双眸 八 | ナノ

片翼の鳥 双眸 第八話


「ん…っ」

身体が無意識のうちに楽な姿勢を取ろうと動いたのか、腰の辺りと下腹部に鈍痛を感じ小さな声をあげて千鶴が目を覚ました。

どうしてこんなに身体中が痛むのだろう――…

意識が覚醒していくと同時に、立て続けに我が身を襲った凌辱の数々が生々しく甦ってくる。嘲笑う様に光る異国の男の紅い瞳と冷たく蔑むような翡翠の片眼を思い出すと、胸が締め付けられるように痛んで涙が溢れた。

「そうだ…私――」

乱暴に扱われた身体は軋み、気怠い疲労感が全身を包み込む。ゆっくり身を起こそうとすると、さっきまで沖田と繋がっていた部分にも熱をもったような疼痛を感じた。
けれど何処よりも痛んでいたのは――心。

ベッドの縁に浅く腰掛け指を曲げ伸ばして感覚を確かめる。まだ少し痺れは残っているけれど、体質が幸いしたのか体内に残る薬の影響は随分抜けてきているようだった。

「……謝らなくちゃ」

自分の至らない行動のせいで不測の事態を引き起こしてしまった。
死なずに済んだかもしれない人を死に追いやり、彼の手を…血に染めてしまった。

さっきの行為はきっと、罰。
もう触れられる事はないのだろう。
でもたとえ今夜限りなのだとしても本当の事だけは話しておきたい、そして傷付けてしまった事を詫びなくては。

ごしごしと涙を拭うと、千鶴はふらふらしながら立ち上がった。
まずは何か着るものを。けれど衣裳部屋まで行き身なりを整える余裕はまだなさそうで、少し考えた後、千鶴はベッド横のテーブルに用意されていた薄いガウンを素肌に羽織った。



薄暗い廊下を、壁で身体を支えるようにしながらゆっくりと歩く。
主の意思で夜の沖田邸に召使達の姿はなく、しんとした空間に呼吸の音だけが静かに響いた。

(何処から探せばいいのかな……)

そう言えば、こんなふうに一人で邸内を歩くのは此処へ連れて来られてから初めての事かもしれない。
数少ない心当たりの部屋を覗いてみても沖田の姿は見当たらず、屋敷を不在にしている可能性に不安も感じる。
もう二度と会えないような焦燥感に追われながら暗闇に目を凝らした時、突き当たりの部屋から一筋の光が洩れているのに気が付いた。





「…沖田さん」

静かにドアを開け小さな声で呼び掛ける。背中越しに名を呼ばれ驚いたのか、広い背中がぴくんと揺れた。

「よく此処にいるって分かったね。…ここまで来れたって事は、痺れ薬の効果は切れたのかな」

「どうして…薬の事を…」

「………すぐには気付いてあげられなかったけど」

呆然とする千鶴に向き直ると沖田は困ったような笑みを浮かべた。

「昔ね、僕がまだ士官学校に入ってすぐの頃、近藤さんが謂れのない逆恨みで毒殺されそうになった事があったんだ。幸いすぐに気付いて吐き出したせいで大事には至らなかったんだけど、その話を後から聞かされた時、身体が凍りつくかと思った。……近藤さんはとても強いけど、戦う相手が毒じゃどうしようもないからね」

それから沖田は書物を集め、怪しげな連中から薬を買い独自に勉強したのだと言う。ほんの僅かずつ接種すればある程度の耐性がつくと聞き、苦しみに堪えながら身体を毒に慣らしてもきた。

「だから解った。……千鶴ちゃんの唇に残ってたのが身体を麻痺させる毒だって」

「――ごめんなさい」

「どうして君が謝るの?薬を使って乱暴しようとしたのはあいつで、酷い事をしたのは…僕なのに」

「私がもっと慎重に行動すれば良かったんです。そうしたら誰も傷付かずに済みました」

「いつだって優しいんだね、千鶴ちゃんは。あいつの事も悼んであげてるの?」

「違います!そうじゃなくて――」

必死な様子で反論しようとした千鶴を、沖田が苦笑いで制した。

「ごめんね。君が言いたい事はちゃんと解ってる……」

見て――
沈黙の後、言葉の続きを待つ千鶴にそう言うと沖田はテーブルに置いてあったランプを掲げた。
オレンジ色の暖かな光に照らされて、暖炉の上に飾られた大きな肖像画が暗い室内に浮かび上がる。そこには厳格そうな男性と、寄り添うようにして柔らかく微笑む…どこか沖田に似た翡翠の瞳の美しい女性の姿が描かれていた。

