双眸 六 | ナノ

片翼の鳥 双眸 第六話


※話中に性的且つ暴力的な表現が出てきます。苦手な方はご注意ください。










異国の男性に肩を抱かれ、おぼつかない足取りで控室に向かった千鶴は「着きましたよ」との言葉に重い瞼を開けた。
微かに感じる埃っぽい空気。薄暗い室内に目を凝らすと、大きな窓には分厚いカーテンが掛けられ調度品は使われていないのか白い布で覆われていた。

「ここ…は…」

「二人きりでいい事をする所。――大人しくしてれば充分楽しませてあげますよ…ってもう逃げ出したくても動けないかな」

「私に何…を……」

「今『いいこと』って教えてあげたのに。それとも意味が解らない?…あんた見掛け通り初心なんだ」

男の口調が乱暴なものに変わっていく。嘲笑うようにそう言うと、男はソファーへ千鶴を押し倒した。
足首から上へと脚線を這う湿った手のひら。千鶴が嫌悪の表情を浮かべるのを楽しむように、ドレスの裾はゆっくりと捲り上げられていく。膝の辺りまで露わになった時、脹ら脛に残る血の痕に男が目を留めた。

「…この血、もしかしてさっきグラスの破片で切ったやつ?……純白に真紅の血痕…こういうのって無茶苦茶そそる…」

「っ…や……触らない…で」

思う様に動かない身体で必死に身を捩り後ずさりする千鶴を、男は血をべろりと舐めとりながら面白そうに見つめた。その目は無駄な抵抗をする獲物を追い詰めた獣のようで、先程までの紳士的な色は微塵も見当たらない。

「いい感じに薬が効いてる頃合いだろうに、よくもまぁ頑張るもんだね。……初めてってわけでも無いんだから、お互い割り切って楽しんだ方が得だよ?いい子にしてくれたら黙っててやるし…」

『こんな事』してたなんて誰にも、特にあの婚約者には知られたくないよね――そんな言葉と同時に足首を掴まれ、また無理やり引き摺り寄せられる。懸命に身を離した僅かな距離は一瞬で消えて無くなり、千鶴が悔しそうに男を睨んだ。

「――っ…あんたほんとにいいね。……そんな目で見られたら滾って仕方なくなるって知らないのかな?それともそうやって煽るように仕込まれてる?……俺さ、人の物って言うのに凄く興奮するんだよね……それがいずれ手が届かなくなる女なら尚更…」

男の荒い吐息を肌で感じて千鶴の背筋に悪寒が走る。
気持ち悪い、嫌、助けて――
叫びたい、けれど喉が押さえつけられる様に苦しくて声が言葉になってくれない。意識ははっきりとしているのに身体中が鉛になったように重くて、今はもう指先を動かす事すら難しかった。

「…何だよこれ、どうなってんの?」

凝った作りのドレスが思いの外脱がせ難かったのか男が苛々とした声を上げる。絹などしようと思えば簡単に引き裂けるのだが、強姦の痕跡を残すと後々面倒な事になりかねない。「ちっ」と舌打ちすると、男はいきなり千鶴の身体をうつぶせに返した。そして大きく開いた背中の方から手を差し入れ、なだらかな膨らみを揉み胸の蕾を嬲るように弄り始める。

「この厄介なドレスを選んだのはヤバそうな婚約者?…センスが良いのは認めるけど、ガードが堅いっていうか…それともあんたみたいな無防備な女を相手にするとこんなふうになるってわけ?」

「…く…っ……」

苛立ちをぶつけるように乱暴に蕾を捏ねられて千鶴の唇から苦痛の声が漏れる、男はその声を聞いて楽しそうな顔をすると蕾を弄る指先に更に力を籠めた。

「…痛い?痛かったら泣きなよ」

苦しむ顔を堪能するためなのか、男はまた千鶴の身体を仰向けに返した。そして動けない千鶴の頬をからかうように舐め、脚の間に身体を割り入れる。
胸の次はこっち…と、ドレスの裾を大きく捲り上げた時――内腿の真っ白な肌を彩るように咲く無数の紅い華に目を留めた。

「ほんと…大概独占欲の強い男を相手に選んだんだね。この色からするとここへ来る前もヤってきた?見たところかなり体格差もあるみたいだけど…ちゃんと入るの」

華奢な体躯を揶揄するように嫌な笑みを浮かべ、下着の上から男の指が千鶴の秘所を撫でさする。くちっ…と思いがけない水音を耳にした男は目を見開くと黒いレースの下着を性急に引き下ろした。

