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片翼の鳥 第一話



美しい装飾が施された重厚な造りの扉、分厚いそれはきっと内部で行われている行為の音を外に洩らす事はないだろう。


大日本帝国陸軍大佐、沖田総司。いまや軍に関わる者でその名を知らない者はいない。
常に薄い笑みを口元にはりつけ、どんな任務でも完璧にこなしてしまう。そして目的の為なら手段を選ばず、時には冷酷な方法で任務を遂行するのだ。
全ては敬愛する陸軍中将、近藤勇を軍のトップに押し上げる為。
そのためならば――残虐だと後ろ指をさされ時には軍人にあるまじき汚い遣り方だと罵られても全く構わない、むしろそれが自分に与えられた役割だと…沖田はそう思っていた。


******


「大佐、例の件についてこそこそと嗅ぎ回っている怪しい男を連れて参りました」

沖田の前で直属の部下が恭しく礼をとった。
彼の足元には手首に縄を掛けられた、一見まだ幼さの残る少年が転がされている。よほど手酷い扱いを受けたのか、むき出しの白い四肢には血が滲むような細かい傷や赤黒い打撲痕が至るところに見てとれ、後ろで緩く束ねた黒髪は乱れて頬にはりついていた。

「――で、何かわかった事は?」

「それが…なかなかしぶとい奴で何を聴いても知らないの一点張りです」

「…ふぅん」

貧弱にすら見えるその華奢な体躯のどこにそんな根性があるのだろう、陸軍の尋問と言えば屈強な思想家でもすぐ根をあげる苛烈なものだ。
沖田は少し興味が湧いたのか、眼帯に隠されていない美しい宝石のような左目を僅かに細めると少年を見つめたまま愛刀にかちゃりと手を掛けた。
それを目にした部下の身体がぴくっと強ばる…まさかいきなり殺してしまうのでは?
曲がりなりにも死線をくぐり抜けてきた部下にそう思わせる程の殺気が部屋の空気を冷たい色に染め上げていく。
そのような辺りの様子を気にも止めず、沖田は黒い革張りの椅子から立ち上がるとコツコツとブーツの踵を鳴らしながら少年に近づき、顔を隠すように俯く彼の顎を刀の先でくいっと持ち上げた。

「君、名前は?」

「………」

「な、ま、え、それ位教えてくれたっていいんじゃないかな?まだしばらくは付き合ってもらわないといけないし。――…ね、お嬢さん」

「――…っ」

冷ややかな翡翠色とどこまでも澄んだ琥珀色の瞳が――絡み合った。

「…どうして」

「ん?」

「私が女だと…」

「さぁ…何となく、かな」

驚いたように沖田を見つめる大きな瞳には怖れの色は浮かんでいない。
彼女は自分がどう言う状況でどれ程危険な男と対峙しているのか理解していないのだろうか?

「怖くないの?…知らないかもしれないけど、僕は必要とあれば君を犯して辱める事も切り刻んで殺す事だって簡単に…」

「――怖いです。…身を守る為に知らない事を知っていると言いそうになる自分が」

自分の吐いた言葉が誰かを危険にさらしたり傷付けてしまう可能性があるならたとえ殺されても何もお話する事は出来ません――と、酷く真っ直ぐな瞳で少女は沖田をじっと見つめた。
それはとても綺麗な色で…人間らしい感情を失いつつある沖田の心の深い場所にある琴線をそっと揺らす。

「誰かを害する可能性があるなら自分が死ぬ方がいい……そう言う事?」

「そうとって頂いても構いません…」

そんな綺麗事――と嫌悪感が沖田を包み込む。すらりと音もなく怜悧な輝きを放つ刀身が引き抜かれたかと思うと、それは少女目がけて振り下ろされた。
危惧していた事が現実に、そう思い部下が一瞬瞳を閉じる『口封じするなら殺してしまうのが一番』沖田は常々そう口にしていたし、実際そうしてしまう事もあった。
これ以上尋問を続けても彼女は何も話そうとはしないだろう、それならいっそひと思いに…。
しかしそんな懸念はバサッと落ちる縄の音で掻き消された。
少女もふいに解かれた拘束に戸惑いを隠しきれていない。

「――沖田総司」

「え?」

「僕の名前。こちらが名乗ったんだから君も教えてくれるよね、名を名乗る事は嘘にはならないと思うんだけど」

「雪村…千鶴です」

いい名前だね…そう告げると沖田は刀を鞘に戻し千鶴の腕を掴んで立ち上がらせた。

「この娘は僕が預かる……ご苦労だったね。もう下がっていいよ」

「はっ!!」

少年だとばかり思っていた人物が実は少女だった、だがスパイと思われる手配犯は確かに男の筈で…。
他人とは思えない程相貌が酷似している事実にひっかかりを覚えながらも畏怖する沖田の命令には従う他なく、部下はぴしっと敬礼すると静かに重い扉を開け部屋を出ていった。

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