として優秀で、出生がいいだけにプライドが高く、天才であるが故に悩まず、ノアの物差しでは測りがたい人物。
…せめてアーチャーと合流する必要性がある。こんなことならば別れた時の合流先でも決めておけばよかった。後悔先に立たずという奴だ。
果たして彼はどこに行けばいるのだろうか。どこかでノアを見ているか、それともどこぞに引きこもっているか。あたりを探ってみたが、アーチャーの気配は感じない。その代わり、ふと別のサーヴァントの気配を察知してしまった。ごく一般的な家屋から漏れる魔力…おそらくライダーだろう。しかしここでウェイバーにかまけている暇もない。そりゃあ一目会いたいという気持ちが無くもないが、それよりも優先されるのは己の安全だ。
「ウェイバー…」
弟には、一体何年会っていないだろうか。
覚えてもいない自分が少し情けなくもなった。
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