ツナギ野郎とメガネ野郎
「改めて。俺の名前はアルト・ソクラテス。年は21。趣味は機械いじり。特技は機械いじり。仕事は機械いじり。元地上軍軍医、現科学者だ」
一体何事なのだろう。青年のよく分からない自己紹介を聞きながら、アレルヤはそんな事を思った。
島に侵入がが現れた、処遇を決めたいので集まって欲しいといわれ、ここにはその時島にいたガンダムマイスター全員が勢ぞろいしていた。アレルヤももちろんその中の一人で、しかしながらこの青年の処遇を決めるのに全員集まるとは、一体どういう了見だろうか。スメラギには話が通っているらしいが。
本人曰く、この青年は異世界からやってきた、らしい。
らしいというのは確固たる証拠を提示されていないから。証拠という証拠は上げられないだろうが、話を聞くことにしたようだ。
ティエリアは目に見えてイラついているが、隣の刹那は至極どうでもよさそうな顔をしている。ロックオンはなんだか楽しげだ。
そこで冒頭のあいさつに至る訳である。本人は真面目なのか、それともふざけているのか。よくわからない。飄々とした態度は逆に本心が見えにくいものだ。
「ふむ、こういうことを説明した事がないからな…どういっていいか分からないが…」
「あ、僕はこの世界と違う点とか聞いてみたいな」
口を挟めば、ぎろりとティエリアに睨まれた。アルトは素知らぬ顔で「そうだな」と一人納得しているようだ。マイペースなのだろう。
「この世界との相違点は…まぁ俺もそうこの世界を知っている訳ではないが、確実な違いがいくつかある。…空が見えることだ」
アレルヤは、少しばかりどきりとした。
「俺が生まれるより前、俺のいた星にすい星が衝突した」
彼は淡々と語る。
「衝突によって文明は一度滅び、人類の多くが死んだ。また、二次災害により天候は常に曇りか、あるいは雪。人々は身を寄せ合い、凍える日々を過ごしていた。海は凍り、植物は枯れ、衝突した隕石のかけらを飲み込んだ動物たちが次々凶暴化していき…地獄絵図のようだった、と当時の本に記されている。それを好転させたのが、その彗星だ。彗星のかけらが新たなエネルギー源となる事が発見された。レンズ、と呼ばれるそれのお陰で技術は爆発的進歩を遂げる――そして、人々は灰色の世界を捨て、天上へと移り住む計画を立てた。
直径6mの巨大なレンズを動力源とする天上都市。だが…誰もが日の当たる天上都市に移り住める訳ではない。もちろん最初は全員が移住できるはずだった…しかし、最初に天上都市に移り住んだ人々が暴走を始めた。自らを天上人と名乗り、地上に住む人々を支配しようと目論んだ。
もちろん地上に住む人々は反発し―――戦争が始まった。これを、天地戦争という。ここまでは分かるか?」
「続けろ」
ティエリアは静かにそう言った。
「…天地戦争が始まった直後から、地上軍は明らかに劣勢だった。数でこそ天上軍に勝ってはいるものの、資源も物資も技術も、何もかもが天上軍に集結していたからだ。ベルクラントによる地上の破壊もまた、厳しいものだった」
「ベルクラントっていうのは?」
ロックオンが尋ねる。アルトは少し考えて、口を開いた。
「…ベルクラントは天上都市の作成に欠かせない巨大な機械だ。地上の大地を粉砕し巻き上げ、天に大地を浮かべる。それが本来のベルクラントの役割だ。しかし…戦争が始まってからは、もはや大量破壊兵器の様相を呈していた。病院や女子供など無差別に攻撃し、それは一部の人間から反感を買っていたらしい。やがて、地上軍に転機が訪れる。ベルクラント開発チームが新兵器のデータを持って、地上軍へやってきたからだ。
そこで作られたのが、人格投影型局地戦用決戦兵器。通称「ソーディアン」。剣型の携帯武器についたコアクリスタルに使い手の人格を投影し、極めて高い同調性を持つ。これにより使役者とソーディアンの意思疎通を図ることにより、コアクリスタルのエネルギーを増幅させ、強力な晶術を行使することが可能となった。また白兵戦においてもソーディアンとの意思疎通が活かされ、通常の剣を凌ぐ戦闘能力を発揮する。また、コアクリスタルを破壊されない限りソーディアンは永遠に死ぬことはない。地上軍所属ハロルド・ベルセリオス博士により理論が提唱された。完璧な理論だが実用化には技術力の高い人物の協力が必要で、地上軍の面々では力不足であった。
しかし、天上軍から亡命したベルクラント開発チームの助力により誕生することが可能となった。ディムロス、アトワイト、シャルティエ、イクティノス、クレメンテ、ベルセリオスの6本がある。各ソーディアンは使役者の人格を投影し、使役者の氏名が付けられている。これらのソーディアンのコアクリスタルに人格を投影した人物をオリジナルメンバーという。ソーディアンの使役者をソーディアンマスターまたはマスターという。
