すんすんすん
ヨーテリーか何かかってくらいの自然さで頭の上から人の匂いを嗅いでくるのは、間違いでなければ我らがボスであるクダリさんだ。
間違いであってほしいけど。
いや、やっぱり間違いで見知らぬ誰かに頭から匂いを嗅がれているなんてぞっとしないから、やっぱり間違いなくクダリさんであった方がまだしもマシなのかもしれない。
そもそも人の匂いを無遠慮に嗅ぐなって話はクダリさんには通じない言語であるらしいので、とっくの昔に諦めている。
もし本格的にヨーテリー化して所構わず舐めまわし始めでもしたら、その時は肉体言語で語り合おう。
語り合うのは私じゃなく愛しのコジョンドになるわけだけど。
「女の子って、いい匂いする。ぼくこの匂い、大好き」
満足げに笑う顔にそれはようございましたと投げやりに返す。
女の子の匂いと言われても自分としてはよくわからないし、そもそも「女の子」と言っていいのかかなり微妙な年齢である私としては匂いもだけどその呼称に複雑な気持ちにならざるを得ない。
いっそ女の人とざっくり呼んでくれたらいいのだ。
下手に年齢層を指定するような呼び方をするから妙な気まずさを覚えてしまう。
「いい匂いって、香水付けてる人を見つけたら逃げ回るじゃないですか」
「ああいう作り物っぽい匂い、ぼく駄目なの。すごく苦手。嫌な感じに、クラクラしちゃう」
クダリさん曰く「作り物っぽい匂い」を思い出したのか、しかめ面で鼻を覆う。
口まで覆われてしまうと流石双子というかノボリさんと瓜二つである。
まあ確かに、クダリさんもノボリさんもそういった香りがするものを付けている気配はない。
そろそろ加齢臭が気になり始めるお年頃なんじゃないかなあと思うんだけど。
ほのかに清潔感のある洗剤の香りや体臭と思われる妙な色香を感じる程度だ。
鉄道員という仕事柄香水を付けたお客様にも大いに接する機会があるわけで、クダリさんもお客様の前では流石にあからさまな反応を見せないものの、駅員室に戻ってはげほげほうえうえと盛大に涙ぐんでいる。
文字通り鼻が利くというのはギアステーション職員の共通認識だ。
気が付けばバチュルを掌に乗せてふんふんすんすん匂いを嗅いで幸せそうな顔をしている現場が度々目撃されていたりする。
「女の子って、それだけですごくいい匂いがする生き物なのに、もったいない」
「生き物って、野生の動物じゃないんですから」
「野性的っていうの、ノボリからよく言われる。あなたはもう少し理性的になったらどうですかって。失礼しちゃう」
そこはノボリさんに全面同意だ。
相変わらずすんすんと鼻をならすクダリさんに、いくら慣れているとはいえ居心地悪いことこの上ない。
「ぼくね、きっと女の子のフェロモンがわかるの。恋してる子の匂いはすごく強いから、ふらふら引き寄せられちゃうもん」
「ますますもって野性的じゃないですか」
「ふふ、そうだね。それに、月に一度すっごく匂いが強くなるのも、ぼくわかる。フェロモンがぶわーって、漂ってくるの」
月に一度、強くなる匂い。
フェロモンって、まさかそれは。
「なまえの匂い、今すごく強いね。ドキドキしちゃう」
セクハラか、セクハラだな。
過剰なスキンシップは流せてもここまであからさまだと流せないぞ。
いくらか赤くなった顔を向け注意しようと振り返ると、思っていた以上に近かったらしいクダリさんの胸板に顔から突っ込んでしまった。
洗剤の香りと、妙な色香に包まれる。
「なまえのフェロモン、クラクラより、ムラムラする。抱きたいって思う匂い」
突き放す前に、頭をがっしりと胸板に押し付けられ頭上から溶かしこむような甘い声が降ってきた。
「女の子の匂い。いい匂いだね、なまえ」
クラクラするのは私の方だ。