彼が好きなのは、甘いもの。
ホットケーキにはたっぷりと漬けるようにシロップをかけたがるし、ホイップクリームやチョコレートソースをその上からまたでろでろになるまで乗せていく様はちょっとぞっとしてしまう程だ。
そんな劇物じみたお菓子をにこにこ笑いながらごく丁寧に小さく切り分けて口に運んでいく姿は男にしておくには勿体無いと思う。

「クダリって可愛いよね」
「うん?可愛い、違う。ぼく男だよ?」
「そうなんだけど。下手な女より女子力あるというか」

お店に出しても恥ずかしくない見た目のホットケーキを作ることができる女がどれだけいるんだろうというかと、目の前のレシピ本で見るような理想の形をしたホットケーキを眺めながら考える。
クダリはホットケーキに限らずお菓子作りが上手だ。
料理は男の一人暮らしが長い所為か大味でがっつり食べられるもののレパートリーが多いけど、家庭的な料理の研究を暇を見つけては行っているとトレードマークの笑顔を見せ付けながら教えられたことがある。
女子力か、もしくは家庭力で競ってみてもいいけど、私なんてクダリの足元にも及ばない自身があった。

そもそも小腹が空いたとこぼしたらホットケーキ焼いてくれるような男はそういないだろう。
少なくとも私はクダリ以外にそんな人間を知らない。

「買い物には文句言わないどころかにこにこしながら付き合ってくれるし、一緒に甘いもの食べてくれるし、どころかこうして作ってくれるし」
「ぼくなまえのこと大好きだから」
「そうやってさらっと好意も口にしてくれるし。何だか、クダリが男の人って時々忘れちゃいそうだよ。気の合う女友達みたい」

勿論本気でクダリが女性的だなんて思ってるわけじゃない。
一緒にいる時に異性よりも同性に感じる雰囲気に近いと思っただけだ。
所謂冗談で、言葉のあやである。

それでもクダリは不満だったらしく、眉根を寄せてフォークとナイフをかちゃんと置いてしまう。

「ぼく、男。なまえは女の子と付き合ってるの?」
「本気でクダリが女の子みたいって思ってるわけじゃないよ。クダリが男の人ってちゃんと知ってる、私が付き合ってるのは男のクダリです」

はっきりと否定してみてもむう、と不満げな顔は元に戻ってくれなくて、手を引かれ椅子から立たされるとぐいぐい導かれてソファーにころんと転がされてしまった。
彼はベッド以外での行為を嫌がるから、多分「体で教えてやる」的な展開ではないと思うんだけど。
クダリといる時は女としての危機感よりもこの後何をしでかすんだこいつはという悪友を見守るような心境になってしまうのも、女友達みたいだと感じた原因のひとつかも知れない。

ぎし、とソファーを軋ませながら覆いかぶさるようにしてガラス玉みたいな瞳と目線が合わされる。
銀色の髪が電気の光に反射して後光か何かみたいにキラキラ光っていた。
その上デフォルトの表情である爽やかに見えなくもない笑みも手伝って、この人は本当に王子様みたいだなあ、と場違いな感想がぼんやり頭に浮かぶ。

「なまえ、見て」

私の上に跨るような格好のまま、プツプツとボタンを外し始めたクダリに流石に焦りが出てきた。
普段の彼はこんなところで致す人じゃないけど、今は激おこぷんぷん丸という奴らしくどうにも普段通りには見えない。
つまり今のクダリは何をしでかすのかわからないのだ。
正直この状態のクダリならポケウッドの俳優よろしく窓ガラスを割って外に飛び出しても驚かない。
いや嘘だそこまでされたら普通に驚く。

「クダリ、ちょっと落ち着いて」
「ぼく今すっごく落ち着いてる。全然平静」

どこがだと思っている間にもクダリは残っていた服を豪快に頭から脱ぎ去ってしまった。
そういった雰囲気にもなっていない中、しかも明るく視界良好な部屋でクダリの半裸姿を見せられて思わず顔ごと視線をそらしてしまう。
恋人ながら言わせていただくと、クダリは見惚れるような整った体というわけでは決してないと思う。
ただ服を脱いだ姿というものはどうしようもなく無防備な印象を植え付けてきて、そんな姿を見ることができて嬉しいやら心の扉が全開すぎて気恥ずかしいやら。
大概私も恋愛脳の花畑な頭をしていると思うけど、開き直ってまじまじと半裸のクダリを見つめられるほど達観できていなかった。
けれどクダリにはそれすら気に食わなかったのか、大きな両手でがっちりと頭を掴まれ顔と言わず胸と言わず肌色の部分が惜しげも無く視界に入ってきた。

「だめ。見て。ねえ、ぼくのどこが女の子みたい?」
「だからそれは冗談で」
「冗談で言えるくらいには思ってたんだ。ねえなまえ」

行き場なくさまよっていた手が掴まれ、クダリの裸の胸に押し付けられる。
筋肉はそれ程付いていなくて、下手をすればしっかりと肋骨をなぞれてしまいそうな薄い胸。
ああ駄目だちくしょう好きだ。
思春期の乙女かってくらいに単純なときめきだけどそれだけに効果は抜群で、どうしようもなく男の人で恋人なクダリを意識してしまう。
どれだけときめけるかの女子力で競い合えば、きっと私でもクダリに勝ててしまえるんじゃないか。

「女の子の胸じゃないでしょ。柔らかくないし、真っ平らだし。あ、下も触らないとわかんないかな」
「いえ十分ですクダリはどこからどう見ても男の人でそれ以外の何物でもありません女の子みたいなんて私の錯覚でしたごめんなさい」

必死さのあまり敬語になってしまう。
すすすと下げられかけた手の先を思うと顔が赤くなるだけじゃ済まない。
せっかくときめきモードになっていたのに、強制的に大人の世界に引き戻すのはちょっと勘弁していただきたかった。

どうやら納得してくれたらしいクダリが寒いとぼやきながら脱ぎ捨てた服を慌てて着直すところは何だかちょっと間抜けだ。
こういうところも天然くさくて可愛いと言えば可愛いんだけど、ようやく収まってくれたクダリにもう一度着火するようなことは控えよう。
人並みに男らしくあることにこだわりのような感情もあるようだし。

「私、自分で思ってたよりも女子力高かったわ」
「じょしりょく、って、手作り料理でぼくを食中毒一歩手前に叩き落とすなまえの特殊能力のこと?」

殺すぞこの野郎と言いかけて、喉元で飲み込む力のことだよ。
胸中で即答しながら曖昧に笑って、次は頑張るからと適当に返しておいた。




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