帰宅する人々が、夜の街灯に照らされて歩いていく。サラリーマン、買い物帰りらしい女性、はたまた、私のような部活帰りの高校生。少し注意深くまわりを見てみると、実にさまざまな人がいることに気付く。携帯を見ていたり音楽を聴いていたり、外界との遮断がしやすい現代で、私はなんとなくまわりを見ていた。
運動部に所属している人なら理解してくれると思うが、部活帰りにはもう死にそうなくらい空腹なのである。私はいつもコンビニでなにか買って、食べながら帰るのを習慣にしていた。母には夕飯もあるから程々にしておけと毎回言われるのだが、我慢などできるはずがなかった。いつも通りコンビニに入っていき、いつも通りお茶のペットボトルを取り上げ、いつも通りレジに並ぶ。がっつり食べたいしまた肉まんだな、そうぼんやり考えていると、視界に金色がちらりと入った。
普段なら気にしていなかったような気もするが、たまたま今日の私はまわりを見てみる気分だったので振り返る。するとそこには泥門高校では有名な、鬼畜悪魔蛭魔妖一がいたのである。

「蛭魔妖一」
「あ?」
「あっ」

そんなつもりもなかったはずなのに、ぽんと口から彼の名前が出てしまった。部活はもちろんのこと、クラスだって違うから彼にとってはよく知らない女に名前を呟かれたことになる。この悪魔相手にやってしまっただろうかと不安になっていると、蛭魔は脅迫手帳を開いて納得したようにまた閉じた。

「糞テニス部か」
「…ど、どうも」

まさか話しかけられるとも思ってなかったので、少し震える声で挨拶を返した。話を広げることも出来ず蛭魔をじっと見つめたまま固まっていたけれど、店員さんの「お次のお客様!」という声で視線から逃れることができた。

次の日もその次の日も、さらにその次の日だって、私は肉まん習慣をこなすため、コンビニに入る。するとやはりそこには金髪を揺らして店内をうろつく蛭魔がいつもいた。もしかしたら私が気づかなかっただけで、いつもこの時間にいたのかもしれない。なんかいつもガムばっか買ってるよなぁ、と考えながらいつも通り肉まんを購入し外に出る。紙袋から肉まんを取り出すと、ほかほかと美味しそうな香りが私の鼻を刺激した。

「よっしゃ」
「いつもそれ食ってんな」
「うお!?」

華の女子高生とは思えないくらい気合いの入った声をあげて私は飛び上がった。いつの間にか蛭魔が隣に立っていて、その手には私と同じ肉まんがあった。

「……蛭魔はガムしか買わないんじゃなかったの?」
「ほお、よく見てるじゃねえか糞肉まん」

よく見てる、と言われ、何故だかどきりと胸が高鳴った。あれ、と思ったのも束の間、糞肉まんという呼び方はどうなんだとつっこむ。まるで私がおでぶちゃんのような言い方だ。確かに毎日肉まんは食べているけれども。
変なあだ名がついてしまったとむくれて蛭魔を見ていて、あることに気づいた。確かに蛭魔も肉まんを持っていたのだけど、私のものとは決定的に違ったことがあった。

「……蛭魔それもしかしてプレミアム肉まん?」
「あ?……あーそうかもな」
「うっそでしょ金持ち」
「……50円の差だろうが」
「学生にとっては高いよ」

そう、蛭魔が持っていたのはあのコンビニの最高級肉まんだったのだ(コンビニごときだからたかが知れているけれど)。毎日の習慣により金欠気味の私は、腹を満たすというせめてもの目的を達成するためになるべく安いものしか買っていないのだ。だから私の手にある肉まんも安い方ということになる。プレミアム肉まんを食べたことがない私にとっては、蛭魔が持っている肉まんがとんでもなく輝いて見えた。

