エメットととんだ愁嘆場を演じた後、インスタントな恋人になっていただこうと思っていた彼と約束通りに映画を見た。
恋愛映画は何だかお互いに遠慮をしてしまって、結局見たのは宣伝をよく見るアクション映画だ。
正直いつもエメットが選んで来るベタベタな恋愛映画より数倍面白かった。
映画とはこんなに面白いものだったのかと、ちょっと感動したくらいだ。

隣にいた彼にそう話すと、「よっぽど独特なセンスの持ち主なんですね」とエメットを評された。
むしろエメットのセンスはずば抜けていい方で、だからこそ映画選びの趣味がアレなところが目立つのだが。
そしてそんなところがおかしくて、似合わないからこそ彼との映画鑑賞は続いていた。
わざわざそんなこと、説明するはずもないのだけど。

多分この人とこれ以降会うことはないだろうなあと漠然とした予感を覚えて別れを告げる。
エメットにひどい裏切りをしたかのような罪悪感を覚えてまで会う必要はなかった、というのが正直な感想で、あまりの失礼さに失笑がもれた。
結局、エメットと友人を続けられていたのは私のこういった部分にも理由があるのだ。
エメットのようなわかりやすさがないだけで、私も大概なクズだった。





大事な話があるからと、エメットの家に呼び出された。
いつかのように彼の職場でサボりがてら私を捕まえなかったところに妙な本気を感じてしまい、石でも飲んだように気が重くなる。
ここまできて「お話ってなんだろう?」なんてボケをかます気はない。
こと自分の恋には誠実であるらしい彼は、私が何より望む曖昧な関係をきっと良しとはしないだろう。
いや、そもそも私が望んでいるものが曖昧な関係であるのかすら、今ではちょっと怪しい。

恋人になりたいのかと聞かれたら、それはNOだ。
では一足飛びに夫婦にでもなりたいのかと聞かれたら、それもNOだ。
エメットはたとえ婚姻で縛り付けても、自由がほしくなれば逃げる奴だ。
例外はただ一人彼の兄弟であるインゴだけで、私は自分が彼の例外であるとはうぬぼれることができない。
エメットの「好き」も「愛してる」も、どれだけ軽く意味のない言葉なのかを知っているからだ。

ならば友人でいたいのかと聞かれたら、………今はYESと即答することができない。
だって友人でいる限り、いつかエメットとの逢瀬に終わりが来る。
私以外の誰かと似合わないベタな恋愛映画を見て、身を寄せ合って笑う日が来る。
考えるだけではらわたが煮える気がした。
ただの友人でしかないくせに、それは私のものだと叫んでやりたい。
実際にやってしまえば線引きもできないただの馬鹿になり下がるのに、いつかそれをやってしまいそうな自分を想像できてしまう。

エメットに捨てないでと泣いて縋った厳選失敗例な女たちと何が違うのか。
はっきりとした違いは彼に抱く執着が愛情から来るものではないということくらいだろう。
私の方が救えない人間すぎてちょっと笑える。

「はい、どうぞ。コーヒーでよかったよね」
「………ありがとう」

現実逃避に忙しい頭を、目の前に差し出されたカップが引き摺り戻してくれた。
とても真正面から彼の顔を見る意気地はなくて、差し出されたカップをこれ幸いと両手で包み視線を注いだ。
黒々としたコーヒーに映った自分の瞳が今にも死にそうに淀んで見える。

「この前の言葉、有効だよね?なまえへのお願い、決めたよ。………なまえは、ボクとどんな関係でいたいのか、正直な気持ちを聞かせてほしい」

遂に来たかと、これから証言台にでも立たされるような心もとない気持ちが襲う。
私の発言ひとつで、すべてが木っ端微塵になってしまうかもしれないのだ。
むしろなってしまった方が清々するのかもしれないが。

「改めて言うね。ボクは、なまえにボクの恋人になってほしい。なまえに深く関わる権利と、なまえに干渉する権利を、ボクにください。なまえが、好きです」

思えば、エメットが私に向ける好意はいつだって純粋で真摯だった。
爛れた関係を知り尽くしているくせに、まるでこれこそ本心なのだとでも言うように初心な恋を私に捧げてくる。

なら私は、彼に何を返せるだろう。
私の抱く彼への思いは純粋でも真摯でもない。
それでもこの場で彼に返せるものがあるとするなら、それは彼の望む私の『正直な気持ち』だ。
それがたとえ、この心地良い関係を木っ端微塵に吹き飛ばすものだとしても。
エメットが私に真摯に向き合う以上、嘘やごまかしで返してしまえば私は人として大切な何かを失う気がする。