「――僕は…母が異国の男と密通して出来た子供なんだって」

何でもないような口調。けれど千鶴は沖田が出生の事でどれ程辛い思いに耐えてきたかを知っている。その言葉の持つ重い響きに胸を痛めながら千鶴は沖田をじっと見詰めた。

「……母はいつも父の隣で微笑んでるような優しい人だったらしいよ。とても夫の目を盗んで他の男と不義をはたらくような女性には見えなかったって」

「……」

「どうして君がそんな泣きそうな顔をするのさ…」

大きな瞳から今にも溢れ出しそうになっている涙を見てくすっと笑うと、沖田はそっと千鶴の細い身体を抱き寄せた。そして顔を見られるのを恐れるように千鶴の額を優しく自分の胸板に押し当てる。

「でも…母は僕を捨てた。そのせいなのかな?…僕は心のどこかで女性を憎んでたのかもしれない。どうでもいいって蔑む事で母へ復讐しようとしていたのかもしれない。――君の事だって、信じてあげられなかった」

自嘲するような声が静かに響く。見えないけれど、彼はきっと…出会った頃に時々目にしたような表情を浮かべているのかもしれない。

「でも恨むなんて筋違いだよね。こんな片眼の気持ち悪い子供なんて愛されるわけないんだ。……僕なんて、生まれてこなければ良かった」

「そんな!――お腹の中で何か月も慈しんで育てて…辛い思いをして産んだ我が子を可愛いと思わないお母さんなんていません」

「――っ、君に何が解る!」

思わず声を荒げた沖田を怖れる事なく真っ直ぐ見返す澄んだ瞳。か弱いのに強く見えるその瞳に、沖田は出会った時からずっと惹かれ続けている。

「もし――もし本当に疎まれていたのなら名前なんて付けないです。私…沖田さんが孤児院に預けられた時、お金と一緒に名前を記した紙が添えられていたって聞きました。きっと…手離さざるを得なかったご両親が微かな繋がりを切りたくなくて…それで――」

「……どうしてそんなに必死になるのさ。僕が僕の事をどう思っていたって…君には関係ない」

「私…沖田さんが生まれてきてくれて良かったって思ってます。きっと近藤さんだって井上さんだって土方さんだって…みなさんそう思われてます。沖田さんに出会えて…今までお傍に置いてもらえて………幸せでした」

琥珀色した瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
ずっと否定しか出来なかった自分を全て受け入れ肯定してくれるひと。

僕のためにこうして涙を流してくれる――

「――ごめん」

ふいに強い力で抱きすくめられ華奢な肩が怯えたように震えた。

「沖田さ……ん…っ」

「ほんの少し前までは…君を自由にしてあげてもいいと思ってた。薫だって探してあげるし、一生暮らしに困らないだけのお金も用意してあげようって思ってたんだ。でも――そんな事…やっぱり僕には出来そうにない」

「……でも私…沖田さん以外の人に…あんな事され――」

その先はもう言わなくていいと、沖田が千鶴の唇を強引に口付けで塞ぐ。息が上がるまで深く咥内を掻き回され苦し気な声が喉から洩れる。それでも沖田は口付けを止めなかった。

「んん…ぅ…っ…ぁ」

「――これから先も君に触れる男がいれば全員殺す。離れたいって願っても絶対に許さない…鎖に繋いで檻に閉じ込めてでも、僕は君を傍に置くよ?だけど…君の中に僕の血が混ざるのは――嫌だ」

