片翼の鳥 双眸 第七話
※話中に性的な表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。
屋敷へ戻った沖田は部屋に着くなり千鶴をベッドに放り投げ、乱暴に圧し掛かかった。
眼帯に隠されていない翡翠の片眼が冷ややかに光って千鶴を見詰める、まるで初めて出会った日のように。
「……そろそろ僕の我慢も限界なんだけど」
松平邸から此処まで、相変わらず千鶴は否定も肯定も口にせず、ただ悲しそうな瞳で沖田を見詰めるだけだった。それはあの時目にした背徳行為を悔いているのか、それとも。
――信じたい、けれど信じられない。
女など所詮そんな生き物。幻想など微塵も抱いてはいなかったが、千鶴だけは特別だと思いたかった。
「言いたくないなら…このまま身体に訊くよ」
何があったかなんて、身体を見ればすぐに判る。
揺れる感情のまま絹のドレスを引き裂くと、甲高い音が悲鳴のように響いて鼓膜に突き刺さる。真っ白な肌に纏わりつく桜の残骸を荒々しくはらいのけ、千鶴の両脚を大きく広げた沖田は其処に残る他の男の痕跡に眉を顰めた。
「……こんなになるまで可愛がってもらったんだ。そんなにあいつの指は気持ち良かった?痛くされるのが好きだったなんて…知らなくてごめんね」
真綿に包むように大切にしてきた。
そっと触れないと壊してしまいそうで、出来る限りの優しさで慈しんで愛でてきた…自分だけの宝石。
(少しの疵も許せないなんて、僕は――)
壊してしまえばいい。
滅茶苦茶に砕いて潰して粉々になったら、疵なんて何処に付いていたかきっと判らなくなる。そうしたらまた――
「……綺麗に創り直してあげる」
どこか狂気を孕んだ瞳で薄く笑うと、沖田は痛々しげな紅色に腫れ上がった千鶴の潤みに熱を擦り付けた。
「挿れてもらえなくて可哀想に。…でも邪魔をした償いはさせてもらうから……っ」
薬のせいでまだ強張ったままの身体に、怒りでより硬さを増した楔が埋め込まれる。いつも柔らかく沖田を包み込む千鶴の中心は受け入れる事を拒むようにぎちぎちと軋み、それを拒絶に感じて燻る感情が嵩を増した。
「こんなにされてもまだ声をあげないんだ?君って…なんて強情なのかな」
千鶴の身体も心も、一切気遣う事のない乱暴な交合。快楽を追う為ではなくただ感情をぶつける行為。
沖田の額から伝った汗が血の気の戻らない頬に落ち、それは千鶴が流したくても流せなかった涙のように見えた。
覚えておかなくちゃ。
沖田さんの瞳の色、匂い…肌の熱さ。
もう二度と触れてもらえないって思ってたから。
こんな時なのに、最後に貴方を感じる事が出来て…嬉しいと思う私を赦してください――
薬の効き目がほんの僅かでも薄れてきたのか、千鶴の身体に感覚が戻り始める。痛みも快感もまだ遠いところにあったけれど、その熱さだけはしっかりと伝わってきた。
「怖い?……君が今まで見てきたのは、きっと本当の僕じゃなかったのかもしれないね。僕はいつだって――」
近藤さんの為に存るだけの、ただの剣。
こんな出来損ないの、親からも捨てられた道具でしかない僕が……誰かを大切に思うなんて所詮無理な話だったのかな。
泣きそうに歪んだ顔を見られたくなくて、沖田は一度自身を引き抜くと千鶴の身体をうつぶせに返して腰を高く持ち上げた。そして後ろからまた紅く爛れたその場所に熱を突き入れる。
ずっと見ていたい、どんな表情も逃したくない。
その所為か千鶴はこんなふうに抱かれた事は一度も無かった。
沖田がとった初めての体位、背後から責められて凌辱の瞬間を思い出したのか華奢な身体が微かに震えた。
「ん…っ…中々いかないね。いつも驚くぐらい簡単にいっちゃうのに――それとも…もっと酷くされたいって強請ってる?」
怖がらせたい泣かせたい傷つけたい――――
どんな感情であれ自分だけで千鶴を心も身体もいっぱいにしたい。
「君にこんな嗜好があったなんて…知らなかったな。勢いで、婚約なんて…しなくて良かった。この間まで何も知らなかったのに…、ね」
千鶴を傷付けながら自分もまた同じだけ、いやそれ以上傷付いて。そんな簡単な事に気付かないまま沖田は千鶴を蹂躙し続けた。
(…氷の大佐だって?)
何も持ってない時は何事にも動じず…こんな事で心を動かされたりしなかった。
これ程までに不安と怒りで心を掻き乱される事なんて無かった。
「ほら、どうしたの?…言い訳しなよ。上手に僕を納得させられたら許してもらえるかもしれないよ」
千鶴が物言いたげに瞳を潤ませる、けれど微かに開いた唇からは未だ言葉どころか苦痛の声すら上がらない。
――いつものように口付けていれば判ったのだろう、千鶴が口を『きかない』のではなく『きけない』事に。
近藤の毒殺を警戒し士官学校時代から少量ずつ毒に身体を慣らしている沖田は薬に精通している。気付かない筈などなかった、柔らかな唇に残る薬品の残り香に。
『…………ごめ…な…さ……』
音にならない程微かに空気が揺れる。
がつがつと激しく突き上げられ続け、ふっと消えるように意識を失った千鶴の奥に、いつも通り精を放とうとして沖田は一瞬腰を止めた。
子供なんて欲しいと思った事は一度もない。けれど避妊をせずに抱き続けたのは、千鶴となら何が起きても引き受ける事が出来る…そう思っていたから。
(もし、千鶴ちゃんが……)
紅い瞳の赤子を孕んだら――
母の事、忘れかけていた忌むべき自身の片眼が心に身体に歯止めをかける。
ぐったりと横たわる千鶴の背に白濁を撒き散らすと、八つ当たりするように抱いた事への後悔が襲ってきた。
「………僕にはやっぱり君が不義をはたらくような子には思えない」
身体を寄せると千鶴の身体からいつもと変わらぬふんわりとした甘い香りが立ちのぼり、抑えきれない愛しさがこみ上げる。
以前は気にならなかった女達の香水の匂いが鼻につくようになったのは千鶴を抱くようになってからだ。
手放せない―――
乱れた黒髪を指先で梳き…唇に触れる。
触れた指に口付けようとしてはっとした表情を浮かべると、沖田は千鶴の裸体にそっと毛布を掛け静かに部屋を出て行った。