「マッジかうわあーさすが泥門の悪魔だよなんの躊躇もなくプレミアム肉まん買うなんて…なんてやつだ」
「悪魔は関係ねえだろ」
「うっわー……肉の量がまず違うじゃん…なんとかぐわしいかおりだ」
「近寄んな糞肉まん」

自分の肉まんをもぐもぐ食べているにも関わらず、獣のような目で蛭魔に近寄る。あまりにも必死な私の姿にドン引きした彼は、しっしと手で私を追い払う仕草をした。それでも美味しそうな肉まんが悪い。私が蛭魔を見上げると、あからさまに嫌そうな顔をした。

「蛭魔……ひとくちちょうだい!」
「言うと思った」

目がヤベェ、と蛭魔が舌打ちをする。普段高校で見かけたときにそんな態度をとられたら、きっと悪魔を怒らせたと思って怖がってしまうだろう。…いや、ここ最近毎日コンビニで蛭魔を見かけていたせいか、もう私はすっかり蛭魔への恐怖心を失っていた。でないとこんな命を投げ捨てるような真似をしてまでプレミアム肉まんをねだることなんてしない。
精一杯の笑顔で蛭魔を見つめていたら、観念したのか蛭魔ははあとため息をはいた。それから彼はひとくちサイズに肉まんをちぎって私に渡してくれた。

「やったぁぁ!頼んでみるもんだね!ありがとう蛭魔あんたは悪魔じゃない天使だ!」
「気持ち悪ィこと言ってんじゃねえよ」
「……あーひとくちでもこんなに美味しいなんて。ありがとうひる、」
「寄越せ」

ひとくちプレミアム肉まんをさっそく口に入れて楽しんでいたら、蛭魔は私の台詞を遮って私の肉まんを持っている方の手をがしりと掴んだ。反応する間もなく、蛭魔は私の食べかけの普通肉まんにかぶりつく。

「……あんま変わらねえだろ」
「……………」

ひとくちにしては食べる量多すぎませんかとか、言ってくれれば普通にあげたのに乱暴な奴だなとか、いろいろ言いたいことはあったけれど、それよりも私は、私の食べていた部分に蛭魔がかぶりついていたことに意識がいっていて、なんの反応も出来なかった。

(……か、かんせつキ…いや、肉まんでもそう言うのか……?あれ、)
「なに固まってやがる」
「えっ、あ、いやその、………プレミアム肉まんの味よくわかんなくなったじゃんふざけんな」
「ああ?元からかわんねえだろこんなの」
「………蛭魔って悪魔だ」
「さっきと言ってることがちげえ」

ずっと続いていた習慣が崩れてしまいそう。肉まんなんていう色気がこれっぽっちもないもので、今回のことを思い出してどきどきするなんて、そんなの耐えられない。自分の肉まんを食べるべきかわからなくなってしまって、手のなかの肉まんを見つめる。私が変な態度であることに気付いたらしい蛭魔は、また私の手首を掴んだ。

「わっ!ひ、蛭魔………な、なに!」
「また明日、な。糞肉まん」

それだけ言うと蛭魔は、ニヤリと楽しそうに笑って去っていった。ぽかんとしてその背中を見送っていると、いつの間にか私の両手に肉まんがあることに気付く。

「あれ?…あ、こっちプレミアム肉まん………あれ、あれ」

あの一瞬で知らぬ間に私は蛭魔からプレミアム肉まんをいただいてしまったらしくて。蛭魔の謎過ぎる行動にまたぽかんとして、結局どちらの肉まんにも蛭魔がかぶりついたあとが残っていて、私はまた顔をボッと熱くさせる。

「……ああわかったよ勿体ないから食べるよ!」

がぶり。両方の肉まんを同時に口に突っ込むと、少し容量的に無理があったのか口が膨らむ。もう味なんてわかるわけがなかった。

(蛭魔の野郎、余裕こきやがって…いつか見返してやる!)

しばらくして肉まんが気に入ったらしい蛭魔に、いろいろなところの肉まん巡りに付き合わされたのはまた別の話だ。





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