残雪
「ええー!さくら今夜帰って来ないのー?」

「ごめんね、白。今年のクリスマスは二人で過ごそうってずっと前から真子と約束してたから」

「ええな。恋人とクリスマスの夜を過ごす、理想のシチュエーションやないの!二人だけの世界ではあんなことやこんなことも…」

「てめぇが言うシチュエーションってのはいちいち如何わしいんだよ」

「何言うてんねん、拳西。性なる夜なんやから当然やん」

「リサ、漢字変換間違ってるぞー。聖なる夜、な。聖夜(ノエル)だぞ」

「ラブっち〜、口頭なのに漢字変換とかあるの?」



これから真子が借りているアパートへ行こうとしたところを白に見つかってしまい、先にアジトを出た真子の代わりに質問攻めに遭う羽目になってしまった。毎年クリスマスはアジトでみんなで飲み明かしていた(クリスマスに限ったことではないけど)から、今年もそうだと思っていたらしい。さては真子、誰にも言ってなかったな。



「さくらサン、これどうゾ」

「何この箱?」


ハッチに渡された箱の中には二人分のチキンとケーキが入っていた。ハッチが私と真子の分を取り分けてくれたのだろう。


「楽しんでくだサイ」

「ハッチ〜ありがとう〜!」

「ねーねーはっちん、私の分はー?」

「白サンの分はちゃんとありますヨ」

「やったぁー!」



「さくら、いつもは騒がしくて二人きりの時間は少ないんだから、今日くらいゆっくり楽しんできなよ」

「クリスマスにさくらを連れ出すなんて、真子のやつも隅に置けねぇな」

「ローズ、ラブ…」

「ひよ里もそんなとこでしかめっ面してねーで、いってらっしゃいくらい言ってやれよ」



ラブが廃材の上で胡座をかいてつまらなそうにこちらを見ていたひよ里に声を掛けた。ラブが話しかけたことで、いっそう眉の皺が深くなったように見える。



「さくら、うちは認めへんで」

「へ?」

「あんな野蛮な猿と二人きりでクリスマス過ごすなんて危険に決まっとるやろ!!襲われそうになったら腹の底から叫びや。うちがすっ飛んでって、あのハゲシバいたるわ!」

「…ぷっ、そうね」

「何笑ろてんねん!うちは本気でさくらを心配してんねんで!?」

「ありがとうひよ里。危なくなったらそうするわ」



ひよ里に大切にされてるのが嬉しくて、こんなに私を思ってくれるひよ里が可愛くて、小さな彼女の頭を撫でた。ひよ里はそっぽ向いて「子供扱いすんなや」と文句を言っていたが、どことなく嬉しそうに見えた。




「じゃあ行ってくるね」

「気ィ付けて行きや」

「ばいばーい!」


皆が見送る中、アジトを出て少し歩くと見慣れた金髪が電柱に凭れてこちらを見ていた。



「えらい遅かったやん」

「真子…こうなるの分かってて先にアジト出たんでしょ」

「さァ?」

「真子がみんなに説明してなかったから大変だったんだよ!もうっ」

「それはスマンなぁ?」

「絶対悪いと思ってないでしょ」

「そないカリカリすんなや、クリスマスやで?もっとイチャイチャしようや」

「なんか真子が言うと如何わしい…」

「おま、仮にも彼氏に酷いわ」



口では傷付いただの何だの言ってるくせに、真子はしっかり私の手を絡め取って歩き出す。もちろんそれが嫌なわけがなくて、緩む口元を隠してついて行く。



「少し寄り道してってもええ?」

「うん?いいけど、どこ行くの?」

「行ってからのお楽しみや」



そのまま行き先も分からず真子に連れられて歩くこと数分。辺りにちらほら色とりどりの電球が現れてきた。



「真子、まさか」

「ん?」

「今から行くのって…イルミネーション?」

「お、察しがええな。けど、そういうのは分かっても黙っとくもんやで。連れてこられて初めて、わぁすごーいって目を輝かせるのが彼女の役目やろ」

「夢見すぎ」

「うるさいわ。ほら、着いたで。絶景スポット」



そこに立つとクリスマス一色になった空座町を一望できた。色とりどりの電球が街を彩る。



「綺麗…」

「良かったわ、喜んでくれたみたいで」

「ねぇ真子、もしかして先週のリサたちとの話聞いてたの?」

「何のことやろな?」

「とぼけないでよ。この前アジトでリサたちと雑誌広げてイルミネーション特集見て話してたの、聞いてたんでしょ」

「それは奇遇やな」



あくまでも偶然を装う真子に、これ以上問い詰めても彼が頷くことはないと考えて私が折れた。でもきっと真子は私がイルミネーションを見たいのを知ってて、連れて来てくれたんだと思うとどうしようもなく嬉しくなった。



「真子、ありがとう」

「おん、ええで」

「愛してるよ」

「…俺も」

「俺も?何?」

「察せや、阿呆」

「言ってよ。イチャイチャしたいって言ったの真子じゃん」

「はぁ……愛してんで、さくら」



その一言できゅうっと胸を締め付けられる。百余年も前に恋に落ちたというのに、未だにこの恋は色褪せないようだ。源氏に恋した御息所もびっくりの大恋愛だろう。




「現世(こっち)に来てからアジトに籠りっぱなしで二人きりの時間なんてほとんど無かったから、今この時間がすごく幸せに感じるわ」

「私も。…真子?」

「ん?」

「私ね、半分虚になっちゃったけど、それでも真子の隣に居られるから幸せだよ」

「…」

「後悔とか恨みがないってことじゃないけど、でも今この瞬間、真子と過ごせることが私にとっての何よりの幸せなんだ」

「あんまり可愛えこと言うてるとケーキより先に食ってまうで?」

「あれ?私初めからそのつもりで下着も新調して来たんだけど?」

「気合い入ってんなぁ?」



ニヤっと艶めかしく笑う真子にもドキッとする。ああ、この幸せが永遠に続けばいいのに。その願いが長くは続かないことなんて、1度百年前に思い知らされたはずなのに、また願う私はどうしようもない馬鹿なんだ。




「さくら」

「なに?」

「まだ俺のこと好いてくれてるか?」

「急にどうしたの?さっきも言ったじゃん」

「まあ、せやけど。よう考えたら俺らが恋仲になったの、もう百年以上も前のことやろ?そろそろ俺に飽いた頃ちゃうかなーと思って」

「何、真子は私に飽きたの?」

「ンなわけあるか」

「そっくりそのままお返ししまーす」

「まだ、昔と変わらず愛してええんか?」

「そうだねー。むしろ真子が愛してくれないと、もうこんな残り物誰も相手してくれないよ」



顔を見合わせてふっと笑う。一時でいいから、この幸せを噛み締めたい。いつか離れる運命にあったとしても、百年色褪せなかったこの思いだけは嘘じゃないから。

私たちの肩に降り積もる雪よ、どうか解けないで。私たちの思いのように。

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