眠たくて大嫌いな数学の授業を終えた昼休みはわたしたち学生にとって唯一のパラダイスだ。朝から良い天候に恵まれて、太陽は空の上のそのまた上でさんさんと屋上を照らしていた。
わたしはお母さんの手作り弁当を両手に抱えて、友達二人と昼食の場所取りに夢中になっていた。こんないい日の屋上はいつも満員なはずなのに、今日に限って屋上で昼食を取っている生徒は少ないようだ。天気が良すぎるせいかもしれない。一番いい場所を見つけると我先にと座り込む。入口の裏側の唯一日陰になっている場所。これでここの陣地は確保した。

「さーて、今日のお弁当は何かなー?」
「あんたってばいつもそれだね」
「ふふふーん。わたしの唯一の学校の楽しみだもーん」

るんるんでお弁当のフタを開けると、大好きな卵焼きが三つも入っていた。さすがお母さん。伊達にわたしのお母さんやってない。
お弁当に気を取られているわたしをそっちのけで、一緒にお弁当を取り出した友人は二人でひそひそとないしょ話を始める。二人で話してはくすくす笑う。

「なにー?目の前でないしょ話?」
「え、なになに、気になるの?」
「そりゃ気になるでしょ!」

楽しそうに笑う友人二人を見ているとそれは知りたくもなる。だってとっても楽しそう。こんな目の前でわざとらしく仲間はずれにするなんて、ヒドイ二人だ。
わたしが意気込んで言った「気になる」を聞くなり、二人は顔を見合わせてにんまりと笑った。

「実はね、わたし好きな人が出来たの」
「…えっ!?好きな人!?」
「うん」

年頃の女の子ならばこういう話題には敏感なはずなのに、わたしたちの間でいわゆる恋バナというものは初めての体験だった。
クラスの女の子たちはみんな誰々がかっこいいだとか誰々がかわいいだとか話しているのをよく耳にするが、実際に自分が話す側になるのは初めてだ。

「そういえば、同じクラスの高橋さんは隣りのクラスの松田くんと付き合ってるらしいよ」
「えー!あの図書委員の?」
「ほら高橋さんも同じ図書委員だからさ」
「あ、なるほど!」

二人の間で勝手に進んでいく恋バナをわたしはポカーンとしたまま聞いていた。そして、ハッとする。

「ちょっと待って!高橋さんも松田くんもどうでもいい!好きな人って!?」
「どうでもいいってあんた」
「えへへ。うん。違うクラスなんだけどね…テニス部の幸村くん」
「テニス部!?」
「うん、そーなんだあ…」

少しだけ困った顔で笑う友人に、わたしは自分のしたリアクションを後悔した。二つの意味でのリアクションだったのだけれど、理由を知らない友人はきっと一つの意味にとったのだろう。
テニス部は人気者なのだ。負けを知らない王者と呼ばれる立海テニス部は、最強であり最高だ。そのレギュラーとなれば、そのまた上の上の存在だ。そしてなおかつ、友人の言った名前は幸村くん。幸村くんこそが、立海テニス部を束ねる部長なのだ。

「高望みなのは分かってるんだ。でもね、好きになっちゃったの」
「…そう、なんだ」
「えへへ、うん」

高望みだと言う友人の言葉が自分の胸にも突き刺さった。
もう随分前からわたしは自分の中にある燻る気持ちを自覚していた。誰にも言わずずっとずっと隠してきた。自分の中だけに閉じ込めておこうと決めていた。はずの気持ちだった。
なんだか不安で頼りなさげに見える友人をどうにかして励ましたくなった。叶わない恋なんてない。誰だっていつどこで何が起こるのか分からない。高望みだなんて、言ってほしくない。友人のためにも、わたしのためにも。
わたしは意を決して友人二人と向き合った。

「あのさ、実は結構前からわたしも好きな人がいるんだけど」

わたしの言葉を聞くなり、二人の動きが同時にピタリと止まった。止まった、と言うよりは固まってしまった、の方が正しいかもしれない。口に運びかけていたご飯はポロりとこぼれ落ち、お箸で挟んでいたウインナーはひっくり返る。
固まったまま二人はギギギと音が聞こえそうなぎこちない動きで顔を見合わせて、それから屋上中に、下手したら校庭まで響くほどの大きな叫び声をあげた。

「うそ!あんたが!?好きな人!?」
「えー!初耳だよお!」
「だって言ってないもん」
「言えよそこは!」
「今からでも遅くないよ!誰?」
「う、うん。テニス部の仁王くん」

勿体ぶることもなく告げたわたしの返事にまたしても二人は顔を見合わせて、今度は日本語じゃない雄叫びをあげた。
分かっている、自分でも。何で仁王くんなのか分からないのだから。なのに好きになっていた。本当にそれは、何かきっかけがあったわけでもなく、いつの間にか。いつの間にか恋に落ちていた。

「分かんないけど、好きみたいなんだよね」
「分かんないって…」
「いやでも、そういうもんだよ」
「うん。分かんないけどかっこいいんだもん。何しててもかっこよく見えちゃうから困ってる。寝ててもかっこいいもん。怒られててもかっこいいもん。でも笑うとかわいいんだよ」
「あんた、本当に好きなんだねえ」
「これはゾッコンだね」
「うん。仁王くんが大好き」

言霊の力は本当にあるのかもしれない。心の中で思っているだけだった淡い気持ちが、言葉にして吐き出すとそれは確かで確実なものに変わる。かっこいい、かわいい、大好き。言葉にすればするほど、本物になるのだ。
言いたいことを言ってスッキリしたらお腹がすいてきた。わたしは大好きなお母さんの卵焼きが、今まで以上に美味しく感じられた。

「そんなに好きなのに告白しないの?」
「…考えたこともなかった。秘密にしなきゃって思ってたから。でも、そうだよね。今からでも遅くはないよね」
「わたしも幸村くんのこと、高望みなんて言わないで頑張ろうかな」
「あー!わたしも好きな人ほしくなってきたー!」

時計を見ると昼休みはもうすぐ終わりを告げようとしていた。つい時間を忘れて話し込んでしまった。まだ足りないくらいだけれど。
わたしはお弁当をかき込むと、すぐにフタをした。二人が急いでおにぎりを頬張る姿を笑いながら見て、学校の楽しみがお弁当だけなんて嘘だよね、と心の中で訂正した。
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴ると同時にわたしたちは屋上を走って後にした。もう昼休みは終わり。屋上はわたしたちで最後だった。重たい扉がガチャンと音を立てて閉じられる。
午後はまたしても嫌いな化学だ。だけど、少しだけ今から教室で仁王くんに会うのが楽しみだ。




「なあ」
「…」
「どーすんの?」
「…」
「あー言ってたけど」

閉じられた屋上の入口の屋根の上で丸井は仁王に寝っ転がったまま声をかけた。聞いてはいけないと思いつつ、好奇心には勝てないのが男子中学生だ。たまたま偶然が重なって、女の子だけの聞いてはいけないないしょの恋バナを聞いしまったのだ。
隣りで反対側を向いたままたぬき寝入りを決め込む仁王に、丸井はこっそり近付いて盛大に吹き出した。

「えっ、何、テレてんの?」
「…うっさい」
「あの仁王が?まじで?」
「…うるさい。もう寝る」
「えー!どうすんだよ!付き合うのかよ?告白するって言ってたぜ?」
「…もーいや。俺は知らん。寝る」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ丸井を他所に、ぐーぐーと明らかに偽物の寝息をたてる仁王。だけど、本気で眠れるはずはない。きっかけがない恋があるならば、きっかけのある恋もまた存在するのだから。
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