frozenパロディ




「はじめまして、雪の王。私こういう者でして」

へらへらと媚びへつらう意思を隠そうともしない笑みは、一言で表すのなら下卑だった。
退屈を持て余していたのでなければ一も二もなく氷漬けにしてやっただろうその女は、慇懃にも名刺を差し出してくる。
雪の王と人を呼んでおきながら、一般人へ向けるものと同程度かそれ以下の敬意しか払わないとはどういった料簡だ。
名を名乗ることすらこちらの許しを待つのがそれらしい礼儀というものだろう。

苛立ちがそのまま冷気となって身の内から噴き出し、深く背を任せていた氷の玉座がびきびきと割れるような音を立て波紋のように霜柱が沸き立った。
女はこちらの怒気が起こるよりも早くその場から遠ざかっており、これまた腹立たしいことに霜柱がぎりぎり届いていない安全地帯でわざとらしくもその目を大きく見開いている。
胸の内で灯った感情は戯れに潰そうとした羽虫に軽々と逃げられる苛立ちとよく似ていた。

「やあ、恐ろしい。噂通りですねえ、魔法というのは凄いものです」

これまた隠すことなく驚嘆と好奇心を示され、あからさまなその態度にもしやこの無礼はすべて計算なのではと苛立ちを露わにしてしまった己を恥じる。
こちらの感情を揺さぶること、無様を引き出すことが狙いであるなら、努めて冷静であらねばならない。

ここまで苛立ちを表に出しておいて何だが、わたくしはこれでも気が長い方だと自覚している。
王族にあるまじき天真爛漫さを持った弟を持ったこともあってか、不敬を理由に誰かを罰したこともなければ怒鳴りつけたことも片手で余る程だった。
自分には容易く人を傷つける力があり、それを抑える必要がないというこの特殊な状況でなければ、こうまで感情によって魔法が滲むということもない。
更に言うのであれば、この女が人並み外れて非常識な礼儀知らずでなければこうも物騒な挨拶は行わなかった。

………と、信じたいが、弟に向けて感情のままに魔法を向けてしまったことを思うと、これまで培ってきた筈の己の自制心への信頼がガタガタと崩れるものがある。

「貴方は誰です?このような城に何の様ですか」
「ははあ、申し遅れました。………んん?遅れてはいませんでしたね。先ほどもお出ししましたが、私こういう者でして」

再び取り出された名刺を凍らせないよう注意しながら受け取ると、そこには何とも理解しがたい名称が連なっていた。

ブン屋 なまえ

「何事もインパクトが大事といいますか、いえ、正直なところ私かたっくるしいのは苦手でして。シンプルイズベストを目指した結果、そのような名刺になったわけです」

頭がおかしいのかこいつは。

いや、沸いていることくらいこの城にやってきた時点でわかりきっているが、それにしてもこれまで見たことがないタイプのおかしさである。
以前聞いた俗語を使うなら、ガイキチというやつだ。

そもそも「ブン屋」は新聞記者の俗称であったはずで、それはつまりこの女がどれだけ慇懃無礼な態度を取っていようと礼儀を知らなかろうと、一般社会に繋がれた人間であるということだ。
それが会社名もなければ連絡先もない、おまけに俗称と名前しか載せていないような、シンプルどころか名札だってもう少し情報量があるんじゃないかと思わせるものを堂々と名刺とのたまったこいつが社会に属した人間だとはそう易々と認めたくなかった。
一体どんな経緯をもってこんなふざけた名刺を持つことを許しているのか雇い主に問い合わせてやりたいところである。

「この度は、陛下の生い立ちや何かを聞かせていただけたらなーと思いましてね。自分で言うのもなんですが、評判が良いんだか悪いんだかわからない即位したてほやほやな王サマの支持率を、こう、どどーんと変化させる文を書いちゃう自信ありますよ」

どどーんと上がるのか下がるのか明言しないあたりが上手いというか姑息というか。

人の神経を逆撫でする類の人間であることは間違いがないし、しかもこの女はそれを生業としているのだから有意義な時間となるはずがないことは自明だった。
腕を一振りして、自分に二度と関わるなと城の外へ叩き出してしまうことはとても簡単だ。
一緒に帰ろうと言ってきたあの時の弟のように、手酷く追い払ってやれば恐らく再びやって来ることはないだろう。