「…っはは!あんたさ…もしかして期待してた?ここ…結構濡れてる」

言葉通り、淡い桜色をした秘所が雨に打たれた花弁のようにしっとりと濡れて潤んでいる。けれどそれは男の手によってでは勿論ない。ここへ来る前…心から愛しいひと、沖田との触れ合いで生じた至極正直な反応の名残だった。

「…ちが…っ」

「何、反論したいの?いいんじゃない、淫乱でさ。ご希望通り、今まで味わった事がないような思いをさせてやるよ…」

「ゃ……止め…て」

このまま思い通りになんて絶対にされたくない――

けれど意思とは裏腹にどう頑張っても身体は動かず、弱々しい呻き声をあげるだけしか出来ない。感覚のない両腕を投げ出したまま、千鶴は大きな瞳からはらはらと悔し涙を流した。

「いいねいいね…そういう顔されたら俄然燃えてくる」

愉しそうに笑いながら男が口付けをしようと顔を寄せる。唇に微かに熱を感じた瞬間、千鶴は持てる力を振り絞って男の唇を思い切り噛んだ。

「――痛っ!」

舌に感じた鉄臭い血の味。整った顔を醜く歪め、男が手を振り上げるのを千鶴は目を逸らすものかと真っ直ぐに見据えた。

「……窮鼠猫を咬むって?でも殴られた痕をあんたに残す程俺は馬鹿じゃない。……おいたが過ぎる女には仕置きが必要だとは思うけどね」

もうそんな真似なんて出来ない様にしてやる、そう言うと男はポケットから硝子の小瓶を取り出した。そして嫌がる千鶴の口を無理やり開かせ、水のような透明な液を全て流し込んだ。

「っ…かは…っ」

「何を飲ませたかわかる?……痺れ薬だよ。広間でジュースに混ぜたのと同じ薬。今ので一日当たりの投与可能量を大幅に超過してるから、あんたはもう意識があるだけのただの人形になった――」

「………っ…ぁ」

徐々に身体が硬直し始める。もう表情も動かせず皮膚の感覚もない、涙も…もう頬を伝う事はなかった。

「大人しくしてればいい思いが出来たのに残念だね?俺には関係ないけど――」

にやりと笑うと男は自分のものを挿入する道を作るため、千鶴の潤みを指で犯し始めた。何度もぐちゅぐちゅと乱暴に出し入れされて淡い色の花弁が鬱血し、うっすらと血が滲んでいく。

「っ…狭いな、まぁその方が突っ込んだ時の楽しみもあるか…」

もう無理かもしれない――

ごめんなさい
ごめんなさい
こんな事をされた私を…
沖田さんはどう思うのかな……
もう一緒には…いられなくなるのかな…

あれ程大切にしてもらったのに、そう思うと申し訳なくて悲しくて…男に乱暴されながら心の中で千鶴は涙を流し続けた。

「く…っ…そろそろ…」

一人興奮しきった男が焦れたように醜い塊を取り出す様子が虚ろな視界にぼんやりと映り込む。

「人形遊びも楽しいけど、せっかくだからもっと雰囲気をだそうよ…雪村千鶴さん」

力なくだらりと投げ出されていた細い腕が、想い合う男女のように男の肩に掛けられる。そのまま滑らかな首筋に男が顔をうずめ、大きく広げた脚の間に腰を進めようとした時。

煌々とした廊下の光が室内に射し込んだ――





「何、を――」

沖田の目に飛び込んできたのは、淫らな恰好で親密そうに男の肩に手を回した千鶴の姿。
抵抗する様子など全く見せず、赤眼の男が与える快楽を積極的に受け入れているようなその姿が、不義をはたらいて自分を身籠った母に重なっていく。

「此処は分かり辛い場所だったと思うけど、もう見つけ出すなんて凄い嗅覚ですね、沖田大佐。…これからもっと良い所だったのに、本当に残念極まりない」

「――千鶴ちゃん、これはどういう……説明してくれるかな」

どこか切なく響いた低い声に答えは返ってこない。

いつもならきっと千鶴の異変にすぐ気付いただろう。けれど知らされたばかりの事実は思い出したくない過去を浮かび上がらせ、少なからず沖田の心に膜を張っていた。

「説明も何も…見ての通り、僕は一人で寂しそうにしていた彼女の相手をして差し上げてたんですよ。…結構楽しんでくれてたと思うけれど」

服装を整えながら慇懃に告げると、男は千鶴の秘所から蜜を掬い上げ、沖田に見せ付けるように指先を擦り合わせた。

勝ち誇ったような男の笑み――と、同時に静かに煌めいたのは無慈悲な銀の閃光。

どさりと肉の塊が落下するような鈍い音がして、それに続いて部屋中に血の匂いが拡がった。
まだ笑顔を浮かべたまま、男は何が起こったのか理解できないように、一瞬前まで確かにそこにあった腕を何度も掴むような仕草を見せる。
噴き出す飛沫は周囲の白い布に飛び散り、薄暗い中ですらそれを人の血だと認識させた。

