02


ここから動く気はないという藤本獅郎と分かれて、靖明は再び歩き出した。相変わらず雨は酷いし寒いしここが何処だか分からないし(藤本神父に聞いたところ「いや、正十字町だろ」といわれた。違うんだ。そうじゃないんだ)、一体これからどうしていいのやら。

「…さみぃ」

吐く息は白く、寒さがうかがえる。聞いたところによればまだ3月らしく、そりゃあ雨も降れば寒い筈だ。こちらは真夏の格好なのだ、このままでは風邪をひいてしまう。鳥肌がハンパない。
くしゃみをしながら適当な角を曲がる。路地は薄暗く、あの黒くて小さな虫がうぞうぞとしていた。それを適当に追い払いながらさらに先に進む。雨の中にもかかわらずつん、と硫黄の匂いがしてきた。

「なんだ…?」

口に出した瞬間、なにかに吹き飛ばされた。

「がっ…!」

獣のうなり声のような物が聞こえた。何かがぶつかってきたであろう腹部を押さえて、その何かから距離を取る。
視線の先には、犬の様なものがいた。四本の足で立ち、犬と言うよりは狼に近い大きさをしている。体はつぎはぎと腐ってどろどろになったような皮膚がぼたぼたと地面に落ちていた。これはなんという生き物だろう、いや、おそらく生きてはいまい。このような生物は存在しない筈である。
じりり、一定の距離を保ったまま対峙する。一撃をくらったのは痛かった。油断していたと言えばそうなのだろうが、その一言で片づけてはいけないのが実践というものである。
グルルルル、うなり声とともに獣が突進してきた。顔全体が口のように裂け、体液を吹き飛ぶ。雨の所為でほとんど霧散しないそれは一体何の効果があると言うのか。触れない方が賢明だろう。

「なんだよ!」

ふと、葉っぱが落ちていたのが目に入った。近くの街路樹からだろうか。二、三枚を手にとって巫力を注ぎ込む。球体に短い手足、小さな角。くりりとした瞳はかわいらしい。即席の式神だ。一体一体は弱いが沢山を一度に操るには結構な集中力が必要となる。しかし周りでふよふよ飛び回るのは可愛らしい。

「行け!」

しかし彼らの攻撃力は高い。

「式神ストライク!」

三匹の式神がすさまじいスピードで腐った犬に突撃した。犬が奇妙な悲鳴を上げて吹きとぶ。そのまま着地すると、うなりながら二、三歩後ずさる。再び向かってくるような動きをしたのでこちらも式神をさらに二、三体増やした。式神ストライクは基本的にあたると式神が消滅するので使い捨ての様なものである。しかし元となる葉っぱはいくらでもあるのだ。靖明はにやりと笑った。

本来なら、靖明の持ち霊は別にいる。彼自身が封印を解いた式神である。詳細は省略するが、このよく分からない腐った犬など一撃で屠れるほど強力な式神だ。しかしそれは街中で展開するにはいささか危険すぎる。もちろん手がなければそうするが…今回は手があったのでこの手を取ったまでの話だ。

だからあまり小言を呟かないでほしい、と靖明は動かなくなった犬の前で唸った。これは一体何だったのだろうか。しばらく考えるが何なのか全く分からない。幽霊…ではないだろうし。
考えていると突然後ろからぱちぱちと拍手が聞こえてきた。怪訝な顔で振り返ればピンクのピエロがそこにいた。まるでチェシャ猫のような笑みはいささか不気味である。
何処かで見た、いや、先ほど見たピエロだった。少年がエクソシストだなんだ宣言していた相手。

「…なんだ?」

「いえいえ、素晴らしい攻撃手段ですね、それは」

「…見えるのか?」

「ええ、貴方も見えるのでしょう?悪魔」

「悪魔?」

きょとん、としながらあの腐った犬を見る。どうやらあれは、この目の前の男曰く悪魔らしい。靖明のイメージする悪魔とはずいぶん違う。

「悪魔…これが?」

「ええ。これはナベリウス。悪魔をご存じないので?」

「ある程度は知ってるが…俺のイメージと違う」

そういえばファウスト8世が悪魔が何のかんのと言っていたような気がするが、あまりよく覚えていない。

「…あなたは悪魔をよくご存じではない?なるほど」

「…だから、さっきからなに?」

「あなた、エクソシストになりませんか?」



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