――――なんだこれ。

この言葉は、何に対してのものなのか。現状、自分の行動、目の前にいる生き物――もしかしたらその全てかもしれない。
蛭魔妖一は、思わずため息とも呼べない小さな息を吐いた。


現状を説明するには、少々時間を遡る。
今日も今日とて元気のいい部員たちと共に汗水たらした(表現は爽やかだが、射撃音と悲鳴が響いていたのは言わずもがなである)部活終わり。
皆が帰宅し、しんと静まり返った部室に蛭魔は一人、データ整理のために残っていた。
いつものよう無糖ガムを咀嚼しつつノートパソコンと向き合う。
どのくらい時間がたっただろうか。
ふと、机の方から物音が聞こえた。
何か物が落ちたのだろうかと何気なく机の上に目を向ける。

「・・・あ?」

間抜けな声が出たのは無意識であった。
机の上に俯せに倒れていたもの、それは―――手のひらサイズの、半透明な羽が生えた女の子であった。

「…へった」
「?」
「おなか、減った…」

どうやら、人間でいう「行き倒れ」状態らしい。
余談だが、思ったよりしっかりした声が聞こえてきて少し驚いた。イメージは高いアニメ声だったのだ。所詮、勝手なイメージでしかなかったが。

なんだこいつと思いつつ、すらりと伸びる人差し指でツンツンと頭(と思われる)部分をつついてみる。
すると、その生き物は小さいうめき声と共にノロノロと顔を上げた。
あ、目が合った。

「…うぎゃっ!ににににんげん!」
「テンションたけぇな」
「え!?あ!?うえ!?」
「日本語喋ろ」
「あ、はい、って普通逆じゃないかな!?普通君が驚く方じゃないかな!?」
「というかお前何だ?虫?」
「虫!!?」
「ケケケ、冗談だ」
「君は意地悪だ!あたしは妖精と呼ばれるモノだよ。普段は人間から隠れて生活してる」
「へー。じゃあなんでこんなとこにいんだよ?」
「あぁ、それが、ちょっとしたお遣いで…そしたら迷って帰れなくなっty…うぅ」

そこで力尽きたのか糞妖精はパタリと横に倒れた。
いくら悪魔悪魔と呼ばれていようが、目の前で「ごはん・・・ごはん・・・」と呟きながら捨てられた子犬のような目で見つめられるとなんだか可哀想になってくる。
周りに誰かがいればそいつに丸投げするところだが、生憎現在部室には自分ひとりだ。
そういえば、今日帰り際に糞ジジイがコンビニのおにぎりを寄越したっけと思い出す。
丁度いいかと鮭おにぎりを差し出した(といっても、目の前にドンと置いただけだが)。
勿論憎まれ口は忘れずに。
(先ほど無糖ガムを差し出してみたが、「美味しそうなにおいがしない」という理由でそっぽをむかれた。何様のつもりだと言いたい。)

「これは、お、お、お、おにぎり!?いいの!?くれるの!??」
「だから、そう言ってんだろ。いらねぇなら俺が食う」
「いるいるいるいる!いります、ありがとう!!神様仏様人間様!」
「おう、もっと崇め称えろ」
「うわぁーい!美味しいーもぐもぐもぐ」
「スルーかオイ」

こいつは人の話を聞きやがらねぇ。
包装を無駄のない動きで剥がした後、自分の体くらいの大きさもあるおにぎりに食らいつく。
どんだけ食い意地はってやがんだというセリフは、心底幸せそうな表情を見たために声になることはなかった。

〜〜〜〜〜

「ふへー・・・。満腹満腹!」
「・・・全部食ったのか」
「あれれ、ごめん、残しといた方が良かった?」
「いや、構わねぇけど」

・・・全部食うとは思わなかった。
自分の背丈ほどもあるおにぎりをぺろりと平らげるとは。
どんな胃袋してんだ、妖精ってやつは。
どうも、目の前のこいつは、妖精という儚げで神秘的なイメージとはかけ離れている。
糞猿たちがこいつを見たら夢が壊れたとかなんとか騒ぎそうなくらいだ。

「人間にも親切な人っているんだね!」

などと言いつつ、回復して元気に飛び回る糞妖精。
悪魔と呼ばれる自分が親切とは。思わずケケケと笑いがこぼれた。


鮭おにぎり
(日常に溶け込んだ非日常)





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