窓際で耳を澄ませば、小波の音が聞こえる。
周期的な心地よい波音に耳を傾けて目を閉じると、眠気が襲ってくる。
午後の授業ということもあり、眠気はピークだった。今は授業というか、話し合いの時間だが。
委員長が教壇に立って何か話しているようだけど、意識が遠のく私にはほとんど聞こえなかった。
うたた寝の間に夢を見た。波音に影響されてか、子供の頃に絵本で読んだ童話の夢。
すべてを捧げてもいいと思えるほど、心から愛せる王子様に出会って、恋に落ちる。
夢のハッピーエンドを見ようとした時、誰かが私の肩をつついた。
「#苗字#さん、起きてる?」
「あ…佐伯くん」
「もう話し合い終わっちゃったよ?」
「え、うそ!私ほとんど寝てて聞いてない…!」
「そうだろうと思ったよ」
隣の席の佐伯くんは苦笑いを浮べて、話し合いで決まったことを教えてくれた。
「文化祭でやる劇の内容についての話し合いだったんだけどね、六角は海に恵まれてるから『人魚姫』がいいんじゃないかってことになったんだ」
「へぇー」
「それでね、主人公の人魚姫を#苗字#さんがやることになったんだよ」
「えっ?なんで私なの!」
「クラスで1番綺麗な子がいいっていうクラス全員の意向でね」
「私より綺麗な子なんていくらでもいるじゃない」
「そう謙遜しないで、#苗字#さんは十分綺麗だよ」
前から気になっていた人に綺麗だなんて言われて、嬉しくないわけがない。
佐伯くんに照れていることがバレないように、緩みそうな口元を抑える。
「それに#苗字#さん、主役でいいかって委員長が聞いた時に頷いたよね?」
「私が?頷いたの?」
「やっぱり。あれは寝てて首が揺れてただけだったんだね。丁度いいタイミングで揺れるから、みんなOKだと受け取ったんだよ」
「なんて不運な…」
「まあ俺は寝てるんだろうなと思ったけど」
「じゃあ起こしてよ!」
「俺も人魚姫には#苗字#さんが適任だと思ってたから、わざわざ起こす必要ないかなーと思って」
それ以上、爽やかに笑う佐伯くんには何も言えず、寝ていた自分が悪いんだから引き受ける他ないか…と肩を落としていたが、佐伯くんが思いがけず着火剤をくれた。
「それに主役なんて誰にでもできるものじゃないんだから、貴重な経験だと思って頑張ろうよ」
「うん…」
「それと、王子様役は俺だから、よろしくね」
放課後の太陽に照らされる佐伯くんの笑顔は、いつにも増して輝いて見えた。
やっぱり、佐伯くんに恋する私こそ、王子様に恋する人魚姫に相応しいのかも。
本番まであと1週間を切った。
セリフもほとんど覚えて、何度も練習を重ねた演技も板についてきた。
衣装も出来上がり、今日は衣装を着て初めてのリハーサル。友達に本番を想定してメイクやヘアセットもしてもらった。
「はい、できたよ。目開けてみて」
「…わぁ…私じゃないみたい」
「まあ、私のメイクの腕がいいのよ」
ふんっと自慢げな友達の腕前は、お世辞抜きで相当凄いと思った。
「ありがとう!これで主役頑張れるよ!」
「舞台袖から見守ってるから、頑張りなさいよ」
「うん!」
もう1度鏡に映る姿を見つめる。
佐伯くんにこの姿を1番に見てほしいと思った。
佐伯くんを探して歩き回っていると、遠くに佐伯くんの姿が見えた。
「さえ――――――――」
佐伯くん、と言いかけて止めた。
彼の隣に女の子がいたから。
あれは同じクラスの子。劇でお姫様役をする子だ。
楽しそうに談笑する二人の間に入ることなんて出来なかった。
佐伯くんの大きな手が彼女の頭を優しく撫でる。彼女は幸せそうに目を細めている。
佐伯くんの手が彼女の頬に滑り落ちたときに、目を背ければよかったのに。目を離せなかったのは、私の欲しかったものが他の子に与えられるのが羨ましかったからだと思う。
重なり合う二人の影を遠くから眺める。
少し触れ合っただけの唇を離して見つめ合う二人は、まさにハッピーエンドを迎えた王子様とお姫様だ。
主役だから王子様と結ばれると思っていた。
違ったんだ。
しかし、台本通りのストーリーだなと、頬を伝う涙を拭わずにぼんやりと考える。
『人魚姫』で王子様が最後に選ぶのは、お姫様。人魚姫は泡になって消えていく。
1週間後に迫った劇中でも、私は最後は海に身を投げ捨てて泡になるというラストだ。もちろん、愛する王子様に近づくために美しい声を失って。
幸せそうに笑い合う二人を遠くに眺めて、バッドエンドを迎えた私は彼の名を呼ぶこともできずにその場から離れた。
人魚姫は泡になって消えていく。