マスターはコアクリスタルから力を引き出すための資質が必要であり、ある者はソーディアンの声を聞こえる。
地上軍はこの兵器を携え、軍艦ラディスロウでダイクロフト心臓部に強襲し、地上軍中将、カーレル・ベルセリオスの命と引き換えに見事に勝利を収めた。これが天地戦争の概要だ。終結は今から三年前、ソーディアンは戦争終了時に封印され、今は暗い海の底で眠り続けている。
戦争が終結しても、取り巻く環境は変わらない。上からの無差別な攻撃はなくなったが…それだけだ。雲が完全に晴れるのは、何十、何百年先の事か誰にも分からない。しかし誰もがこれからの事に希望を持った…そんな世界だったよ」
語り終えて満足したのか、アルトは少しばかり口角をあげて、うんうんと頷いた。しかしティエリアはそんなアルトを鼻で笑う。
「大した妄想癖だな」
「は?」
イラッとしたらしい。声が明らかに喧嘩腰になった。
「聞こえなかったか?大した妄想癖だと言ったんだ」
「空想の話じゃない。事実だ」
「確固たる証拠もないのに、そんな事を鵜呑みにしろと?やはり話など聞かなくとも、君の処遇は決まったも同然だった」
「例え君にとっては荒唐無稽な話だとしても、俺にとってはすべて事実だ」
アルトは何かを噛みしめるように、静かに呟く。あまりの雰囲気に、全員が息をのんだ。ティエリアでさえも、だ。先ほどまでのアルトは科学者然としていて、明るく無邪気で…でもやはりそれだけではないのだ。元軍人だと、胸を張って言うだけの事はある。
「今でも、思い出せる。何の説明もなく両親の死を知らされた時の事も、戦場に放り出された日の恐ろしさも、寒さに震えながら生きるために人を殺した日の事も、野良犬みたいな俺に居場所をくれた家族の事も、その家族が敵指揮官と引き換えに死んだあの日の事も…リトラー総司令の終戦演説も。なにもかも。君がもしこれをすべて俺の空想だというなら、それはそれでかまわない。俺の事実は揺るがないし、人格も、意思も、これからの行動もかわる事はない。君が俺を殺そうというなら…俺は全力で抗うだけだ」
瞳に、視線に、恐怖を覚えるという事はそうある事ではない。彼はそれだけ長い間、戦禍に身を置いていたのだろうか。
「それに、確固たる証拠がない訳じゃあない」
「…は?」
ロックオンが小さく呟く。呆れのような驚きのような、微妙なニュアンスの含まれた呟きだった。
「あるのかよ!ならさっさと出せよ!!」
「俺はこれがこの世界に存在しているかどうか知らないからな。存在しているのであれば出しても意味はない。だが、先ほどから観察していた感じだとおそらくないのだろうと断定できる」
言いながら、血まみれのつなぎに取り付けられた数あるポケットの中からひとつ、水晶体を取りだした。太陽光を浴びてキラキラ光るそれは、クリスタルというには丸みを帯びている。何かの原石だろうか。
「これ、なに?」
思いつくままにそう尋ねれば、アルトは何でもない事のように言う。
「これはレンズだ」
「これが…」
「レンズだと…」
「さっき言ってたやつか…?」
「そうだな」
科学の水準を爆発的に上げたとされる結晶体、レンズ。アレルヤ達の知識はこんなものだが、話によればこれを取りこんだ動物は凶暴化するというではないか。それを思うとなんだか気味が悪い。
「これだけでは確固たる証拠にはいたらない」
「だろうな。まぁ見てろって」
言うと、アルトの足元に何かの陣が浮かび上がった。
「えっ!?」
「言い忘れていたが、レンズのエネルギーを用いて特殊な術を使うことができる。これを昌術といい、ある程度の訓練によって一般人でも使えるようになる。…もちろん、使いこなせるか否かは本人の才能次第だが…こんな風に。ファイアボール!」
ボッと火の玉が彼の掌の上に現れて、さっと霧散した。
「ちょっ!大丈夫!?」
慌てて彼の掌を掴むが、火傷したような形跡はない。何処からあの火の玉を出したのかも、どうしてそれがぱっと消えたのかもわからない。アレルヤは困惑しながらアルトの顔を見つめた。その表情にはなぜか呆れの様なものが含まれている。
「…だから、これが、昌術」
「しょうじゅつ…」
「レンズのエネルギーを用いた特殊な術だ」
言いながら、ティエリアに向き直った。
「で、納得はできたかな?眼鏡」
彼は人の神経を逆なでするのが好きなのだろうか。それとも若干恨みをこめているのか。アレルヤは戦慄しながらもそんな事を思った。
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