元軍人とテロリスト

「……!!心………下!!……血……!!」

頭のすぐ上で妙な声がする。声というには何処か合成じみているそれは、まるで姉の作ったロボットのようだ。しかし彼らにはこれほど可愛らしい、と表現されるような声は出せまい。では、そこにいるのは一体何だろうか。ここまで考えて、彼…アルト・ソクラテスは自分が砂の上に横になっている事に気づいた。足元が冷たい、いや、それ以上に異様に腹が痛い。目が開かない、眠たい、音が遠い。この状況は一体何だろうか。重たい瞼を無理やりこじ開け、声のする方を向いた。
そこにはオレンジ色の球体がぴょんぴょんと飛び跳ねていて、アルトは目を丸くする。可愛らしい容貌だ。一体だれが作ったのだろうか。興味にかられてぐっと手に力を入れ起き上がろうとすると、腹部の激痛がさらに酷いものになった。たまらず腹を押さえれば、ぬるりとした感触。これの感触は知っている。血だ。

自覚したとたん胃の奥から血の味がせり上がってきた。せきこめば吐血する。腹部に穴があいている。何か鋭利なもので刺されたのだろうか。この状況に至るまでの記憶は酷く曖昧で、ともかくこの傷を何とかしなければならない。砂に患部が接触していたのであれば破傷風の危険性もある。
オレンジ色の球体がころころと転がって近づいてきた。砂場だというのに、何処にも砂が入りこまないのだろうか。心配だ。

「心拍数低下!!出血多量!!処置セヨ!処置セヨ!」

なにが目的に作られたロボットなのかさっぱりだ。元気であればぜひ分解してみたい。

「げほっ!」

また血を吐いた。球体に少し血液がかかってしまったが、ぬぐう事もこの真っ赤な手ではままならない。ともかく自分に治癒術をかけることが先決だ。足元に陣を展開させた。

「聖なる活力…此処へ」

光が煌めいて、傷がみるみる治っていく。引いていった痛みに、アルトは深く息を吐きだした。ただの処置にここまで体力を消耗するとは…いや、元から消耗していたのかもしれない。ここに来る前の事は全くもって覚えていないが、どうやら自分は戦闘をしていたらしい。腰に取り付けられた剣がいい証拠だ。つかと鞘を紐で縛り付け、抜けなくなっている二本の剣はだいぶ汚れていた。まぁ今の己の格好よりましだろう。血まみれの腹部を見ながらそんな事を考える。

「!!!呼吸安定!!出血無シ!治ッタ!!治ッタ!!」

そういえばこの球体の存在を忘れていた。自分の手をじっと見やり、流石にこの手では触れないので洗い流そうと後ろを振り返った。

そこには、アルトが見たことがない風景が広がっていた。
深い青色の海、何処までも広がる青い空、風に流されながら進む白い雲。美しい、と一言で表すのをためらうほどに美しい光景。瞬きすら忘れそうなほどの素晴らしい景色に、アルトは胸の奥から何かが込み上がってくるのを感じていた。これをなんといえばいいのか。感動というべきか、好奇心というべきか、それとももっと別の何かか。
手が震えているのに気がついたが、それを無視して海に手を突っ込んだ。じわり、海に広がる赤色にちりちりと胸の底が焼ける感覚を覚えた。ぺろりと舐めた水は酷くしょっぱい。海は塩水なのだ。当然といえば当然であるが、アルトがそれを実感するのは初めてのことだった。

「ドウシタ?」

球体が問いかける。アルトは少しばかりうなると、海水に濡れた手でそっと、その球体を持ち上げた。パタパタと動く上部にあるふたの様なものは耳と形容していいのだろうか。そのなかに手らしきものが収容されている。前部には目のようなものがあり、球体が喋るとともにピコピコと点滅していた。

「…お前、なんだ?」

「ハロ!」

球体、もといハロは元気よく答えた。

「ハロ、か」

遠くから誰かの声が聞こえる。おそらくハロをよんでいるのだろう。「ロックオン!」とハロは相変わらず合成されたような声音でいった。

「…人がいるのか」

好都合だ。ここは一体どこなのか教えてもらおう。しかしこの血まみれの格好でいっても大丈夫なのだろうか。下手をしたら卒倒するかもしれない。
その時はその時か。元々が軍人なだけあって、アルトの肝は恐ろしいほど据わっている。

森のような道なき道を進もうとすれば、ハロが「コッチ!」と道案内をしてくれた。どうやら砂浜を進むらしい。ぴょこぴょこと跳ね、時にはころころと転がる姿は非常に可愛らしい。ハロルドもこういう可愛らしい物体を作ればいいのだ、アルトは口の中でもごもごと呟いた。彼女と可愛らしさという点で意見があった事はないのが難点だ。ドリルだビームだジェットエンジンだなどということでは滅多に意見が食い違わないのだが。

しばらく進むと、おそらく人が過ごしているであろう形跡が見え始めた。
いくつかの足跡、浜辺に置かれた椅子と机。おそらく数人が生活しているであろう空間に、アルトは目を細めた。

目の前で、茶髪の男が真っ直ぐに銃を突きつけてきたからだ。

「…誰だ」

男の声は堅い。緊張か警戒か、あるいはその両方か。

「誰って」

アルトはとわれて、ふむ、と顎に手を当てて考えた。

「とりあえず、名前はアルト・ソクラテスだ。年は21。いまは科学者をやって自堕落な生活を送っているな」

「科学者だ?…どうやってここまで来た」

「どうやっても何も、俺もあまり覚えていないから」

きっぱりとそう言えば、男の眉がひそめられた。疑っているのか、ふざけた回答だと思われたのか。しかしアルトは潔白である。銃を突きつけられるような覚えもなく、極めて遺憾だと口に出さずとも態度が物語っていた。ふてぶてしく近くの椅子に座り、胸にハロを抱いてマイペースにも続きを語りだす。

「ここに来る前の記憶がないんだ。おそらく…戦闘中だったのだろうけど」

「戦闘?お前、軍人か?科学者じゃねーのか」

「元、軍人だ。戦争は既に終結している」

アルトは淡々と語る。

「所属はどこだ?」

「地上軍だ」

「は?」

「地上軍だ」

二度言った。

「ちじょう…?」

「敵は天上軍。…ふむ、君が困惑するのも無理はないことだ」

アルトは机の上に置かれたコップを手に取り、ふんふんと匂いを嗅いだ。アルコールの匂いに酒らしいという事を把握すると、眉をしかめてコップを置き直す。

「この世界の話じゃないからな」

「はぁ!?」

「俺は違う世界から来たと言っているんだ」

何でもないように、それがさも当然であるというように、アルトはいう。

「つまりは異世界人だ。分かるか?」



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