どうやらエメットは思っていた以上に愛されていたらしい。
女どころか男も含めてとっかえひっかえするような奴だけど、そのクズさを補ってあまりある魅力があったのだろうか。
答えは否だ。
単に「ダメな子ほどかわいい」的な、ダメ人間に心をくすぐられた母性や父性にあふれる人をより多く選りすぐって関係を構築していた、なんてところが正解だろう。
エメットに遊ばれたと泣いていた子が少なからずいるのは、厳選の失敗例じゃなかろうか。
エメットの魅力というのはクズであるという根本があって初めて輝く。
勝手で身軽で自由気ままなところが素敵だと思える、または思わされてしまうような人間じゃないとまずエメットを好きになんてならない。
どんなに素敵な人が周りにいたところで、エメットの評価は「まずもってクズである」という点から揺るぎもしない。

しかし何故か、そんなエメットに最近の私は同情的というか、下手をすれば好意すら抱こうとしている。
この好意というのがまた曲者で、愛情だの恋情だのとは似ても似つかない形をしているのだ。
友人としてのエメットに向けていた「いやあ清々しいクズだな、面白くて好きだけど」的な軽いものではなく、何だかとてもぐっちゃぐちゃに歪んでいる気がする。

この好意に気付いた私は頭を抱えて奇声を上げながら床を這い回った。
隣近所からの苦情なんてお構いなしに、自分の中にあるその汚らしい好意を叩きのめして捨ててやろうと格闘した。
しかしそれは忌々しいことに向けられたエメット当人よろしくのらりくらりと生き残るのだ。

「これはつまり、最近独り身が長すぎて頭がおかしくなっているのでは?」

または人恋しくなっているとも言う。
つまり脳みそがバグを起こして、手近な所で人肌を確保しようとしているんだろう。
相手にエメットを選ぶあたり今回のバグの深刻さがうかがえる。

「………男、探そう」

この際友人でもいいが、手っ取り早く恋人がいい。
脳みそを正常に戻し、かつエメットの好意を平和的にお断りするこの上ない理由になる。
流石に恋人ができたとなればエメットも諦めて友人というポジションにきっちり戻ってくれることだろう。

ライブキャスターに詰まった薄く広い女友達へ男を紹介してくれと一括で送れば、数回のレスポンスを経て男性数人分の個人情報を得ることができた。
持つべきものは交友関係が広い友人たちである。
街全体が新しいものやエンターテイメントに特化しているライモンシティにあって、新しい出会いを拒む人間はそういない。
そこから目当てを1人に絞り、食事に誘うまでは早かった。

Yesの返事に拳を握り、誰にともなくざまーみろと突き上げる。
結果的に映画デートというプランになったところで軽薄な顔を思い出さないでもなかったけれど、知らないふりを決め込んだ。
人恋しさというものは、誰にでも襲い来るものなのだ。





まあお茶でもと招かれた先の駅員室で、何故私はエメットのお仕事風景なんぞ眺めているのか。

職務中にいいのかと思いつつも口の上手いエメットに乗せられるまま雑談を交わし、和気あいあいとしている中にボスーお電話でーすなんて間の抜けた声と共にエメットは強制的に仕事へ引き戻された。
それでは私もおいとまをと腰を浮かせかけたのだが、唇だけで「すぐ済むから待ってて」とお願いされ、頼むエメットもエメットなら素直に聞いてソファに戻った私も私である。

交友相手の6割はギアステーション利用者だと言うエメットに仕事中にナンパなんてできるものなのかと疑問に思いもしたけれど、今自分が置かれた現状を見るにそう難しいことでもないらしい。
よくもまあ平日のカフェさながらに友人とお茶をしばいてくれることだ。

通話先との会話を聞くともなしに聞いていると、意外や意外、エメットはビジネスマナーは割としっかりしているタイプのようだった。
腐っても公共機関の従事者というか、「ギアステーションの責任者であるサブウェイボスのエメット」という役目を演じている時にはとても流暢な敬語を使う。