周期的な心地よい波音に耳を傾けて目を閉じると、眠気が襲ってくる。
午後の授業ということもあり、眠気はピークだった。今は授業というか、話し合いの時間だが。
委員長が教壇に立って何か話しているようだけど、意識が遠のく私にはほとんど聞こえなかった。
うたた寝の間に夢を見た。波音に影響されてか、子供の頃に絵本で読んだ童話の夢。
すべてを捧げてもいいと思えるほど、心から愛せる王子様に出会って、恋に落ちる。
夢のハッピーエンドを見ようとした時、誰かが私の肩をつついた。
「#苗字#さん、起きてる?」
「あ…佐伯くん」
「もう話し合い終わっちゃったよ?」
「え、うそ!私ほとんど寝てて聞いてない…!」
「そうだろうと思ったよ」
隣の席の佐伯くんは苦笑いを浮べて、話し合いで決まったことを教えてくれた。
「文化祭でやる劇の内容についての話し合いだったんだけどね、六角は海に恵まれてるから『人魚姫』がいいんじゃないかってことになったんだ」
「へぇー」
「それでね、主人公の人魚姫を#苗字#さんがやることになったんだよ」
「えっ?なんで私なの!」
「クラスで1番綺麗な子がいいっていうクラス全員の意向でね」
「私より綺麗な子なんていくらでもいるじゃない」
「そう謙遜しないで、#苗字#さんは十分綺麗だよ」
前から気になっていた人に綺麗だなんて言われて、嬉しくないわけがない。
佐伯くんに照れていることがバレないように、緩みそうな口元を抑える。
「それに#苗字#さん、主役でいいかって委員長が聞いた時に頷いたよね?」
「私が?頷いたの?」
「やっぱり。あれは寝てて首が揺れてただけだったんだね。丁度いいタイミングで揺れるから、みんなOKだと受け取ったんだよ」
「なんて不運な…」
「まあ俺は寝てるんだろうなと思ったけど」
「じゃあ起こしてよ!」
「俺も人魚姫には#苗字#さんが適任だと思ってたから、わざわざ起こす必要ないかなーと思って」
それ以上、爽やかに笑う佐伯くんには何も言えず、寝ていた自分が悪いんだから引き受ける他ないか…と肩を落としていたが、佐伯くんが思いがけず着火剤をくれた。
「それに主役なんて誰にでもできるものじゃないんだから、貴重な経験だと思って頑張ろうよ」
「うん…」
「それと、王子様役は俺だから、よろしくね」
放課後の太陽に照らされる佐伯くんの笑顔は、いつにも増して輝いて見えた。
やっぱり、佐伯くんに恋する私こそ、王子様に恋する人魚姫に相応しいのかも。
本番まであと1週間を切った。
セリフもほとんど覚えて、何度も練習を重ねた演技も板についてきた。
衣装も出来上がり、今日は衣装を着て初めてのリハーサル。友達に本番を想定してメイクやヘアセットもしてもらった。
「はい、できたよ。目開けてみて」
「…わぁ…私じゃないみたい」
「まあ、私のメイクの腕がいいのよ」
ふんっと自慢げな友達の腕前は、お世辞抜きで相当凄いと思った。
「ありがとう!これで主役頑張れるよ!」
「舞台袖から見守ってるから、頑張りなさいよ」
「うん!」
もう1度鏡に映る姿を見つめる。
佐伯くんにこの姿を1番に見てほしいと思った。
佐伯くんを探して歩き回っていると、遠くに佐伯くんの姿が見えた。
「さえ――――――――」
佐伯くん、と言いかけて止めた。
彼の隣に女の子がいたから。
あれは同じクラスの子。劇でお姫様役をする子だ。
楽しそうに談笑する二人の間に入ることなんて出来なかった。
佐伯くんの大きな手が彼女の頭を優しく撫でる。彼女は幸せそうに目を細めている。
佐伯くんの手が彼女の頬に滑り落ちたときに、目を背ければよかったのに。目を離せなかったのは、私の欲しかったものが他の子に与えられるのが羨ましかったからだと思う。
重なり合う二人の影を遠くから眺める。
少し触れ合っただけの唇を離して見つめ合う二人は、まさにハッピーエンドを迎えた王子様とお姫様だ。
主役だから王子様と結ばれると思っていた。
違ったんだ。
しかし、台本通りのストーリーだなと、頬を伝う涙を拭わずにぼんやりと考える。
『人魚姫』で王子様が最後に選ぶのは、お姫様。人魚姫は泡になって消えていく。
1週間後に迫った劇中でも、私は最後は海に身を投げ捨てて泡になるというラストだ。もちろん、愛する王子様に近づくために美しい声を失って。
幸せそうに笑い合う二人を遠くに眺めて、バッドエンドを迎えた私は彼の名を呼ぶこともできずにその場から離れた。
人魚姫は泡になって消えていく。
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