「ボス、最近変な人に付きまとわれてません?」

ボスという呼び名に咄嗟にクダリと2人そろって反応しますが、今回呼ばれたのはクダリのようで、話を振られた同じ顔が首をかしげました。

「んん?最近はないと思うよ?どうして?」
「この前ボスが帰る時後を付いていく感じの人がいて、ちょっと気になったんです」
「あはは、それカズマサの気のせい!ぼく全然そんな感じしなかった!」

カズマサの心配そうな声にも、クダリはあっけらかんと答えるだけ。
まったく、部下の心配ぐらい真摯に受け取ってやればいいものを。

特にストーカーや力の入ったファンの方々からの被害を受けることが多い上司を持つ部下としては、そういった影にも敏感に反応するようで。
仕事場まで現れるあからさまな軽犯罪者の方々は大抵、クラウドを筆頭にバトル車両職員の手でジュンサー様に引き渡されているのが実情でございます。

まったく、わたくしもクダリも良い部下達を持ったものです。

「そうですか?でもボスって、いつもちょっとヤバい所までいかないと気づきませんし」
「大丈夫ですよカズマサ、わたくしもクダリにそのような方が付きまとっている感じはいたしません」
「そうですか。ボスがそう言うんなら大丈夫なんでしょうけど」
「ちょっとカズマサそれひどい!」

わたくしが言葉を挟んだ途端に納得したカズマサに声を上げて抗議しますが、私もカズマサも呆れた顔を返すしかございません。
サブウェイマスターとしては申し分のない実力を発揮するクダリが、バトル以外では平職員にすら劣るようなミスをやらかすほど抜けている所があるというのは、この職場にいる人間であれば嫌と言うほど知っていること。

そのミスもごく稀ではあるのですが、そのごく稀があり得ない破壊力を持っているので油断なりません。
以前クダリのミスによって全職員が半月ほど家に帰れなくなる事態が発生したことをわたくしは今でも鮮明に覚えています。

「いくらぼくだって、付け回されたら気づくってば!」
「ははは、そうですね。すみませんボス」

クダリを宥めるカズマサを、わたくしは苦笑するしかございませんでした。

現実はカズマサが正しく、今もってストーカーに付け回されていることにクダリは気づいていないのですから。
彼女、今日もギアステーションの入り口でお見かけしましたよ。






クダリにストーカーが付いていることに気付いたのは、およそ1ヶ月ほど前のことでございます。
クラウドたちの目をかいくぐり、わたくしたちの帰りを付けることに成功した彼女を見つけた時は、正直またかと思いました。
さて証拠写真でも撮ってまた後日ジュンサー様の元へ向かうべきかと考え、犯人の姿かたちを確認しておこうと何気なく振り返った時でございます。
物陰からのぞくその花のようなかんばせに、わたくしの心は一瞬で奪われてしまったのです。

わたくしは以前から、どうしようもない方ばかりに惚れ込んでいました。
人間性を疑われるような女性にふらふらと吸い寄せられてしまう、もはや性質のようなものでございます。
今回も、クダリのストーカーである彼女にどうしようもなく惹かれてしまう自分に若干呆れはいたしましたが、早々に諦め受け入れました。
むしろ都合のいいことだと。

クダリを付け回す彼女は、必然的にわたくしたちの周囲によく表れます。
わたくしがわざわざ付け回すまでもなく、彼女の方から現れてくださるのです。
なんとも都合のいい、楽なストーカー対象でございましょう。

片割れが気づき騒ぎ立てれば、彼女は離れて行ってしまうかもしれません。
少なくとも、今ほど頻繁に彼女を目にすることはできなくなるでしょう。
それはわたくしにとってあまりに恐ろしく、悲しいことです。
本人も気づいていないのに、何故わざわざ伝えて彼女を遠ざけねばならないのか。
その必要性を、微塵も感じることはありませんでした。

「最近は平和なものですね、クダリ」
「そうだねー。ノボリも最近は変な女の人追い掛け回さなくなったから、ぼく安心!」

無邪気に笑って見せるクダリに、わたくしも柔らかな笑みを返しました。
クダリに心配をかけることもなく、わたくしは幸せをかみしめることができる。
なんて理想的、これ以上ない幸福の形でございます。

クダリのストーカーをする彼女をさらにストーカーするわたくし、そのわたくしを見て安心するクダリ。
そしてそれを見て充足に浸る彼女とその様を見て心安らかになる自分。
巡り巡って、そこに生じるのは幸福だけ。
今のこの状況で、誰が損をし、害を被るというのか。
誰も彼もが幸せで満ち足りているのなら、変化をもたらす必要がどこにあるのでしょう。




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