ぼくと兄さんは人気者だ。
ギアステーションの車掌兼イメージキャラクターのようなところもあって、老若男女問わず一定の知名度がある。
ポケモンバトルを好む人からは、サブウェイマスターというひとつの指標としての認識が上乗せされるだろう。
身近な有名人みたいな感覚なんだろうか、「好きです」「応援してます」という言葉は日常的に受けることができた。
部下からからかうように人気者ですねと言われるし、それは自覚するところでもある。
人気者であるということは自慢でも何でもないただの事実で、そういった華やかな称号や立場を得意としないぼくとしては若干の疎ましさすらあるのが現実だった。

「クダリさん、私クダリさんが好きです」
「ああ、ありがとう」

ミニスカートが目に眩しい女の子から告白された時も、だからそんな人気の延長線上のことなんだろうと思っていた。
大人としてサブウェイマスターとして、できる限り優しく微笑みながら受け流す。
もう少し小さかったなら頭のひとつでも撫でてあげて、今度はダブルトレインに会いに来てね何て声をかけるのだ。

まだスクールに通っているらしい制服を着た女の子は一瞬不快げに眉をひそめて、下から思い切りぼくのネクタイを引っ張ってきた。
不意打ちで崩れた体が傾いで、好戦的な瞳に見つめられながら応じるように突き出された唇に自然と覆い被さる。

柔らかいそれを唇で感じた瞬間、思い切り女の子の体を引き剥がした。
突き飛ばさなかっただけ偉いと思う。
加減もできずに掴まれた両腕は痛むだろうに、まったく頓着せずにじっとぼくを見つめてくる視線はバトルの攻防を見守る挑戦者のそれだった。

「私の好きは、こういう好きです。子供扱いして受け流さないで」

容赦なく刺してくる視線に耐えかねて、真っ赤になりながら逃げ出した。
とても大人の対応とは思えない、サブウェイマスターではもっとない。

兄さん兄さんノボリ兄さん、お願い助けて、ぼくはどう答えるのが正解だったんだ。





「クダリ貴方ね、童貞じゃないんですから」

半泣きで駅員室に逃げ帰ったぼくを迎えたノボリ兄さんは完全に呆れた顔と声と態度をしていた。
言うに事欠いて「童貞じゃないんだから」はないだろうと言いかけたけど、真っ赤になって半分泣きながら逃げる三十路を控えたおっさんの姿は客観的に見てどう罵られても仕方がないように思えた。
何があったかを説明してから一言も喋らないぼくを兄さんは容赦なく全身で「情けない」って責めてきて、ちょっと本気で泣きたくなってくる。
何も言わずにコーヒーを出してくれる辺り、気遣ってくれるつもりはあるらしいけど。
何だかんだ言ってノボリ兄さんはぼくに甘い。

「じゃあ兄さんなら、どうやってかわしたのさ。十代の制服着た女の子に告白されて」

恨めしい視線を向けながら尋ねると、顎に指をかけて悠然とぼくを見下しながらさらりと答えた。
同じ顔と同じ体を持っているはずの兄さんは女の子に突かれて半泣きになるぼくと違って、こういう芝居がかったポーズが厭味なほど様になる。
相変わらず格好良いんだから、なんて言えば調子に乗るだろうし、同じ顔なだけにナルシストになりかねないから言わないでおこう。

「その制服を脱いだ頃にまたいらっしゃい、とでも返しますかねえ。わたくしの歳で十代の女性に手を出したらジュンサーさんを呼ばれそうですから」

それはつまり十代の女の子に不意打ちで無理矢理だったとはいえキスしてしまったぼくもジュンサーさんを呼ばれたって文句が言えないってことなんですが、そこはどうお考えなんでしょうかお兄様。
当然そこは揶揄するつもりで言ったんだろうけど。

名前もわからないあの子がもう少し幼かったならませた女の子としてあしらえたし、もう少し大人だったなら警戒だってできていただろうに。
本当にあの年頃の子は何をしでかすかわからない。
ノリと勢いだけで生きているんじゃないだろうかと疑ってしまうほど向こう見ずで怖いもの知らずだ。
そしてそんな多感な年頃を波風立てずにやり過ごしてきたぼくにはその勢いに巻き込まれた時の対処法がなく、こうしてまんまとかき乱されることになる。

ノボリ兄さんなら半泣きで逃げ出すこともないだろうし、そもそも不意打ちだってキスをさせるようなことはないんだろうけど。
自分からは積極的にスキンシップを取ろうとするくせに、相手からの接触となるとガードの固さは鉄壁だからなあ。

「どうせ、ぼくは兄さんと違って、子供にからかわれちゃうような情けない男だよ」
「………本当、学習しませんよね貴方」
「何のこと」
「その方は貴方に子供扱いされたことに苛立って唇を奪ったのでしょう。痛い目を見たというのにどこまでもそうやって子供扱いをしていると、その内貞操まで奪われますからね」
「怖いこと言わないでくれるかな!」

