日は落ちてまた昇る
何も全く予想していなかった訳ではない。
なにがって、アサシンのことだ。ついてきている可能性は十二分にあったし、そもそもにおいて冬木の街に身を置いている魔術師はとりあえず徹底的に調べられている可能性だってあった。
ノアは未来を識っている。識っているが故に視野が狭い。このとき彼はこうしていた、この時彼女はああしていた。そう言った知識があるからこそイレギュラーに弱い。彼の想定と言うのはしょせん文面で知ったことでしかなく(アニメだって見たけれど、情報量は明らかに文章の方が多いに決まっている)、文章として書き起こされていない事は知る由もない。
だからこそ、一体何人のアサシンが何処に潜んでいるのかなど全くもって分からないのだ。
「いやだからって」
公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら、思わず呟いた。
泥棒!と叫んで出てきたはいいもの、流石にあれを警察に通報する訳にはいくまい。部屋を漁っていたという事は、こちらが魔術師である事も知っているだろう。ということは、だ。部屋に入り込んでいたのが使い魔や、そう言う類のものだと推測できるという事もある程度考慮されているだろう。たぶん。
しかしながら、一体何ゆえに部屋を漁っていたのか。遠坂の差し金か、あるいは言峰の個人的な衝動によるものか。眠たい頭では碌に答えなど導き出せそうもない。
眠ってしまおうか、幸い冬木の治安は…ああ、そうだ。治安は最悪なのだ。こんなところで眠る訳にはいかない。じゃあどこで寝ろというのだ。少なくとも今夜起こるであろうキャスター戦までには準備を万端にしておきたい。
「ふぁ…」
ああ、眠たい。
無糖のコーヒーは彼の目を覚ますには至らなかったようだ。空になった缶をごみ箱に投げ捨てると、とりあえず立ち上がった。いつまでもここにいる訳にはいかない。人の往来も活発になってきたことだし、そろそろ部屋に戻ってもいいだろう。
その前に朝ご飯でも食べようか。ふと目に入った24時間営業のハンバーガー店へと足を踏み入れる。
そんな簡単な行為を公開したのは、流石に生まれ変わる前からですら初めてだった。
「やぁ」
「…え、みや?」
そこには堂々たる態度のアーチャーがすでに陣取っていたからだ。眠かったからだろうか、己のサーヴァントの存在に気づかないなんて。
アーチャーときたら、少し暗めの赤のYシャツに黒のズボン、おまけに黒ぶちの眼鏡なんぞ掛けて悠々と新聞を読んでいるのだ。現界したばかりの時に買ってやった服とメガネだ。ちなみに眼鏡は伊達。妙にこの店の雰囲気となじんでいる。この現代への馴染みようは何なのか、一瞬考えたがそもそも彼は現代人だ。馴染んで当然なのであろう。それにしてもこの色男、自分が多数の女性から好意的な眼差しで見られていることに気づいてなどいないのだろうな。
「遅かったな」
「遅かったって」
生憎こんな場所で待ち合わせをした記憶など無い。が、今までのノアの動向からこの店に寄るであろうことを推測したのだろうか。それともノアが公園でうとうとしているのを面白おかしく観察していただけなのだろうか。どちらにせよ馬鹿にされているようで腹立たしい。
とりあえず店員に朝のセットを頼み、アーチャーの隣に座る。余計な注意を払うのが面倒になってきた。とりあえずぜんぜんサーヴァントとマスターじゃないですよ的な雰囲気を装いながら適当に世間話を振ることにした。
「なんか衛宮と朝からこんな店はいるとは思わなかったよ」
「そうか。まぁ確かに、こういう店はあまり好みでは無いな」
「料理自分で作るんだっけ?お前、家事好きだよなー。掃除洗濯料理裁縫、何でもできるだろ?」
「…好きじゃない。ただの特技だ」
「あっそー」
いいながらハンバーガーにかぶりつく。なかなかにチープな味だが嫌いじゃない。少なくともどこぞのイギリス料理よりは美味い。
「あー、仕事欲しい」
「してるだろう」
「もっとお金はいる仕事したい。なぁー、紹介してよ」
「生憎、私の知ってる仕事はバイトくらいのものだ」
「だよなー」
机に突っ伏しながら適当に喋る。いかん、眠たくなってきた。ノアが喋らずとも伝えてくるので、アーチャーはやれやれと頭を振った。
「寝るなら家に戻ってからにしろ」
「うぃーーーー」
とはいうものの、彼は一向に動こうとしない。ハンバーガーはとりあえず食べきっていたから、アーチャーはこのまま家まで送って行っていいものかと思案する。今ならあまり不審に思われずに家に戻ることができそうだ。
そうと決まれば、善は急げ。ノアの食べた物を適当に勝たしてやると、アーチャーは彼を背負って店をでた。
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