いいだろう、クズと笑ってきた男がここまで真人間の真似事をするのだ、いい加減私だって向き合ってやる。
正直に、真摯に。
彼だって気付いているはずだ、私にそれを望めば自分が傷付くことくらい。
ぬるま湯のように心地良い関係を修復不可能な局面にまで持ってきたエメットに、ふつふつと怒りが舞い戻ってくる。
愛だの恋だの、いつかはあっさりと捨てるものを私に向けてきやがって。
あの関係の何が不満だったんだ、私は好きなだけ優越に浸れて、エメットは趣味に浸れて、お互い過不足ない関係だったじゃないか。
お前さえ恋愛脳に落ちなければ、こんなことにはならなかったんだ。
エメットの馬鹿、クソ野郎、望んだのはお前だ、いいだけ傷付け。
いつかの彼女が言っていたように、好きに振り回して、散々弄んでやる。

「……エメットの恋人は、全然特別な意味を持たないじゃない。都合の良い時に抱かせてくれる相手?寂しい時に傍にいてくれる人?それで、面倒くさいことを言ってこない物分かりの良さがあれば完璧なんでしょう?」

ああ、なんて最低、女の敵。
言葉にしてしまえばこんなにもわかりやすい。
エメットに一途さなんてものはないのだ。
インゴという不変で絶対の片割れがいるからだろうか、エメットの身軽さはいっそ不安すら覚える程だ。
けれど、だから、エメットは人を惹きつけてやまないし、誰もがその身軽さを許して愛す。

「恋人になって、なんて、馬鹿にしないで。たとえ一時の恋人にだって、エメットを選んだりなんかしない。人としても異性としても、好きにはなれない」

何度だって言ってやる、馬鹿みたいに毎回エメットが傷付くとわかっていても、何度だって突きつける。
目の前の男は異性としては言うまでもなく、人としても残念ながらクズの部類だ。
好きにはなれない、というか、そんな彼を許して好きになれるほど私は人間ができていない。
私は私を傷付けない相手を選びたい、こいつの相手はどこかの女がやってくれればいい。
残念ながらクズの部類なのはお互い様なのだ。
お互い様だったのだ、本当に残念だけれど。
だから、友達でいたかった。

エメットに異性として見られない友人は『特別』だから。

もういい、認めてやる。
私はエメットなんて好きじゃない、これから先もきっと好きにはなれないけど、それでも、彼の特別になりたかったんだ。
これは恋なんて綺麗なものじゃない、もっと身勝手で汚くてエゴを煮詰めたような私の自己愛性の発露だ。

なんて汚いんだろう、なんて醜いんだろう。
それでも、エメットにならぶつけてもいいかもしれないと思っている私はどこまでも打算的だ。
彼が女の敵なら、私はエメットの敵なのだ。
エメットが私を好きになるだなんて狂ったような事態にならなければ、こんなにややこしい思いをしなくてすんだのに。

彼を傷付ける言葉にエメットが潤んだ瞳からほろりと涙を溢れさせるより早く、私の懺悔のような涙が先に転がり落ちた。
焦ったように広げられた腕を無視して、襟元を引っ掴んでぶつかるように色気も何もあったものじゃないキスをする。
感触も感慨も必要ない、ただ奪ってやったという事実だけがほしかった。

「恋人なんかじゃなく、私を、あなたの特別にして」

エメットから奪いつくす人間でいることを許してほしい。
エメットの唯一ではなくても、彼にとっての片割れのような、替えのきかない特別であることを許してほしい。

こんなにも汚い私を許してくれるのなら、私もあなたの傍にいよう。
あなたを愛すことは、きっとできないけど。

「………うん。うん、なまえ、ぼくの、特別になってください。ぼくの全部をあげるから、ぼくの傍にいて。他の男の所へ行かないって約束してくれるなら、行かないでって縋る権利をくれるなら、それだけでいい」

これまでの彼の素行を知る人間が聞けば卒倒しかねない口説き文句だ。
彼は自由でなければならないのに、何より身軽さを愛していたのに。
まずはエメットの愛するものから根こそぎ奪うことになるのかと思うとあまりの酷さに笑えてしまう。
本当に、私はエメットの敵だ。
別に死にたいわけではないし、その時が来ればきっと抵抗するだろうけど、いつかその事実に気付いた誰かが私を殺してくれたらいいのにと思う。

愛してくれなくていい。
だって私も愛さない。
エメットの恋は叶わない。
だって私は好きにもなれない。

だけど、それでも、エメットの隣で映画を見る権利をもう他の誰にも奪われることがないということが、何よりも嬉しかった。



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