「名前ちゃーん!明日さ、学校昼までじゃん?そのあとアメフト部の奴らで集まって昼メシ食うんだけど名前ちゃんも一緒に食わね?」
と、ある日の休み時間に廊下で水町くんに声をかけられた。
「楽しそう!何食べるの?」
「ヒミツ〜!もし来るんだったら名前ちゃんは…そーだなー…摩季ちゃんと一緒にテキトーに皆の分の箸買ってきてよ!」
「え、それだけ?」
「それだけ!後は来てからのお楽しみ!どうする?」
そこまで焦らされては、行かないわけにはいかない。
しかも水町くん自らのお誘いとあればなおのこと!
「じゃあ行くー!」
「ンハッ!オッケー!!」
後は摩季ちゃんに聞いといて!と言って、水町くんは教室に戻っていった。
なんだろう、ヒミツって言ってたけどまさか闇鍋とかじゃないよね?
それはさすがに筧くんが許さないよね?…などと色々考えながら、次の日を楽しみに生きることにする。
そして次の日、アメフト部マネージャーの摩季ちゃんと一緒に近くの百均で適当に買ってきた人数分の割り箸を持ってアメフト部の部室へとお邪魔すると…
「ンハッ!今日の昼メシはすき焼きでーす!!!」
─ラブはスキヤキのあとで─
「はあああああああああああああああ?!?!」
目の前に広がる机いっぱいの野菜(下準備済み)、肉(大量)、そして出汁香る大きめの鍋とカセットコンロ、これまた大きめの炊飯器が二台!!
想像以上の本格的な状況に私が素っ頓狂な声を上げると、ちょうど入口付近に立っていた筧くんが声をかけてきた。
「苗字も誘われたのか?…俺はやめとけっつったんだけどな…」
「いやあの、ていうかどうしたのコレ?!?!」
テンパる私をよそに、アメフト部の皆さまは特に驚いてる様子もなく、むしろ早く食べたそうに鍋をガン見している…
私から箸を受け取った摩季ちゃんは、そんな皆にさっさと箸を配っていく。順応早いよね?早過ぎるよね?
まだ箸を握ったままポカンとしている私に、キャプテンの小判鮫先輩が困った笑顔で器を渡してくれた。
「アハハ、寄せ鍋の方が匂いが出なくていいって言ったんだけどねー」
「そういう問題じゃないですよね?!」
「まあ全部水町が知り合いに頼んで用意してくれたらしいから、後でお礼言っといてあげてよ」
「ったく…先生にバレたらどうすんだマジで…」
溜め息混じりにぼやく筧くんだけど、その手に箸と器持ってる姿はとても後のことを真剣に悩んでるようには見えませんね。
やがて準備ができたようで、水町くんが合図をすると共に、男子高校生らの激しいすき焼きタイムが始まった…
ようやく激しさも落ち着き始めたところで、せっかくなので材料を煮込む役をしつつ、隣でご飯かき込んでる水町くんに質問。
「水町くん、ほんとにこれ…全部どうしたの?」
「んん?ほふぁ、はっふぉーのひはふにふぉうへんはい…」
「まず口の中の物を飲み込んでから喋りなよ。全く落ち着きない男だね君は…」
鍋から適当に野菜と肉をよそいながら、大西くんが呆れたように言う。
さっきまで大平くんと肉取り合戦してた人のセリフじゃないよねと思ったけど、黙っておくことにした。
「んぐ……ほら、学校の近くに商店街あるじゃん?あそこのオジちゃんオバちゃんが用意してくれた!」
「ええ?!これ全部?」
「全部!」
「親戚か何かかよ…」
次々に左から大平くんにお茶を差し出され、右からよそった肉やご飯を差し出されてウンザリしている筧くんが、水町くんの発言に思わずツッコミを入れた。
「えっとな、肉屋の芳昭さんと八百屋のマサさんと隆さんと豆腐屋の順次さんは草野球してて俺今もそこに助っ人行くしー、金物屋のハナエばーちゃんはガキん時から俺ん家ご用達だし、あと米屋の橋本のじーちゃんはよく町内会のイベントで…」
「なにその交遊関係?!」
「ンハッ!皆めっちゃ優しいんだぜー?名前ちゃん肉おかわり!!」
「あ、はいはい…お肉ね…」
すごい…友達とか多いのは知ってたけど…改めてすごい…ていうか町内会のイベントとか参加してるんだ……
水町くんにお肉をよそってあげた後、自分の分もよそって煮込み役を摩季ちゃんに代わってもらい、改めて器の中のとき卵と共にお肉をほお張る。
口の中に広がるお肉と割り下と卵のハーモニーったらない!
「ん〜それにしても…お肉美味しいいいい〜!!白ご飯とまた…もぐもぐ…合うから…もぐもぐ」
「…っ」
隣で私が食べてる様子を横目で見てた筧くんが、いきなり笑う。
「な、なんで笑うのー!」
「い、いや…めっちゃ口ん中いっぱい入れて食うから…ハムスターみてぇになってて…くっ…面白ぇなって…ははっ」
「苗字はいつも詰め込んで食いますよ筧先生!!たまに詰め込みすぎて噎せて自爆もします!!!」
「なああ!!ちょちょちょっと大平くんお黙りなさい!!!いつの間にそんな事知ったのよ!?」
「同じクラスだぞ!嫌でもたまに見掛ける!!」
「…っはは!!マジかよ…ダセェ!はははっ…!」
とうとうこらえきれなくなった筧くんが、箸を置いて俯きながら笑い始めた。そんな姿もカッコイイんだけど、笑われてる内容が内容だから納得いかないね?!
ぐぬぬ、と思いながら豆腐もゲットしてもぐもぐしているうちに、満腹感。同時に小判鮫先輩の声が上がる。
「お、材料全部無くなった?んじゃこれですき焼きタイム終〜了〜!!!」
皆で手分けして鍋や食器を洗い、ゴミを分けて、先生に見つからないよう片付け始めた。そのバレたらいけない、という謎のスリルも皆をまだまだ楽しませている。
小判鮫先輩と筧くんはスリルというより、気が気じゃないって感じだけど…。
水町くんは食器やコンロを貸してくれた人達に部活後に返しに行くと電話をしていた。
私は電話が終わったのを見計らって、お礼を言いに行く。
「水町くん、今日は誘ってくれてありがとう!美味しかった!」
「だろ?また何かやるときは誘うから!」
「わーい!」
そこまで言うと、水町くんはニコニコ笑顔のまま、私のほっぺをつついてくる。
「ちょ、なに??」
「ンハッ!俺、名前ちゃんが食べてるトコ超好きだよ!」
「え、あ、そ、そう…?」
何かいい雰囲気になりかけたので、私はすぐさまお礼を言おうと口を開きかけた時…
不意に水町くんが、真剣な小声で呟いた。
「…やべっ!向こうから先生来る!」
「えっ?!ウソ?!」
慌てて私達は、アメフト部の皆の元へ駆け出していく。
私ときたらお腹だけでなく、胸いっぱいになったお昼ご飯でした!
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