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ゆっくりと店に足を踏み入れた男の均整のとれた体躯、長い脚。そして人を魅了する美しい風貌と印象的な片眼に、今まで喧騒に満ちていた場の刻が一瞬ぴたりと止まった。
非対称の美…とでも言えばいいのだろうか。眼帯をしているため美しい顔で輝く翡翠は一つだけで、その事が彼をより謎めかせ危うげに見せている。

「貴方…ここへ来るのは初めて?」

毛皮を敷き詰めた豪華なソファーに気怠げ座り舐めるようにシャンパンを飲んでいた女が、媚態を含ませながら彼に声を掛けた。

「初めて…って言ったら君が僕の相手をしてくれるの?」

注目を一身に集めながら臆するでもなく、余裕の笑みを浮かべ返されたその答えは遊び慣れた女の気に入るものであったらしい。けれど誰よりも先に視線を捕まえた事で優位に立ったのも束の間。こんな所で倦怠の憂さを晴らしている金と暇をもて余した女達が、これ程魅力的な玩具をそう易々と一人に独占させるなど有り得なかった。

「そんな女と遊んでも退屈するだけよ、私ならもっといい思いをさせてあげる」

そんな台詞を皮切りに私も…と彼の周囲に女達が集まり始める。他の男性客が不満気にざわめきだしたのを見てとって支配人が彼を取り囲む集団に声を掛けた。

「宜しかったら個室をご用意致しますのでお楽しみはそちらで…」

薄暗い店内、次々に消費される高級な酒、店に充満するやけに甘ったるい香は媚薬なのかもしれない。暗闇に目をこらせばあちらこちらで淫猥な行為が行われている。そんな場所で個室などと言えば目的は一つしかなかった。



「…僕が欲しい?なら…楽しませてよ。一番上手に出来たら…」

僕が遊んであげる――
部屋へ入りそう言うと、彼は妖艶な笑みを浮かべた。
誰だってきっと抱かれたいに決まってる。あの逞しい身体に組み敷かれ、しっとりと肌に浮かぶ汗を感じながら激しく突き上げられたら…いったいどれ程の快感を味わう事が出来るのだろう。
淫らな妄想に生唾を飲み込む気配がして、四方から伸ばされた手が我先にと彼の着衣を乱した。
剥がすように脱がされた上着、首筋に引っ掛かって揺れるネクタイそしてシャツ…女達の細腕によって鍛えられた美しい身体が少しずつ露になっていく。もう半裸とすら言えない状態になってもその顔から余裕は消えず、冷たく輝く翡翠から感情らしきものを読み取る事は出来なかった。
引き締まった胸板を味わうように、滑らかな肌を青白い指先が厭らしく這い回る。その手が女達の真っ赤に紅をひいた唇が、腰骨を通り彼の下半身で淫らな花のように乱れ咲いていた。

「…っ。いいね、みんな…なかなか上手い…よ」

此処までは計算通り。
競わせる事で監視対象は我を忘れている、口の固いこの女もきっと戦利品に舌鼓を打ちながら、自分の思うまま詠ってくれるだろう。堅固な楼閣は砂と化した地面と共に崩れ去るのだ。
唾液でぬらぬらと光る身体の中心は熱を増して昂り始める。気持ちとは裏腹に反応してしまう自分の一部、何の感情も伴なわず硬くなったそれに群がる女達の恍惚の表情が滑稽に見えた。

(ま、いいか。どうでも…)

要は悪徳官僚の情婦、選んでもらおうと必死に奉仕をしているこの女から、汚職についての情報を聞き出す事が出来ればいいだけなのだ。


誰よりも敬愛する、清廉潔白な人。
こんな遣り方を…決してあの人は望まないし許してはくれないだろう。
悲しむ顔が見たい訳じゃない。それでも己を道具にしてでもあの人の役に立つ自分で有りたかった。

近藤さんの為なら僕は――

快感に口元を緩める振りをして薄く笑った彼の名は、沖田総司。
大日本帝国陸軍で頭角を現し始めた片眼の大佐。


これは…彼が愛する少女と出会う前のお話。


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