しかし、しかしである。

「………帰れ、と叩き出しても良いのですが、わたくしも暇を持て余していまして。文屋風情が身分もわきまえずこの城までやってきた理由ぐらいは聞いてあげましょう」

掌をかざし、この場に相応しい氷の椅子とテーブルを作り出す。
茶と菓子などは当然ないし、出す気もないが、追い払う意思がないことは十分に伝わっただろう。

雪の王と恐れられても、所詮わたくしは人なのだ。
人に化け物と罵られれば悲しむし、長らく会わなければ恋しくなる。
戴冠式にあれだけの賑わいを見て、華やかな人の営みを見ていれば、その恋しさは弟を遠ざけた部屋に閉じこもっていた幼少期の比ではない。

この際人の言葉を喋れるのなら、相手がどれだけ無礼だろうと変人だろうと構わないという境地に至る程度には、わたくしは人恋しさを持て余していた。

「身分もわきまえず、ですか。ははあ、確かにこの城は立派ですが、しかし身分どころか常識をわきまえた人間だったら、だぁれもこの城には来ないでしょ。そうじゃありません?陛下」

やはりこいつは殺してしまおう、罪状は不敬罪というとこでどうだろうか。
自制心の信頼以前の問題で、そもそもわたくしは存外力技での最短最速な解決を良しとするウルトラ短気な人間だったのかもしれないと認識を新たにする。
目の前の女――なまえが椅子に座るかどうかという瞬間に何の迷いもなく心の中で死刑を決定するが、腕どころか指を動かすより早くよく動く口と回る舌がぺらぺらとここへやって来た理由を吐き出していた。

「いやね、私こんな感じじゃないですか。別に王サマが嫌いでこんな態度を取ってるわけじゃなくて、私は誰でも平等にこんな感じなんですよ。そこはちょっと誇れるところでしてね、相手が誰であろうと態度を変えないんです、私。まあしかし、えらぁい方になればなるほど、私のこのあまねく平等な姿勢は受け入れられないもののようでして。最近は仕事も干上がり気味………ん?干され気味、の方が正しいですかね?とにかくそんな有様でして、死にたいなーとナーバスになりーの、だったらブン屋の根性見せて、生きて帰れないらしい氷の城に取材行って死ぬかーと思い立ちーの、現在に至る。みたいな」

例え偉い人間だろうとなかろうと、この女の態度はそれこそあまねく平等に人の神経を逆撫でするものだろう。
これまで出会ったことのないタイプの人間である。
意識的か無意識的かはまだ測れないが、この女の態度は人の触れられたくない場所、また人の触れ難い場所を的確にざらりと舐め上げるのだ。

しかし、生きて帰れない、とは。
城を出奔しそう日も経っていないというのに人の口に戸は立てられないと言うか、新たな王の誕生を祝ったその舌の根も乾かぬ内に随分な噂を立ててくれたものである。
なるほど、この女はその噂を聞きつけ文屋のプロ根性を見せつつ遠回りな自殺に赴いたというわけか。

「ならば望み通り殺してあげましょうか」

民を生かすのが王の責務なら民を殺すのもまた王の責務だ。
わたくしならば苦しませることもこの手を触れることもなく、ひと思いにその命を刈り取れるだろう。
そのことはこの女も知っている筈だ。
知っているからこそこの城にやって来たのだろうから。

しかし、言葉に沿って腕を上げて見せると途端に女は瞳を見開き、怯えるでもなく嘲るように声を立てて笑った。
戯れを理解しない無粋者がと、何の地位も持たない平民に笑われるのは驚くほど癇に障る。

「やーですね、人間誰だって本気で思ってないくせに死にたーいなんて言っちゃうものじゃないですかぁ。ご多聞に漏れず私もその類ですから、本当に殺されちゃ困りますよお。ああ、それとも陛下の周りにはそんなネガティブさをネタにするような下賎の民はいなかったんですかね?」

下賎どころかわたくしの周りに人がそういなかったことくらい察しているだろうに、ここまであからさまだと厭味というよりただ純粋に嫌な奴である。

けらけらと笑って見せたその女は、こちらが勧めるまでもなく嘲笑もそのままに氷の椅子へと座り、冷たいだの固いだのと遠慮のない文句までその舌に乗せていた。
例え舌先を凍らせてやったところで、次は筆談でうるさくまくし立ててくる気がするのは決して思い過ごしではないだろう。






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