流石にそこまでされるほど間抜けじゃないと言い切れないのは現状の自分があまりに情けない所為だった。
なら考えを改めてお気を付けなさいと背中を向けられて、悄然としながら放置されていたコーヒーに視線を落とす。
さっきまで目の前にあった自身に満ちた顔と正反対な間抜け面が映っていた。
こんな男の何がいいんだろうか、ぼくが女だったらこんな情けない奴なんて願い下げだ。
まして苛立ったからって不意打ちでキスをするなんて。

若い子って、怖い。





「貞操はまだ奪えてないから、そこはクダリさんも学習したってことなのかな」
「だから怖いこと言わないでくれるかな!」

第一印象はどんなものだったか。
好奇心をその瞳いっぱいに示しながら聞いてくるものだから、正直に回想してみればこの反応だ。
若い子って怖い、と言うよりなまえちゃんって怖い。

紆余曲折、コーヒーに間抜け面を映していたぼくとそんな顔をさせていた張本人であるなまえちゃんが晴れて恋人同士になっていたりするんだから、世の中はまったくわからない。
ノボリ兄さんから「バレないようにおやりなさい」とか悪い方向に勘違いしたアドバイスを受けたのは割と最近のことだ。
なまえちゃんが言った通り貞操は奪われていない、どころかぼくとしてはある意味不健全なくらいに健全なお付き合いをしている。
援助交際とかじゃないから、淫行勧誘罪には引っかからないから。

「怖いことって、失礼な。クダリさん、私に貞操奪われるのは怖いの?」
「まあ、うん、ぼくまだジュンサーさんのお世話にはなりたくないからなあ。そういう意味では間違いなく怖いかも。それにやっぱり、奪うのはぼくの方になるだろうし」

勝気で怖いもの知らずななまえちゃんがどんなに悪女みたいな言葉を使ったところで、どこか背伸びをして見えて大人の女性が使う言葉のような色香と危機感は感じられない。
保護者と被保護者という関係、と言うよりも、捕食者と被捕食者の関係と言った方がより正確かもしれない。
なまえちゃんが望むだけ望むものを差し出してあげたいと思っていても、結局ぼくは奪われる側ではなく奪う側だ。
ぼくも奪われるものがあるにしても、失うものはなまえちゃんの方が随分と大きい。
怖いと言えば、なまえちゃんが何の迷いもなくぼくにそれを差し出そうとすることこそ恐ろしかった。

「ねえ、なまえちゃ………」
「クダリさん、私を奪ってくれるんだ」

自分を大事にしないと、なんて大人ぶった言葉を吐こうとした口が、頬を赤らめて恥らうという珍しいなまえちゃんの姿を前にぴたりと閉じる。
怖いものなんてない、ぶつかって砕けても大丈夫というようなぼくからすれば刹那的にすら思える生き方をしているなまえちゃんの、それは年相応に見える可愛らしい少女の姿だった。
恋に恋するような、嬉しさで瞳を潤ませて期待に胸躍らせるなまえちゃんは思わず抱きしめたら音を立てて砕けそうなほど繊細に見える。

この子を堪らなく好きだと感じるのはこんな時だ。
普段は隠したがる少女の姿を、ぼくの前ではこうも惜しげもなく見せてくれる。

抱きしめたい衝動を砕けてしまうんじゃないかという恐怖心が押し止めて、ほっそりとした二の腕をできる限り優しく掴む。
ああほら、やっぱりなまえちゃんはこんなにも繊細で危うくて、嘘みたいに可愛らしい。

「キス、してもいい?」
「いいよ。させてあげる」

初めてでもないのに、なまえちゃんに触れる時はいつでも許可がないと恐ろしい。
壊してしまう、汚してしまう、そんな恐れがいつでも隣に寄り添っていた。
そしてそんな恐れが、ぼくを良い大人の立ち位置に踏み止まらせてくれている。

いつでもぼくを真っ直ぐに貫く瞳が音もなく瞼で隠されて、そのことに安堵しながらそっと顔を寄せる。
触れるだけ、触れるだけだ。
相手はまだ女性にもなりきらないまっさらな女の子なんだから。

ひたりと唇が触れて、離れる間際に温かい舌でそっと嬲られる。
ああもう、この子は。

「あんまり大人を煽らないでよ」
「クダリさんが良い大人のフリなんかするからいけないの。私に手を出した時点で悪い大人になったくせに」

まだまだ発展途上な体を寄せられ、拙いながら欲を煽ってくる。
ぼくを悪い大人にしたのは君のくせにと返すのは、流石に意地が悪いだろうか。

真っ直ぐにぼくを貫く瞳で見つめながら、奪われてもいいよと囁いた、その声は子供らしく恐怖と期待に震えていた。




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