おそらく対外用と思しき柔らかな声音で喋るエメットを見ながら、ああして真面目にしていると白いインゴみたいだなあとぼんやり思った。

「ええ、その節はどうも、大変お世話になりまして。………兄ですか?はは、生憎とワタシよりよほど多忙ですよ。不真面目な弟のお守りという大役がありますからね」

ううん、声だけ聞いていると本当にインゴと間違わんばかりだ。
会話を聞くに、食事でもどう?お茶はいかが?みたいな誘いを受けているようだけど、エメットものらりくらりと受け流している。
漏れ聞こえる声音からして相手は女性だろうし、どうにも煮え切らない様子からスポンサーか何かだろうか。
サブウェイの顔がそんな対応でいいのかと思うが、まあエメットのキャラクターが成せる技なんだろうなあと納得する。

断り切れずにふらつく言葉を聞き流しながら適当に視線を遊ばせていると、ふとエメットの声のトーンが変わったことに気付き思わず顔を見つめてしまう。

「………映画ですか?良いですね。ワタシもラブストーリーは好きなんです」

その言葉で、自分でもどうかと思う早さで頭に血が上った。
爆発的に湧き上がった怒りで視界が揺れる中、ふざけるなと叫ばないよう歯を食いしばることだけに集中する。

エメットの二股三股を笑って酒の肴にしていた私だ、今更デートの約束ひとつに嫉妬もクソもないはずなのに。
私が怒る道理がどこにあるのかと思うのに、それでも裏切られたような怒りが身体中を内から焼いていた。

怒りで遠くなった音の向こうで、挨拶を二、三交わして置かれた受話器がやたら鮮明に視界へ入ってくる。

「映画、行くの。女の人?」
「ああ、うん、エライ人に誘われちゃった」
「ヘラヘラしちゃって、嬉しそうね?やっぱり遊び歩きが好きなのは変わらないんでしょ。我慢せずにまた派手にやればいいのに。ああ、そういえばこの前エメットの女だった人にご挨拶されたの。またあんなのに絡まれるのも面倒だし、ひろーい交友関係を早く元に戻せば?」

詰る言葉を重ねながら、頭の中にはまた違う詰問が浮かんでいた。
直前まで食事を断ってたくせに、映画は行くのか。
それは、私とエメットだけの特別じゃなかったのか。

浮かんだ言葉に、愕然とした。
喉元まで上がっていたなら自分の首を絞め上げていた程の、驚きと、嫌悪感で吐きそうになる。

何を、恋人でもないくせに。
異性として好きになれない、なるつもりもない相手に、"特別"?
優越感なんてものでは収まらない、それはもっと汚いものだ。

違う。
こんなもの、私は持っていない。
エメットは友人で、それ以上にも以下にもなりたくないから彼の好意を断っている。
気の迷いだ、魔が差したのだ、オモチャを取られた子供の気分を味わっただけだ。

遅れて自分の失言にも気付いた。
あんな言動、まるでエメットの通話相手に妬いているみたいだ。
言われなければ気が付かないと自分を説得しかけたが、エメットの楽しげにつり上がった口角に甘い考えだということを知る。

「………なまえ、それは」
「待って。やめろ、そのニヤケ面ぶん殴りたくなる。我ながら誤解を招く言い方したわ」
「ボクとってもポジティブだから、すぐ物事を好意的に解釈するんだけど」
「エメットがどんな解釈したのか手に取るようにわかるからやめろって言ってん……ちょっと、本当に待って。ライブキャスターが」

タイミングがいいのか悪いのか、鳴り響く電子音の相手はつい先日デートを取り付けた彼からだった。
それまでの会話が会話だけに、今は取りたくないと数秒迷う。
自分から誘ったのに失礼じゃないかという意識が買って、指が通話ボタンを押した。

「………はい、もしもし。え?ああ、忘れていませんよ。……本当です、楽しみにしているんですから。10時5分から、でしょう?実は先に下見をしておこうと今外にいるんです、待ちきれなくて。……ええ……ふふ、カップルシートですか?やだ、気が早いですよ」

決定的な言葉を避けて会話を続けるのは、疚しい気持ちがあるからだろうか。
電話を切った後エメットの顔が見られないのは、当て付けじみた行為をした気恥ずかしさからだろうか。
恋人でも作ってエメットが諦めてくれたらと思っていたのに、いざその場面に立ち会ってしまうとどうしようもなく視線が泳ぐ。

思い切り息を吐き出して言い難い気持ちを切り替えたかったけれど、それすら当て付けに見えるかと喉元で飲み込んだ。
とにかくいたたまれなくて、視線を下げたままなるべく早足でこの場を去ろうと足を踏み出す。