「うあぁああ!!腕!俺の腕が…!貴様っ俺に――こんな事をして…たっ…ただですむと思って」

「…煩いなぁ、別に君に聞きたい事なんて何もないんだから。……少し黙ってなよ」

いつもの口調で手にした刀を軽く一閃する。声帯を的確に斬られて腕だけではなく男の首からも鮮血が溢れ出した。

「――非公式の場に不用心にも一人でやってきた、国交もない異国の大使が帰途行方不明になりました。後に入った西国からの特別要請で懸命な捜索にあたりましたが、残念ながら彼は物取りと思われる賊に金品を奪われ遺体を遺棄されておりました…」

男の声はもはや言葉にならない。己の行く末を淡々と語る沖田を、男はひゅうひゅうと喉を鳴らしながら赤い瞳で呪うように見詰めた。

「………その目も本当に気に入らない。出来るなら潰してしまいたいんだけど、そうすると誰だか判らなくなるから困るんだよね。死体が見つからないと中々捜索も打ちきれないし。でも…腕なら」

千鶴に触れたその腕を――

微笑みながらもう片方の腕も切り落とされ、男が苦悶に喘ぎながら床を転げ回る。異臭漂う部屋の中、社交場でさながら世間話でもしているように刀をふるう沖田を男は怯えきった顔で見上げた。

「僕が怖い?でも誰も助けてなんてくれないよ。話せる状態なら優しいこの子は君を庇ったかもしれないけど、僕はそんな慈悲の感情なんて――」

持ち合わせていないと、沖田はそのまま男を斬り捨てた。そして表情を変えないまま血が付着した…元は白かった布を拾い上げて刀身を拭う。

君も………僕が怖いの――?

声も発さずぴくりとも動かない千鶴を、恐怖に固まっているのだと沖田は受け止めた。ほんの数分前までよろしくやっていた男が目の前で惨殺されたのだから、それはきっと恐ろしかったのだろう。
沖田は上着を脱ぐと千鶴の頬にまで飛び散っていた血を親指で拭き取り、乱れた姿に眉を顰めると汚い物を覆い隠すようにそれを掛けた。

静かになった部屋に控えめなノックの音が響く。

誰かと問い掛けると「山崎です」と短い応えが返ってきた。

「…入って」

部屋を見渡した山崎はあまりの惨状に思わず溜息を吐いた。以前にも沖田の屋敷へ潜入した賊の後始末を任された事があったけれど、今回はそれとは比較にならない程遺体の損壊が激しい。

「人払いありがとう。誰にも気付かれなかった?」

「はい。ただ…これは少々やり過ぎでは?」

「そうでもないよ。…もっと時間を掛けていろいろうたってもらおうと思ってたのに、つい…ね。――この男はある程度経ってから発見されるよう何処かに棄ててきてくれるかな、後は部屋の復旧と…それから近藤さん達には捜し物が見付かったから先に帰ったって伝えておいて」

「承知しました。――彼女はどうされるんですか?医師の手配をした方が良いのでは…」

「――僕が僕の物をどうしようが勝手だよ。…土方さんに何て言われてきたのか知らないけど、個人的な詮索をする権限まで君にはない」

山崎が連れてきた黒服の一団が男の遺体をそれと分からないようケースに入れ運び出していくのを冷めた目で見やりながら、沖田が山崎に釘をさした。
そうしているうちにも血に染まった布は新しい白布に取り換えられ、床に付着した血糊が丁寧に清められていく。
事前に連絡してあったとは言え彼等の手際の良さは大したもので、そう時間の掛からないうちに此処は一見して何も起こってない状態に戻るのだろう。

千鶴はまだ一言も喋らない。

言い訳の一つもしてこない事が自分に対する無言の反抗のように思えて――
深い場所から沸き上がる怒りを燻らせたまま、沖田は千鶴を抱き上げた。

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