声を微かに震わせた沖田を、千鶴はぎゅっと抱き締めた。

「私…沖田さんが好きです。貴方を構成している全てが好きなんです」

そう言うと千鶴は腕を伸ばして沖田の眼帯をそっと外した。
千鶴にすら触れられるのを避けている事は知っていたけれど、どうしてもこの気持ちを解って欲しくて。

「いろいろな話を聞きました。でも…最初に言った通り、今だって沖田さんの瞳はとても綺麗だと思ってます。もし一緒に居続ける事で授かる命があって…その子供が紅い瞳をしていても、私はその子を愛していける自信があります。何も出来ないですし…非力ですけど、この命に代えても守っていきます。だから――」

ずっと心に突き刺さっていた棘が溶けて消えて、焼き付けられた刻印があたたかなもので癒されていく。
どちらともなく身体を寄せ合うと、気持ちを伝えあう様な優しい口付けを二人は交わした。

「ほんと君って…変な子」

「出会った日にも…そんなふうに言われました」

「うん、でも本当の事だから仕方ないよね。そしてそんな君だから大好きなんだ」

そこまで言って言葉を止めると、沖田は思わず見惚れてしまうような綺麗な笑みを浮かべた。

「千鶴ちゃん」

「…はい」

「僕のフィアンセになってくれますか?………正式に、だよ」

「…っ………はい」

ふにゃっと眉が下がりみるみるうちに涙が千鶴の柔らかな頬を伝っていく。

「君って結構泣き虫だよね」

「だって…嬉しいんです。もう触れてもらえないって…思ってたから……」

「そんなふうに思うなんて馬鹿じゃないの?僕はいつだって君に触れていたいのに。……こんなふうに」

千鶴の首筋にふんわりと沖田が顔を埋める。そしてガウンの下に何も着けていない事に気付いて「大胆だね」とからかうように笑った。

「こっ…これは急いでいたからで……その…他意はありません」

「そうやって真っ赤になられるとますます触れたくなるんだけどな」

「――っ…きゃ」

沖田の手がガウンの合わせをそっと肌蹴る。そして出来る限りの優しさで千鶴をソファーに押し倒した。

「……怖かったよね。本当にごめん」

「…謝らないでください。少しは…怖かったですけど触れてもらえて…嬉しかったんです」

これが最後だと覚悟したから、そう聞かされて沖田が不機嫌そうな表情を浮かべる。

「…そんなに簡単にあきらめないでよ。松平さんと話してた時も思ったんだけど、千鶴ちゃんさ、僕に対してあっさりしすぎじゃない?」

「そんな事は……っあ…沖田さ…っ…嫌」

「………すごく腫れてる。痛い?」

不満そうな声に気をとられた隙に両膝が大きく押し広げられる。秘所の全てを曝され、ひりつく痛みよりも羞恥に耐えられなくなって沖田から距離を取ろうと千鶴が身を捩った。

「何もしないから…じっとして」

「何もって…っ…ん…ぁあ」

ぴちゃ…と水音がして秘所に生暖かいものを感じる。擦れて血が滲むその場所を沖田の舌が優しく這っていた。

「やぁ…っ……だめ…です。私、汚れて……」

「汚れてなんかないよ。…誰も君を穢したり出来ない。何があっても千鶴ちゃんは千鶴ちゃんのままだ」

「……沖田さん」

「ほら…また泣きそうになってる。動物は舐めて治すって言うよね。ただの治療だから大人しくしてて」

すっかり感覚が戻った身体は敏感に反応し、もっと欲しいとねだるように蜜を溢れさせる。ぴくんと恥ずかしそうに身体を震わせながら、それでも言われた通り沖田に身を任せる千鶴が愛しくて堪らない。
ぎゅっと瞳を閉じ痛みと悦楽に耐えていた千鶴は、しばらく続けるうちにふんわりと白銀に髪色を変化させた。
名を呼んでもくったりとしたまま瞳を開けてくれないところを見ると、また意識を飛ばしてしまったのだろう。

「ほんと…どうして君はこんなに可愛いのかな?」

華奢な身体を軽々と抱き上げ、ランプを手に部屋を出ようとした沖田はふと誰かに呼び止められたように振り返った。

「……気のせい、だよね」

愛しい存在を抱き締めながら見上げた両親の肖像は、何故だろう――少し微笑んでいるように見えた。

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