「……………待って、なまえ」

力一杯握りしめようとして失敗したような、かろうじて縋り付いたような弱々しさだった。
それでも5本の指はきっちりと私の手首を捕らえていて、なんだかなと飲み込んだはずのため息を誘う。

「エメット、離して」
「やだ。離したらなまえは話してた男のところに行くんでしょ。………映画、そいつと観るの」

そういう誘いだったんだから映画に行くに決まってるだろ馬鹿かお前は。
そう罵倒してやろうかと思ったのは一瞬だけで、詰るような視線にかき集めた罵り言葉がバラバラと崩れていくのを感じた。

映画を観るのは、私とエメットにとって特別な行為だ。
だらだらソファーでお菓子を食べながら、暗い部屋で野次を飛ばしつつ1本の映画を一緒に観る。
それだけのことが、まるでささやかでも大切な約束ごとように、私たちの間ではきっといつからか特別になっていた。

楽しいとか、気に入っているとか、そんな言葉で何てことないフリを装ってきた。
ここに懺悔しよう、確かに私はエメットとの映画鑑賞に、セックス以上の秘めやかさを感じている。

エメットがまるで恋人の浮気を責めるような目をする理由も、だから私だけが理解できた。
エメットが誰とセックスしようと気にならないけど、誰かと2人部屋で映画を観たのなら、それだけのことに私はきっとひどく落ち込んだだろうから。
仕事上とはいえ映画館へ行くと聞いただけであんなに怒りを覚えたのだから、そんなことをされたら次にエメットの顔を見るには相当の勇気がいるようになるだろう。

だけど私は、例えエメットが私以外の誰かとひっそり映画を観ても、責めることはできない。
だって私はエメットの友人で、それ以上になりたいとは思えない人間だ。
責める権利は私にはないし、それはエメットだって同じはずなのだ。
恋人でも、ないくせに。

「それが、なに。私が誰と映画に行ったって、エメットに文句を言われる筋合いなんて」
「ある、あるよ!筋合いならある!」
「…っな、い!ないわそんなの!」
「あるよっ、あるんだ!ボクはなまえが好きだから!嫉妬するし、引き止めるよ。他の誰かと、映画に行くなんて、そんなことしないでほしい。ねえ、忘れないでよ。ボク、君に恋してるんだよ」

真っ青な瞳が潤んで溶けそうだ。
初めて私に好きだと言った、あの夜みたいに。

「なまえが映画に行くのを、止める権利はないかもしれないけど。それでも、文句を言う筋合いくらい、あるよ」

ああ、そうだ。
それだけは、私にも否定できない。
今は、エメットだけが、私を責めることができる。
「私があなたのことを好きだと知っていて、そんな仕打ちをするのか」と、ベタで古臭い恋愛映画のように。

「そう、ね。エメット、ごめん」
「………え」
「約束だから、あの人との映画には行く。だけどお詫びに、エメットのお願いをひとつ聞くから」

私とエメットは、友人だ。
少なくとも、私にとってエメットは、人としても男としても最低で、だけど、それでも無くしたくないと思う友人だ。

「……そ、れ。ボクが、なまえに恋人になってって言ったらどうするの」

探るように私の手首を握る手に力を込めながら、本気か冗談か怪しい震えた声が降る。
馬鹿め、そんなの想定していないとでも思ったか。

「クズだなあって思いながら、いいよって答えてあげる。数日後に振るけど」
「天国から地獄だよ!」
「エメットの憎めないところは、即答で恋人になってって言えないところよ。いざって時に二の足踏むんだから」

その卑怯な願いをエメットがすぐに口にできたなら、私も友人にすらならなかっただろうに。
どうしようもなく臆病な柔らかいところを持つエメットだから、クズだなあと思いながら同じくらい好ましく感じるのだ。

「ねえ。振られないように努力するから、恋人になって?」
「そんなの、1日持たないよ」

大丈夫だ、笑い飛ばせる。
嫉妬に付随して浮かびかかった汚く醜い感情も、まだ見えないふりをして深い深い場所に沈めておける。

だから、引き上げないで。
気付かせないで。
私が沈めたこの感情は、愛や恋なんて、そんな綺麗なものではないのだから。



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